2日目
アラハビーチ。
去年先輩が訪れた場所。
近くにはアメリカンビレッジと呼ばれるリゾート地もある。
まるで日本にいることを忘れるような観光地。
何よりも夕日が綺麗で有名。
実際、写真でみたあの光景は凄まじいと思った。
お昼は公園でバーベキュー。
予約を取れば椅子やテント、テーブル。食材まで準備してくれるようで着の身着のまま楽しめることができるらしい。
学校側が予約してくれているので私たちは受け取るだけで済む。
先輩はあるき回りたくないからこのコースを選んだと聞いた。
努力家なのにものぐさ。
アンバランス。
なんなんだろうね、あの人。
お土産を探しに色んなお店を回ってみたものの、こうパッとした物がなく、甘い物詰め合わせだけを買ってみた。
ただこれだけじゃお返しとしては不十分だったので彼に似合いそうな『かりゆし』と言われる沖縄版のアロハシャツも買ってみたのだが。
ビーチに戻るころには夕日がちょうどいい具合に、水平線から半分顔を覗かせていた。
私にとって暮れの時間は条件反射で先輩を思い出す。
学校で日が落ち始めるころに、毎日のようにバスケで勝負をして一緒に帰る。
思い出すだけで砂と汗とボールのニオイが幻嗅する。
受験シーズンも先輩は夕焼けを背負って勉強をしている姿も印象的。
私と先輩の間にはいつもオレンジ色の空があった。
自然とポケットからスマホを取り出す。
「先輩。今いいですか」
『いいけど、どうした?』
「ちょっと待ってください」
一度耳元からスマホを剥がし、写真を一枚送る。
『あぁ、ここか。市ノ瀬もこのコース選んだんだな』
歩道とビーチの間にある塀を乗り越え、ビーチを進む。
「去年、写真を頂いて綺麗だったので」
『だよなぁ』
靴と靴下を脱ぎ、くるぶしぐらいまで海の中に。
気温は高いが潮風と海の冷たさで熱された身体を冷やしていく。
風がスカートをふわりと浮かび上がらせる。
「沖縄旅行のおすそ分けです」
去年そうしてくれたように、私も波の音を聞かせる。
『……』
「……」
先輩と無言になることは度々あるけれど。
気まずい雰囲気になったことはない。
それよりも心地良いとさえ感じる。
夕日が3分の1残るまで静かに過ごした。
「夏菜そろそろ行くよー」
いつの間にか隣にいた麗奈につつかれる。
「それでは先輩、また」
『うん。おつかれ』
「おつかれって……。職場に染まってますね」
先輩の返事にくすりと笑いながら通話を切る。
茶化されながらホテルに戻った。
※
決められた就寝時間まで麗奈と会話を広げる。
「夏菜ってさ」
「……何」
向かい合ったテーブルの前、用意していたお茶を飲む。
沖縄に来て以来さんぴん茶しか飲んでいない気がする。
「夕方にも思ったんだけど、夏菜の敬語の使い分けってどうなってんの?」
「敬語?」
「私やほかの同級生にはくだけてるけど、一部の生徒には敬語じゃん?」
「そうだっけ」
自分ではあまり意識していなかった。
自然と思ったことを喋っているだけ。
「大好きな先輩も敬語じゃん?」
「先輩は先輩だから」
「なにそれ」
カラカラと麗奈は笑う。
「でも中村にも敬語じゃん?」
「誰それ」
「中村かわいそすぎ、ほら同じ班の夏菜に告白した男子」
新学期の始めに聞いたことがあった気がするが関わりなかったので記憶から抹消されていた。
どうでもいいことは忘れる主義。
告白されたという事は覚えている、苦い記憶と処理されているから。
だけど、その人物は不特定多数の中の一つ。
「知らない人にタメ口はつかないよ」
「でも気をつけなよ」
「なにを」
「あの目夏菜のことまだ狙ってるよ」
「そ」
「夏菜のことだから大丈夫だと思うけど。愛しの先輩との仲、邪魔されたくないでしょ?」
「邪魔できるものなの?」
「しようと思えば」
恋愛経験の浅さか、考えもつかない。
どうすれば邪魔になるのか。
「夏菜は存在してるだけで邪魔できそうだけど」
「それはどういう意味?」
「夏菜が先輩の隣にいるだけで周りを牽制できるって意味。夏菜がいるだけで柊先輩に近づく女性はいなくなるよ」
「その話を信じるなら今の私と先輩の距離って危険ってこと?」
「そうだねぇ。でも、その先輩に彼女が出来た気配なんてないんでしょ」
彼とそんな話を詳しくしたことはない。
でも、彼女が出来たような気配もない。
「でも油断はできないと思うよ~。いくら夏菜を見慣れてて、普通の女の子じゃ見向きもされないと思うけど、夏菜が好きになった人でしょ、言い寄られても仕方ないんじゃないかな」
ぱっと見じゃ先輩の良さはわからないと思う。
没個性。
整った顔もスポーツで鍛えられた身体もあの存在感のなさではモテるようには見えない。
努力家。
彼を少しでも知っているのであれば、その圧倒的な集中力と異常なほどの練習量に圧倒される。
バスケを続けているうちは、プレイングで魅了されてしまう。
性格だって紳士的でやさしい。
ちょっと子供っぽいところも愛嬌だ。
高校に入学して彼の良さに気付いた人間はどれほどいるのだろう。
私は少し甘く考えていたようだ。
「そうかも。ありがとう気づけた」
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