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連勝中の私が唯一勝てないもの  作者: 「」
三章 三年生
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遊ぶ気のない夏休み

 地域大会準決勝で敗退。

 パフォーマンスは悪くなかった、よくなかったのはメンタル。

 単純にやる気がなかった。

 去年は先輩がいたことで張り合い、モチベーションがあっただけの話。

 スポーツ推薦を狙うのもこの成績なら十分だと思う。

 本気で全国に行こうとする部員もいないし、私はスポーツで推薦を貰うわけでもないがため、頑張る必要性もない。

 ということで夏の大会はあっけなく幕を閉じた。


 夏休み中の憩いの場。

 カフェダリア。

 黒い背景に白いダリアの花の看板が目印。

 ランチタイムを過ぎれば人はまばらで、カウンターにいる先輩と駄弁ることが出来る。

 こういう積み重ねが大事。

 恋愛はマメな奴が勝つとは麗奈の言葉。



「今日もいるなら手伝えよ市ノ瀬」

「いやです」



 受験生を盾にする。

 けれど、私の手にあるのは文庫本。

 先輩は空いたテーブルを拭いて周り、最後にカウンター席へ。

 私のもとに到着するころにはお客さんは私だけになっている。

 客かどうかの判断は先輩に任せることにしよう。

 最初から先輩も手伝わせるつもりはないようで、一度看板を下げるとレジで売上とお金の確認をしはじめた。

 完全にお昼の仕事を終えた先輩は、キッチンで父さんの作ったまかないを受け取り、私の隣に座る。



「お疲れ様でした先輩」

「客として来てる人に言われると複雑」

「これ、あげますので」



 食べかけのチーズケーキ。



「ありがとう」

「いえ」



 お腹が一杯で食べれなくなった物で、先輩の好感度が下がらないなら儲けもの。



「市ノ瀬は夏休みどこか行かないのか?」

「そうですね。今のところ予定はないですけど、先輩こそずっとバイトしてますけど」



 先輩がどこか出かけるなら付いて行こうかな程度。

 自分から出掛けたいという欲求はなかった。

 夏だからこそ、海やプール、キャンプなどレジャーなどあるかもしれないが、遠出するには中学生には少し重たい。



「ちょっと欲しい物があるからね。無駄使い出来ないなぁ」

「初耳ですけど」

「それは誰にも言ってないから、知ってたらびっくりだよ」



 まかないを食べ終え、私があげたケーキに合うようにコーヒーを淹れ始めた。



「何を買うんですか」

「楽器欲しいんだよね」

「……楽器。ギターですか?」

「よくわかるね」

「先輩のこと見てますから」



 連絡先のアイコンや、アプリで流している曲なんかは凡そ現役の高校生とは思えない趣味をしている。

 ベースやドラムといったものも考えれるが、一番目立つところのギターが無難。



「最近、学校の先輩に教えてもらってるんだよ。だから自分のが欲しくてね」

「へぇ。部活にでも入ったんですか?」



 居ないところでの先輩の行動はわからない。

 当たり前と言えば当たり前。

 けれど、こんなに一緒にいるのに先輩は自分のことをあまり話さない。

 聞けば答えてくれる程度。



「いや、同好会。ってわけでもないな、人数足りないし。ただ部室自体は余ってるみたいだから、放課後、暇な時に通ってる感じだなぁ」

「女性の方ですか?」

「うん。結構、綺麗な人だよ」

「……。先輩が女性を容姿で褒めるなんて珍しいですね」

「そう? 僕、結構市ノ瀬のこと褒めてる気がするんだけど」

「どうでしょう」



 言われて少し照れるが、問題はその先輩の先輩。

 密室で二人きりなんて話聞いてない。

 けれどこればっかりは。



「そうだ、市ノ瀬。来週の水曜日、暇?」

「急にどうしたんですか」

「その先輩と会う約束してるんだけどさ」

「はい」

「どのギターがいいのか教えてもらうんだけど、夏休み見た限り市ノ瀬も暇してそうだから、どうかなって」

「いいですよ」



 少し複雑な心境だったけれど、二人きりで会う約束をしているのに、私を誘うところをみてそんなに深い関係じゃないと思えた。

 水曜日に確かめるのが早いと、即答する。



 ※



 先輩と先に待ち合わせをして、そのあと駅前で更に待ち合わせ。

 二人並んで雑談を交わしていると、



「待たせたかな?」



 黒い、烏のような髪を一つに結い。

 切れ長の目をした女性が話しかけてきた。

 身長も先輩より少し低い程度で、スタイルもいい。

 たしかに美人だと思う。



「ちわっす、神楽さん」

「うん、柊くんおはよう。そっちが」



 私の全体を捉えるように見る。



「すごいね柊くんの後輩。なんというか現実離れした美少女だ」

「はぁ、どうも」

「あたしは神楽雅、よろしくね、市ノ瀬さん」



 先輩が教えていたのだろうか、私の名字がすっと出てきた。



「はい、今日はよろしくお願いします」

「じゃあ、早速行こうか」



 神楽さんの先導で、狭い通り道のマンションの1階。

 そこに楽器店があった。

 外観はそこそこボロい見た目をしているものの、中に入ると綺麗に整えられていた。

 色んなギターやベース、見たことのない楽器まで吊られている。



「とりあえず、これがいいなって思うものを探すのが正直一番いい。音に関してはあとで弾いてみたらわかる」

「はい、じゃあ見て回ってきます」



 先輩はそういうと私たちから離れ、一本一本丁寧に見て回る。



「市ノ瀬さんは楽器に興味ある?」

「いえ」



 私の返答に、すっと目を細める神楽さん。

 なにかしただろうか。



「楽器というよりも、あたしに、かな?」

「え?」

「まぁ、大丈夫だよ。柊くんを取ったりしないから」



 初対面の相手に言い当てられてドキッとして警戒心を高める。



「そんなに警戒しなくても大丈夫だよ」

「顔に出てましたか?」

「いや全然と、言いたいところだけで視線かな。無表情だけど、目だけは雄弁に語ってるよ。あと女の勘もある」

「……」

「流石に柊くんを見る目と、あたしを見る目が違いすぎる」



 敵意を持ってると感じた、と言われる。



「それは、すみません」

「大丈夫だよ」



 声高に笑う神楽さんには大人の余裕というものが見て取れた。

 私とも麗奈とも違う。

 変わった人だ。

 魅力的な女性だと思う。

 私が居ない1年間、先輩が神楽さんに惹かれるかもしれない。

 そう思うと不安になる。



「あたしにはちゃんと想い人がいるから」



 やさしく私に微笑むと、一度先輩の方に視線を向ける。

 安心はしない。

 好きな人がいる人を好きになることだってある。



「時間掛かりそうだから、もっと話そうか」

「はい」

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