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連勝中の私が唯一勝てないもの  作者: 「」
三章 三年生
31/38

学園祭にむけて

 自然と拍手を贈る。

 目の前には汗だくになった3人の高校生。

 ぶっ通しで4曲。

 初めての大音量の演奏で、耳鳴りが少し。


 感想を聞かせて欲しいと、先輩と神楽さんに言われて、自宅から3駅ほど離れた貸しスタジオの一室に連れてこられた。



「市ノ瀬」

「どうぞ」

「さんきゅ」



 私と先輩のやりとりに山辺さんが驚愕している。



「え、何?」



 驚かれる事に驚く先輩。

 私も先輩に水を渡しただけで、こんな反応をされるのは以外だった。

 私たちにとって、いつものやりとりだ。



「これで付き合ってないってまじかよ」



 山辺さんが怪訝な目で先輩を見やり、手元にあったお茶を手に取った。

 私は気にせず人一倍汗をかいている神楽さんに近寄り、タオルとミネラルウォーターを置いて先輩の元に戻る。



「先輩、本当にギター弾けたんですね」

「まぁ」

「私は弾けないので少し尊敬しますよ」

「ということは僕の勝ち?」

「同じ土俵で戦えないので、そもそも勝負不成立です。私はピアノ弾けますけど、ピアノで勝負しますか?」

「すんません、許してください」



 基本私たちはフェアな戦いを望む。

 けれど、恋愛においては常に不利な戦いを強いられている。


 私たちが話し始めると二人も寄ってきて、輪を作るように座る。

 先輩と山辺さんの汗は引いてきたようだが、神楽さんは依然とものすごい汗をかいたままだ。



「どうだった? 市ノ瀬ちゃん、俺のドラム」

「私に聞くんですか」



 ドラムの良し悪しなんて素人にはわからない。



「まぁまぁ、思ったこと言っちゃって」

「はぁ、そうですね。しっかり音が出てる感じがしました、たまに先走りすぎて全体のペースが早くなっていく原因があるとすれば、山辺さんのせいですね」

「……そういうことを聞きたかったわけじゃ。はい、精進します」

「?」



 言われた通り、思ったことを口にしたのだけれど、山辺さんは肩を落として黄昏る。



「司がドラム始めてたきっかけってモテたいからだそうだよ。格好いいって言って欲しいかったんじゃないかな」



 と、先輩の声。

 バンドや楽器を始めるきっかけとして良く耳にするものだ。

 確かにギターを弾いている先輩は、バスケをやっている時とは違う魅力があった。

 ソロパートなんか私はずっと食い入るように見つめてしまった。



「みなまで言うなよ! そうだよ兄貴に誘われてドラム始めたものの、モテるのギターとボーカルばっかじゃん! なんかベースは堅実にモテてるしっ! ドラムは注目集めないんだよ!」

