そう言えば居たな
受験シーズン真っ只中。
もう季節は12月の末。
私は一足先に推薦を貰っていて、受験はなくなった。
来年の4月から私は梅ヶ丘の一員になる。
麗奈ですらHRが終わるとすぐに塾に向かっていくし、他の学生も蜘蛛の子を散らすよう消え去ってしまう。
学園祭が終わってからあっという間だった。
教室にぽつんと一人、私だけが残っている。
先輩は今日のバイトはなく山辺さんと遊ぶ予定で、私も帰ってもやることがなく暇を持て余していた。
去年の今頃、たしか先輩が図書室で勉強をしていたなっと思い出し、向かうことにした。
この情景も懐かしい。
運動部の掛け声と吹奏楽の練習音。
図書室には委員がいるだけで他には誰も居ない。
いつか居た先輩が座っていた場所に座り、白いテーブルを撫でる。
窓の外はオレンジ。
白い壁が塗り潰されている。
腕枕をつくり休む。
久しぶりにこんな静かな場所に一人、たまには悪くない。
目を瞑ろうとし、声を掛けられた。
「――市ノ瀬さん」
男の子の声。
どこかで聞いたような声。
仕方なく顔を上げる。
「えっと、……中村くんだっけ」
お邪魔虫。
彼の名前を忘れていたけれど、思い出す。
なにかと私の邪魔をする人物の印象が強い。
最後に話したのはいつだったか。
「もう一年以上経つのに思い出すのに時間掛かるんだ」
「……ごめん?」
「あはは……」
彼は苦笑いで私の前に座る。
いつか私が座った場所。
ちょっとだけ不機嫌になる私。
「それでなに?」
「ここに向かう市ノ瀬さんが見えたから」
「追ってきたの? ストーカー?」
「いや、違うよ。市ノ瀬さんも変な冗談言うだね」
笑いどころではない。
本当にそう思っただけだ。
「用がないなら帰るけど」
「いや、話しをしようと思って」
「手短いにお願い」
気分が台無しされて、もう帰りたいという欲求に染まる。
「うん、僕も梅ヶ丘のスポーツ推薦もらったからさ」
「そう、おめでとう」
「ありがとう。来年も同じ学校だね」
「……それで? 要件は終わり?」
もう帰っていいだろうか。
教室に鞄を置いていたのを思い出して、心の中で舌打ちをする。
「まぁそうだけど、折角一緒に帰りながら話さない?」
「嫌です。一人で帰ってくれないかな」
「まだ誰とも付き合ってないんでしょ。じゃあいいじゃん」
「誰に聞いた?」
「市ノ瀬さんと橋田さんの会話が聞こえてたから知ってるだけ」
「……盗み聞き?」
「聞こえてきただけだから」
「そう」
私は立ち上がって教室に戻る。
後ろから付いてきている気配がするが無視。
校門を出る頃には流石に消えるだろうと思ってたけれど、それでもついてくる。
「本当に勘弁して」
「え? なにが」
「嫌と言ったはず」
「減るもんじゃないし、いいじゃん。家まで送っていくよ」
減るんですよ。
一人でいる時間が。
このまま帰っても本当についてきそうで怖い。
方向転換し、先輩の家に向かう。
実は父さんに彼の家に入ったことを伝えると、合鍵を私に預けてしまったので先輩の家に入ることは簡単だ。
なぜ父さんが持っていたのかというと、ほぼ一人暮らしの先輩に何かあればすぐに駆けつけられるようにということらしい。
先輩には悪いが利用させてもらおう。
軽く事情を先輩の携帯に送っておくが、すぐに既読の文字がつく。
高校生になった先輩は、昔に比べて更に返事が早くなった。
特別事情がない限り一日で返ってくる。
これも成長と言えるのだろうか。
『え? 大丈夫か。そっち行った方がいい?』
言ってる傍から通知がくる。
私を心配する言葉。
嬉しくてつい頬が緩む。
『いえ、自分だけでなんとかしますので、自宅だけ貸してください』
携帯から視線を外し、隣を勝手に歩いてくる中村くんを見ずに言う。
「言っておくけど、私このまま自宅には戻らないから」
「どこにいくの?」
「ついてくるつもり?」
「うん、俺ら推薦組で時間ならたっぷりあるし」
面倒くさい。
なんでこんな自信に満ちているんだろう。
微かな記憶ではもっと大人しい男子だった筈。
「先輩の家にいくつもり」
「まだ付き合いがあったのか」
「はぁ?」
なんでそんなこと言われなくちゃいけない。
こんなやつに。
「なにか?」
「いやそうだろ、夏祭りの時から進展してないって、もう諦めて俺と付き合ったほうが早くない?」
