新たな日常
去年と同じように張り出されるクラスの振り分け。
一喜一憂している姿も恒例になっている。
今年は自分のクラスを確認するだけ。
3年C組。
何も思うところがないわけではない。
なんとなくBクラスならば先輩の見ていた景色を見れるんじゃないかなっと思っただけだ。
こんな所でも一緒になるというのは初恋故のわがままだろうか。
リノリウムで出来た廊下をぺたぺたと音を立て進む。
本校舎の2階。
今日からの毎日通う教室は私が到着する頃にはもう半分の席が埋まっていた。
黒板にある通りに廊下側の前から3番目に着席。
頬杖をついて時間がすぎるの待つ。
「今年もよろしくね、夏菜」
「……橋田さん」
一人、私の前に立ち止まると話しかけてきたのは2年間同じクラスだった橋田さん。
今年も同じだとすると3年間同じクラスになる。
「あれ? 私がいること気づいてなかった?」
「ごめん橋田さん。自分の割当しか見てなかった」
「夏菜らしいや、じゃまたあとでねー」
気にした様子もなく橋田さんは自分の席に向かい、周りに声を掛けつつ新しいクラスに溶け込もうとしている。
私とは正反対の性格をしている。
ただちょっと予想外だったのは、最後に橋田さんが話しかけた相手が卒業式の日に告白してきた男子生徒。
彼も同じクラスになってしまった。
名前は知らないけれど、どうせこのあと自己紹介することになる。
うちの学年は4クラスあるから、そういうこともあるだろうと割り切ることにした。
目を離す直前に視線がかち合う。
無視するのも変な話だと思い、頭を振って挨拶だけをする。
チャイムが鳴り新しい担任が現れると、散らばっていた生徒たちは静かになり各自着席。
今日は新しい教科書を受け取るだけ。
注意事項と受験生になる心構え。
それだけを伝えられると今日は学業は終了。
余った時間は自己紹介。
私も名前と所属している部活動、趣味だけを紹介する。
各々部活や塾に向かい、私も部活があるのですぐに向かうことにした。
更衣室に鞄を置き着替えるものの、体操服の前側の裾あたりに違和感がある。
いくら短パンに入れようとも、ちょっとした動作ですぐに抜けてしまう。
うん。
わかっていた。
また胸が成長している。
少し前から下着がきついのも気付いていたし、誤魔化してきたけど。
はっきりとこう、目に見える形で現れるとショックを受ける。
身長が伸びたとも考えたいけれど、154センチ。
去年から1センチしか伸びていない。
体操服に下着を買い替えることになる。
また父さんと母さんに笑われてしまうな……。
着替え終わり、上にジャージを羽織って外に出た。
う、上まで閉まらない……。
※
程よい疲労感。
このまま帰るには少し勿体ない。
けれど以上身体を動かすつもりもない。
父さんのカフェに寄って休もう。
木製の少し重い扉を開き、からんっという鐘の音。
少し先に立っていた先輩が接客をしようと私に寄ってくるものの、途中で脚を止めた。
「おかえり市ノ瀬」
「……ただいま。すごい違和感ですね」
「まだ一ヶ月も働いてないからな」
「いえ、先輩におかえりと言われるのがです」
「そう?」
「えぇ、まぁ気にしないでください。こちらの話なので」
先輩はいつものカウンターへ案内してくれると、注文を尋ねる。
今日は冷たいものがいい。
「レモンティー、アイスで」
「かしこまりました」
基本、紅茶やコーヒーなんかのドリンク類はカウンターで作る。
火の使わない軽食なんかもそうだ。
ただいつも父さんが作るのに、今日は先輩がそのままカウンターに戻るとお湯を沸かし始め、ニルギリの茶葉を取り出した。
「先輩が淹れるんですか?」
「うん」
「大丈夫ですか?」
「はは、信用ないな僕」
「そういうわけではないですが」
「ま、春人さん曰く無銭飲食の娘がきたら僕の実験台になれってことらしいよ」
「なんですかそれ」
まぁ先輩が淹れてくれるのなら喜んで。
「不味かったら不味いって言いますけど」
「市ノ瀬から合格貰えれば、そのまま店で出せるレベルらしいからそれで大丈夫」
うちの父は本当に実験台にするつもりらしい。
ポットの中に茶葉をティースプーン1杯分よりちょっとだけ多め。
気泡の立ち始めた小さなヤカンの火をとめて、茶葉の入った耐熱ガラスで出来たポットに注ぐ。
ポットの蓋を閉め、砂時計をひっくり返すと蒸らしにはいる。
氷の入ったグラスを準備し、最初からスライスされていたレモンを用意。
2分で落ちきる砂時計の砂が無くなると注ぐ。
最後にレモンを入れて完成。
「おまたせしました」
コースターの上に音を立てずにグラスをそっと置く。
その姿は板についていた。
「いただきます。あと、こちらをあまり見ないでください」
私の評価が気になるのはわかるけれど、じっとガン見されると緊張する。
香りは引き立っているが薄い。
味も薄いような気がする。
蒸らしが足りないというところだろうか。茶葉の量は問題なかったように思う。
「私の家やプライベートで飲む分には問題ありません」
「ふむ」
変な相槌だ。
気を取り直す。
「ただ蒸らしが足りないです。あとポットを温めるのを忘れていたのも減点ですね」
「あ、悪い。忘れてた」
ショートエプロンからメモ帳を取り出すと、ぱらぱら捲って確認を始めた。
「まぁこの調子でいけばすぐにカウンターを任せられるんじゃないですかね」
「ありがとう、がんばるよ」
「はい」
先輩と雑談しながらレモンティーを飲み干す。
氷とグラスが当たる音が涼しくて良い。
「何時までですか?」
「あと30分だね」
「どうします?」
「今日は帰るよ」
「そうですか。明日からすぐ授業なんですか? 先輩の高校」
「いや、新入生歓迎会みたいなのがある」
「なんですかそれ?」
「さぁ? 僕もよくわからない」
来年わかることだから、まぁいいやと決めつけて席を立つ。
「少し待ってくれるなら家まで送るけど」
「紳士的ですね」
「そういうわけじゃないけど、もう遅いし」
「それを紳士的っていうんですよ。待ちますのでおかわりください」
「かしこまりました」
先輩は笑いながら、おかわりを淹れてくれた。