「あは……」



 私は苦笑いを浮かべて、逆ギレする山辺さんから距離を取り、先輩の後ろに隠れる。



「市ノ瀬ちゃん逃げないでっ」



 ただ先輩も少し山辺さんを見習ったほうがいいと思ったのは内緒だ。

 ここまで欲に忠実なのも珍しい。

 三人というよりは一人で馬鹿騒ぎしているのにも拘わらず、神楽さんはぐったりした様子で私たちの様子を伺っている。

 大丈夫だろうか。

 先輩たちのほうが付き合いが長いため、何かあれば彼らが動くだろうと思っているけど。

 私の心配をよそに、神楽さんは立ち上がる。



「さて、退出時間まであまり時間がない。もう一曲やって上がろう」

「はい」

「うっす」



 ※



 9月末。

 夜は少し肌寒い。

 雨も降ればなおさら。

 私と山辺さんは手ぶら。

 先輩と神楽さんは各々の担当の楽器を大事に背負う。

 一同並んで駅まで向かうが。

 道中、先輩の隣を歩いていた神楽さんの傘が落ち、力が抜けたように倒れる。

 寸前の所で先輩が腕を差し出して、難を逃れる。



「ごほっ、ごほごほ。すまない、少しふらついた」



 神楽さんが咳き込む。



「市ノ瀬、ちょっと持っててくれ」



 先輩からケースを受け取り、両手で抱える。



「神楽さん、失礼しますね」



 身軽になった先輩は神楽さんを支えながら、額に手を当てる。



「……すげぇ熱」

「大丈夫だ、歩ける」



 そう言って先輩から距離を取るものの、ふらふらと再び倒れそうになる。

 また彼がそっと支え、反対側を山辺さんが支える。



「渉の家、少し先にあったよな」

「……、うん、あぁ」



 歯切れの悪い先輩の答え。



「え?」



 私の声が漏れる。

 先輩と目が合うが、すぐに逸らされる。



「ベースとギターは俺が持つから、早く渉の家に神楽先輩を運ぼう。市ノ瀬ちゃんも神楽先輩を支えてやってくれ」



 先輩のギターを山辺さんに渡し、先輩の反対側につく。



「……」



 一瞬の沈黙の後、先輩は口を開く。



「わかった」



 何か声を掛けないと。

 そう思ったけれど、周りに先輩の友人たちがいて、不用意に話せることなどなかった。

 先輩の先導で道を進む。

 一駅歩いた頃、一つのマンションにたどり着く。

 神楽さんほどではないにしても、先輩の顔色も悪い。



「5階の角部屋だから」

「はい」



 エレベーターに4人で乗り込むのを見届けて、5と書かれている丸いボタンを押す。

 一瞬だけ浮遊感があり、すぐに重力を感じる。

 正面のドアが開き、狭い通路を歩く。

 3人で横に歩くことは困難で、私は神楽さんから外れて二人の後ろを歩く。



「市ノ瀬」

「はい」

「腰のキーリングから、青い柄のついたやつ。そう、それ。開けてくれると助かる」

「わかりました」



 解錠して、扉を開く。

 真っ暗な部屋の中、手探りでスイッチを探す。



「入ってすぐの右の扉が僕の部屋」



 先に先輩の家に入る。

 扉を開いたままにして、彼の部屋の電気も点ける。

 遅れて先輩が神楽さんを抱えたまま入ってくるので、手伝いながら彼女を先輩のベッドに寝かせた。



「体温計と解熱剤とってくるから、いちの……」

「場所を教えていただければ、私が取ってきます。先輩の顔色もひどくなってるので神楽さんを見ていてください」



 彼の言葉を遮る。



「リビングの奥、白い棚にあるから」

「わかりました」



 リビングで楽器を置いている山辺さんに視線だけ交わし、急いで必要なものを揃える。

 先輩の部屋に戻ると、彼は天井を見上げていて視線が定まっていなかった。



「先輩はもうリビングで休んでいてください。あとは私がやっておきます」

「……悪い」

「気にしないでください」

「落ち着いたら話そう」

「はい」



 勝手にタンスから先輩の服を抜き取ると、意識の薄い神楽さんの身体を拭いて着替えさせる。

 体温計の音がピピッと鳴る。

 38度を余裕で越えていた。

 リビングから持ってきていた箱に入っている解熱剤を取り出し、なんとか飲ませた。

 神楽さんが何か呟いていたがよく聞こえなかった。



 ※



「戻りました、先輩」



 リビングには山辺さんの姿がなく、先輩一人だけだった。

 どうやら先に帰ったようだ。



「うん、あぁ。助かったよ」

「……いえ」



 私と神楽さんがいることで体調を崩しているのだ。

 お礼を素直に受け取ることができない。



「座ってもいいですか?」

「うん」



 自宅のように先輩の隣に座る。

 びくっと一瞬震えたように見えたがすぐに収まる。



「その様子だと、春人さんに聞いたんだよね」

「はい。すみません」

「いや、いいよ。そのうち話すつもりではあったから」



 微笑んで見せてくれているが、どこか硬い。



「嘔き気とかどうですか?」

「昔に比べると大分マシかもしれない。市ノ瀬と神楽さん二人だからか」

「どうでしょう。私にはなんとも」

「それもそうだね」



 沈黙の帳が下る。

 私も彼もどうしたらいいのか、気まずい雰囲気。



「帰ったほうがいいですか?」

「いや、ごめん。出来れば泊まっていってほしい」



 何時になく弱気な先輩。

 彼が一緒にいて欲しいと願うのであれば、どういった感情であれ、一緒にいる。



「わかりました、親に連絡するので少し待っていてください」

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