卒業まであとすこし
「先輩と初詣って初めてですよね」
「そうだっけ?」
「そうですよ。去年は先輩が受験で忙しくて、その前は父方の実家にいたじゃないですか、先輩の頭が心配になってきました」
「言われてみれば、なんかずっと市ノ瀬と一緒にいる気がして」
今年も両親と3人で来るつもりだった。
けれど、神楽さんから連絡が入って、私と先輩、神楽さんに山辺さんというライブを一緒にやったバンドメンバーが集まった。
まだ私と先輩しか集まっておらず、鳥居の前で彼らを待つ。
振袖もあるにはあるのだけれど、急なことで準備が出来ず今日は私服。
「今年は先輩はこっちいるんですね」
「そうだね。そういう意味では市ノ瀬に感謝しなきゃいけないかも」
「私ですか?」
「というよりかは、市ノ瀬と出会ってなければかな」
どういうことだろうと、私は首を傾げる。
「市ノ瀬と春人さんと冬乃さん、いい関係だなって思ってさぁ。ちょっと覚悟決めて父親と話す機会を設けたんだよね」
「はい」
「春人さんにも手伝ってもらったんだけど、それからぎこちないながらも親子をやってるよ」
「そうですか」
「いい親を持ったね、市ノ瀬」
「はい、そう思います」
※
「待たせたか」
「ごめん、お待たせ。着替えに手間取ってしまった」
しばらく会話もなくなり、じっと待っていると二人がやってきた。
山辺さんはいつも通りだけれど、神楽さんは振袖だった。
黒髪に真っ白な生地に鮮やかな花々の柄。
純粋に羨ましく思う。
先輩も目を奪われてるし。
「神楽さん、似合ってますね」
「親がこういう仕来りにうるさくてね、ほぼ無理やり着せられた」
「いいじゃないですか、こういう機会じゃないと着れないものですし」
「そうだな」
女子は女子で、男子は男子で並んで歩き始めた。
夏祭りのように色んな出店があるものの、お祭り以上にすごい人混みで中々前に進まない。
正午に集合していたものの、私達が参拝する頃には2時間も経過していた。
4人ならんで賽銭を入れて願う。
私は去年と同じように、恋愛成就。
あとは家族の健康を。
先輩はすぐに終わっていて、私達を待っているようだった。
「先輩は何をお願いしたんですか?」
「何かいいことありますように、だね」
「欲がないですね」
「そうかもね。でも、絶対叶う願いでもあるから。どうしても叶えたいものがあるなら努力しなきゃだし、僕は些細なものを願うのが性にあってるよ」
「そんなものですか」
残り二人も参拝し終えたようで、戻ってくる姿が確認出来た。
「市ノ瀬はなにを?」
「秘密です。言うと叶わなくなるっていいますからね」
「そっか」
「はい。勿論叶えるために努力はしていますよ」
「偉いね」
「これが私の普通です」
言葉を区切り、間を持たせてから告げる。
「でも高校に入学したら、先輩に伝えたいことが出来るので」
「僕に?」
「はい」
視界には映るものの、人が流れが進まず中々二人は戻ってこない。
先輩の視線の先には神楽さん。
「先輩は神楽さんみたいな人がタイプなんですか?」
「え? なんで?」
「鼻の下を伸ばして、ずっと見ているようでしたから」
「違うよ。晴れ着とかって見る機会がそうそうないから綺麗だなって。ってか僕、鼻の下伸びてる?」
「さぁ?」
誂うように笑うと、私はそっぽを向く。
「私も振袖着ていれば、先輩に褒められたんですかね」
「市ノ瀬か。そうだね、きっと綺麗だろうね」
「……」
自分で言わせるような発言をしておいて、恥ずかしくなる。
でも、来年は着よう。
「先輩、甘酒ありますよ」
「駄目」
「何故ですか」
「春人さんに言われてる。子供の頃、甘酒で酔ったって」
甘酒にはほぼアルコールがない。
でも、実際酔った。
バレているのなら諦めよう。
父さんは本当に余計なことをする。
※
三学期になってからはあっという間だった。
バレンタインの日は少なからず浮ついた空気が漂っていたけれど、入試と隣合わせで妙な緊張感もあったように思う。
私は麗奈に渡す分だけのチョコを持ってきていただけだし、ある意味イベント不参加である。
勿論、先輩には渡している。
先輩の手には複数のチョコがあり、私が嫉妬してまともに会話にすらなかった。
私って結構嫉妬深いのだなっと自覚した。
12月の末に行動を起こしてきた中村。
まだ私を見る視線に気付いた。
警戒していたが、向こうからアクションを取ってくる気配もないので、もう記憶から消え去ってしまいそうになる。
そしてホワイトデー。
今年は何を返してくれるのか本当に楽しみにしている。
頂いた物はバスソルト。
フラスコの次は試験管のような物に入っていた。
なんというか、先輩は私をどんな目で見ているのかと、問い詰めたい気持ちにも駆られる。
けれど、かなりいいものだったようで香りも良く、保湿効果も高った。
なんでバスソルトにしたのか、聞いたところ私が長風呂だからだそうだ。
一緒の家で過ごしているからこそ選んだ物だとわかると嬉しくなる。
ホワイトデーを越えれば、残すのは卒業式だ。
告白出来なかったあの日からもう一年。
先輩と出会ってから短く、彼が卒業してから長い中学時代だった。