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連勝中の私が唯一勝てないもの  作者: 「」
三章 三年生
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鑑賞会

 忙しなく歩きまわる先輩の姿。

 手には銀色のトレー。

 父さんが料理を作り、私がドリンクを作り、先輩が運ぶ。

 8月30日。

 夏休みの最終日の1日前。

 私は手伝いに追われていた。

 夕方の5時から8時まで休み暇もなく、ようやく客足が途絶えたころにはもう閉店時間になっていた。

 夏休みになってから、先輩が午後のシフトに入っている時はいつもこんな感じだ。



「「ありがとうございました~」」



 最後のお客様を送り出し、ようやく本日の業務が終わる。

 先輩はすぐにテーブルを片付け、掃除道具を取りに向かう。

 私は看板を下げるだけで、あとは先輩を待つだけなので先に着替えを済ませた。

 さぼっているわけではない。

 掃除道具が一つしかないだけ。

 トイレ掃除は父さんがやればいい。

 その父親はレジ閉めをした後にも仕事が残っており、明日の朝の仕込みがあるため、帰宅するにはもうすこし掛かる。

 

 30分ほどスタッフルームで休憩していると、先輩が疲れた顔で入ってきた。

 タイムカードを切り、着替え始める。



「出てましょうか?」

「大丈夫だよ。僕、男だし」

「女性だったらびっくりしますけど」



 シャツとエプロンは支給されているものだけど、パンツは自前の物で上だけ着替えれば済む。

 中にはTシャツも着ているので裸にもならない。

 私の場合、中には下着オンリー。

 だから先輩もそうなのかなって思っただけだ。



「先輩、今日の帰りコンビニに寄ってもいいですか?」

「うん」



 午後のシフトに入った際は、帰りが遅くなるので自然と家まで先輩は送ってくれる。

 何も言わずとも今日もそのようだ。

 二人で父さんに挨拶を交わしてお店を出た。

 お店と私の家のちょうど中間にあるコンビニ。

 こんな夜遅くにコンビニ来ることはあまりなく、少しわくわくする。

 先輩が外で待ってくれているけれど、最近お気に入りのグミなどお菓子類や、普段は買わないジュースなどを買い込んだ。



「お待たせしました」



 先輩は返事をするわけでもなく、私のエコバッグを受け取る。

 先に歩き始めた先輩に小走りで近づき、並んで歩く。

 