進展してないわけじゃない。
牛歩の歩みだとして、着々と進んでいる。
それに中村くんと付き合う選択肢などない。
諦めていないのは、この人も一緒だ。
なんで自分のことを棚に上げているのか、不思議でしょうがない。
「今になって絡んでくる貴方もどうかと思うけど」
「クリスマスも近いしチャンスかなって」
「そんなものない」
「柊となんかあんの?」
何か違和感を覚える。
ただ何かわからない。
「先輩とは約束はないけど」
クリスマスはバイトに入る人が極端に少ないため、先輩がシフトに入っているし、私も手伝い。
「じゃ、いいじゃん二人で遊ぼう」
「約束はしてないけど、予定はあるから」
「その用事が終わってからでもいいかさぁ」
「しつこい」
「これでも俺モテるんだけど」
「そう、よかったね。じゃ、ここ先輩の家だから」
モテるからなんなのだ。
私だってモテる。
マンションのエントランスに向かい、エレベーターを待つ。
「ねぇ、待てって市ノ瀬さん」
到着したエレベーターに乗り込もうとしたところで腕を掴まれる。
「なに? 家まで送ってくれたんでしょ。もう用はない筈だけど」
「あんま調子に乗んなよ」
目の前の扉は、誰も乗ることなく閉まる。
力強く引っ張られて、壁際に押し付けられる。
男女の力の差がある。
身長差だってある。
けれど、冷静に対処出来る。
中村は自分が優位だと信じ込んで、隙きだらけ。
私は男の弱点を膝で蹴り上げようと。
「市ノ瀬、待たせた?」
胸ぐらを掴まれていたので、目尻で彼を捉える。
「先輩。どうして来たんですか?」
「っと、中村。何やってんの?」
先輩は私の言葉には返さず、私たちのもとに駆け寄る。
「柊? 本当にここ柊の家だったんだな」
「そうだけど、市ノ瀬から言われて信じてなかったんだ」
不思議な物を見るように先輩は中村を見やる。
「いい加減離してあげなよ、市ノ瀬かなり嫌がってるぞ」
「はっ。いつもの顔で退屈そうにしてんじゃん」
「そんなんだから、市ノ瀬に嫌われるんだ」
「は? 俺が? 市ノ瀬さんに嫌われてる?」
手に力が抜けたのを感じて、そっと離れる。
そして先輩の後ろに。
気付いて声を掛けてくれる。
「余計なお世話だった?」
「いえ、ありがとうございます。嬉しいですよ。心配してくれたんですよね」
「市ノ瀬が素直にお礼言うって珍しいね」
「私はいつも素直ですが」
「そうだっけ」
「そうです」
二人で笑い合う。
それが気に食わなかったのか、中村が激情した。
「なんでそんな奴と一緒にいるんだよ」
「そんな奴?」
「俺のが見た目がいいし、梅ヶ丘に推薦で合格した。バスケだって全国にいった。女子にだってモテる。どう考えたって俺ほうがいいだろ」
「言いたいことはそれだけ?」
呆れた。
そんなことで自信を持って、助長してるのだこの男は。
先輩の背から離れ、前に出る。
「容姿は人それぞれ好みがあるし、先輩は関東のスカウトを蹴って梅ヶ丘を入試で合格して、全国に連れて行ったの彼、だから今年は予選止まりでしょ。先輩だってモテてました」
私が隣にいるから、それが表立っていないだけ。
麗奈の言う通りだった。
中学時代から、女子たちは一線を引いて彼を見ていた。
「いや、今でもモテてますよね」
神楽さんが聞いた。
あのライブを皮切りに先輩が何度か告白されていると。
「それ僕に聞く?」
「言ってあげればいいんじゃないですか? 同じ高校だけじゃなくて、別の女子校の生徒からも告白されたって」
「何怒ってんの? っていうか、良く知ってるね」
「怒ってないです」
これも神楽さん情報。
「貴方の凄さはメッキ、本物には敵わない」
「……」
無言で私たちを通り抜けて、エントラスから去っていく。
すれ違いざま、まだ諦めないから。
と、聞こえた気がして。
私がげんなりする。
彼のしつこさ、私に匹敵する。
「先輩、今日はありがとうございまいた」
「普段からお世話になってるからね、これで返せたと思えないけど」
傍に居てくれるだけでいいんですよ。と、言いかけて口を噤む。
まだ言うべき時期ではないから。
もう少し待って欲しい。
「それじゃあ、私帰りますね」
「うん、気をつけてな」
「はい」
災難な一日だったけれど、良いこともあった。
そんな日。
あと3話で終わりです。
感想もいただけたので、短編を連載化したいと思ってます。