卒業
朝早く登校せずにぎりぎりに教室に入る。
流石の私も学んだ。
「夏菜、今日遅かったね」
「去年ひどい目にあったから」
「正解だよそれ」
麗奈は笑いながら、辺りを一周ぐるりと見回す。
ただ少し疲れた顔をしている。
「もしかして迷惑かけた?」
「別にいいですけどぉー」
「近いうちに何かおごるから」
「お、マジ? じゃ許す」
時刻になりチャイムが鳴る。
パタパタと足音を立てながら、麗奈は自分の席へと戻った。
机に置いてある、在校生が作った紙で出来た花を左胸につけると、担任が少し遅れて登壇し、ガヤガヤと騒がしかった教室は静かになるどころか、さらに盛り上がっていた。
教師もそれを窘めることをせずに、会話に参加する。
最後の一日。
だからこそ盛り上がる。
時間の確認だけは怠っていないで、その時がくれば静かになるだろうと、私は頬杖をついて外を見る。
卒業に相応しいと思えるほど、曇ひとつない空。
感傷に浸る。
先輩も去年はこんな気持だったのだろうかと。
いや、そんなことはないな。
去年、彼はこのあと父親と会う約束して、DNA鑑定を行なったと聞いた。
そっちで頭が一杯だっただろう。
だから私を待たずして帰ってしまったのだ。
タイミングが本当に私は悪いな、と。
「それじゃ廊下に出席番号順に並べ、ここからは静かになぁー」
と、担任のもと私たちは動き出した。
※
卒業式は滞りなく終わる。
校長の長い話しも思い出になるアクセントとして受け取ろう。
いつか先輩や山辺さんと話すことがあるかもしれない。
あの校長今年も話し長かったですよって。
麗奈と少しだけ会話をして、すぐに解散となる。
彼女も来年には梅ヶ丘の生徒だ。
無事、合格したようで私も安心した。
唯一この学校での友人だ。
来年も同じというのは嬉しくもなる。
「じゃ、夏菜。またね」
「うん」
「入学前に何か奢ってもらうかんね」
「わかってる」
左手には卒業証書。
右手には花束。
今年もバスケ部恒例のプレゼントだ。
泣き出す下級生を見て、もう少し何かしてあげたら良かったのかもと。
後悔した。
私は父親の性格を引き継いでいて、身内甘く他人に興味がない。
まぁ、変われないだろうなって思う。
こんな私が大好きだからだ。
今日だけ運動場は駐車場となっていた。
父も母も車で待機してくれている。
「もういいのか?」
「ううん、少しだけ歩きたいから荷物置いてていいかな」
「わかった、終わったら戻っておいで」
「うん。ありがとう」
父にお礼を伝えて、校舎に戻る。
花束の代わりに携帯電話。
カメラモードを起動している。
図書室で先輩がよく座っていた席。
そこから見える反対側の校舎。
白いテーブル。
まだ片付けの終わっていない体育館。
一番奥のバスケットゴール。
そこから少し外れて、金属製の大きな扉。
よく二人で休んでいた床。
バスケ部の備品が置いてある倉庫。
外にある思い出の詰まったバスケットゴール。
一枚一枚丁寧に景色を切り取る。
こんなもんかな。
他にも色々と鉢合わせた場所なんかもあるけれど、やっぱり思い出すのはこの写真にある場所ばかり。
もう写真でしかもうみることはない。
「お待たせ」
「じゃ帰ろうか」
「うん」
「「夏菜、卒業おめでとう」」
「ありがとう」