「ありがとうございます」



 『ん』とだけの返事。

 暗い家路をゆっくりと歩く。



「先輩、今日泊まっていきませんか?」

「泊まりかぁ」



 右上を見ながら考える彼の姿を眺めて、これは押せば頷くタイプのものだと判断する。

 断る場合は大抵即答。

 たまに迷って断ることもあるけれど、最近は私の押しにより拒否することが少ない。

 矢継ぎ早に、先輩を別の方向へと誘う。



「今年はあまり夏っぽいことしなかったんで、ホラー映画でも見ませんか」

「いいかもなぁ。納涼ホラー映画ってのも初めてかも」

「コンビニで色々買いましたし」



 一瞬、私の顔を見やると手元にあるお菓子たちに視線を移す。



「最初からそのつもりだっただろ。僕が断ったらこれどうするつもりだったんだ、これ」

「断るんですか?」

「断らないけど」

「知ってます」

「なんでだよ」



 私は満足して頷く。

 先輩も楽しそうに笑ってくれてる。


 帰宅すると、母が出迎えてくれてお風呂が沸いていることを知らせてくれた。

 私は長風呂なので先輩に先に入ってもらい、彼が上がってから私はゆっくり湯船に浸かる。

 自分の部屋で映画を見るつもりなので、いつもより丁寧に洗う。

 真夏のお風呂上がり。

 いつもはTシャツに下着という格好だけど、流石にそういうわけには行かない。

 といっても短パンを追加するだけ。

 見えちゃいけないところが見えなければいい。


 長風呂に続き、ドライアーで髪を乾かすので先輩をかなり待たせることになる。

 ただ、先輩も待たされることには慣れているようで、私の部屋でベッドを背もたれにしながら胡座をかいていた。

 スマホにイヤホンを差しているようで集中してなにかを見ている。

 手には特殊な譜面。

 ベッドに上がって、先輩のスマホの画面を覗く。

 先輩にしては珍しく邦楽。

 それもかなりメジャーに楽曲。

 あぁ、文化祭か。

 邪魔するのも悪い気がしてくるけれど、このまま構ってもらえないのも癪。

 右耳のイヤホンそっと外す。



「せんぱい」



 わざとらしく甘い声。


 あ、これはやりすぎたかもしれないと心配になる。

 彼のトラウマを刺激しなければいいけど。

 やってから後悔。



「あーっ、びっくりした。市ノ瀬か」



 顔色も普通だし、私を半目で睨みつけてくる。

 いつもの先輩。

 ……よかった。

 最近調子に乗りすぎたかもしれない。


 でも、気づいたことがある。

 自宅に女性っていうのがトリガーなだけで、他の場所なら平気なのだろうと。

 思い返せば、学校でも私は先輩に少なからずアプローチはとってきていた。

 先輩の体育祭なんかがもっともいい例だ。



「なんだと思ったんですか」

「いやぁ、まぁ、市ノ瀬以外に考えられないんだけど」

「先輩、集中すると周りみえないですよね」

「そうかも」



 先輩が譜面を片付けると同時に私はノートパソコンを立ち上げる。

 OSのロゴが表示され、しばらくしてデスクトップ画面が映る。



「邦画と洋画どちらがいいですか」



 タッチパッドで操作しながら先輩に判断を委ねる。



「夏のホラーっていうと邦画なイメージ」

「そうですね」



 なんとなく先輩と映画を見ようと思っていただけで、タイトルなどは一切決めていない。

 彼となら成り行き任せでも、ちゃんと決まりそうだったから。



「あ、これ僕みたことないかも」



 先輩が差したものを素直に開く。

 私は所謂ジャパニーズホラー映画を見て育たなかったため、知識がない。

 有名所であるテレビから女性が出てくる物もみたことがなかった。

 そのため先輩が選んでくれて助かる。



「雰囲気出すために、明かりを消しますね」



 買ってきたお菓子や飲み物を広げてから、手元にあるリモコンで証明を落とす。

 光源はパソコンのモニターだけになる



 ※



「……先輩、どこに行くんですか?」

「客間だけど」



 映画が終わり、いつもの様子でゴミを片付ける先輩。

 そのまま部屋を出ていこうとする。



「なんでですか」

「映画終わったから」

「……」

「じゃ、そういう事で」



 再び立ち上がろうとする先輩の腕を掴む。



「映画が終わったら感想会するものです」

「ホラー映画の感想なんて、怖かったか、怖くなかったかしかないんだけど」

「誰々の演技が良かったとかもありますよね」

「アイドルが演じて棒読みとかじゃない限り、僕そこまで気にしないんだけど」



 それは私もだ。

 棒読みだと演技が気になって、内容が頭に入ってこない。

 なんとか先輩を部屋に留めようと画策する。



「明日、夏休み最終日です。今日が夜更かし出来る最後の日ですよ。もっと映画について話し合う必要があると思うんです」

「そ、そう?」



 気圧されるように先輩は仰け反り、そのまま私の隣に座ってもらう。



「今回、比較的新しい邦画のホラーですが、日本のホラーといえば一杯あるじゃないですか」

「まぁ色々あるね。ってか、市ノ瀬めちゃめちゃ今日喋るじゃん」

「そうですか? いつもこんな感じでは? 先輩の気の所為ですよ」

「そんなにホラー映画が好きなら、もう一本見る? それこそ夜更かししても怒られないし」

「いえ、結構です」

「……あはは」



 先輩は困った顔で笑っている。

 バレている。けれど認めたくない。

 私だってこんなにホラーが苦手だとは思わなかった。

 家族で洋画ホラーは、テレビでやっているのを見たことなら何度もあった。

 けれど、海外のものは怖いというよりビックリするという表現が正しく。

 そんな気持ちで邦画を鑑賞すると後悔する。

 いや、した。

 背筋が凍るような、後味を引くような怖さと、リアルさがある。



「正直、身体いい感じに疲れてて結構眠い」

「そう言わずに」

「もう一緒に寝る?」



 欠伸をしながら、先輩はそう提案してくる。

 私も一瞬迷う。

 年頃の女の子になにも考えずに提案してくるあたり、意識されていないのがわかって複雑だけれど。それならばそれを利用しない手はない。



「先輩がどうしてもというのなら」



 ちっぽけなプライド。

 私がお願いしているわけではないですよ、的なアピール。



「じゃ、どうしても」



 とっても投げやり。

 私を見てすらいない、想い人は布団のようだ。



「……はい。どうぞ」



 ベッドに先輩が入り、私も続く。

 壁際ぎりぎりまで寄ってくれるが、狭い。

 ほのかにシャンプーの香り。

 私と同じものを使っているけれど、同じニオイとは思えない。

 本当に眠かったようで、すぐに先輩の寝息が聞こえる。

 先輩の背中をつついても反応がない。

 その背中に顔をこすりつける。

 心臓の音が聞こえる。

 一定のリズムが心地よく、怖さは霧散し、安心感に包まれる。

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