告白の行方
告白の断りを入れて、走って約束の場所へ向かった。
短い距離なのに心臓の鼓動が早くて息が苦しい。
体育館と武道館の隙間を縫い、目的のバスケットゴールが見えてくる。
高い壁を振り払い、広がる視界。
思い描いた先輩の姿はなく。
ただ虚空が広がっていた。
どうして? という気持ちが湧き上がる。
でも、トイレという可能性もある。
私のように誰かに呼び出された可能性もある。
少しだけ待つ。
5分、10分、15分と時間はどんどん過ぎていく。
スカートのポケットに入っている携帯が震えた。
時間を確認するついでにメッセージを確認する。
『柊渉』
一度約束したのだから、彼が勝手にいなくなる理由はない。
彼が反故にするとはとても考えにくい。
それはわかっていた。
『ごめん、結構待ったつもりなんだけど。用事あって急いで帰らないといけない。また今度でいい? 春休み中は暇だからいつでも呼んでくれ』
「……ふっ」
乾いた笑いが出る。
私の笑いに呼応したかのように強い風が吹き、砂を巻き上げる。
目に砂が入りそうで、表情を歪めて、しゃがみ込む。
選択肢を間違えた。
人の告白を真剣に聞いている場合ではなかった。
卒業生の話を無理やりにでも切り上げて走り出せばよかった。
先輩なら待ってくれるだろうと甘えがあった。
完全にすれ違う。
自分の告白のタイミングを見失った。
実際、告白なんていつでもタイミングというものはある筈なのに、私はこの日に掛けていた。
臆病だから。
なにかに縋りたい気持ちで、この日が良いと決めた。
しばらくは会えなくなるこの日に振られても、またチャンスはある。
あの男の子と似たようなもの。
春休み中に奮起するつもりだった。
気負っていた物が抜け落ち。
肩を落とす。
もうこの学校でやることはない。
重い足取りで帰宅する。
いつもの家路。
長く遠いものに感じる。
なにも考えられずふらふらと。
気づけば家の前に立っていた。
幸い両親は今日いない。
どちらも仕事。
自宅入り、靴をそのまま脱ぎ捨て、階段を引きずるように登る。
制服のまま自室の布団に潜り込んだ。
「ぅ……んっ。…………ぅ、んくっ……ぁ、っ」
喉の奥がきゅっと締まる。
湧き上がってる声を唇を噛み締めて必死に閉じ込める。
けれど流れる涙は拭えなくて。
自分の不甲斐なさに苛立つ。
こんなところで悲観してしまう自分の弱さに呆れる。
色んな感情が入り混じりぐちゃぐちゃ。
呼吸が苦しくなり、布団から顔だし仰向けにして天井を眺める。
白い天井がいつもよりまぶしくて、腕を目の上に乗せる。
何も見たくないと。
身体も思考も鈍い。
目を閉じてしばらく。
力尽きてそのまま眠った。
※
真っ暗な部屋。
意識が覚醒し始める。
目が腫れぼったい。
喉もカラカラ。
リビングに降りると電気の光がドアの隙間からはみ出している。
父さんが帰ってくるには早い。
「母さんおかえり」
「ただいま。……夏菜?」
ソファで寛いで母は、隣の席を軽く叩き私を誘う。
「振られたの?」
私の目元を母が優しく撫でる。
「ううん、告白すら出来なかった」
「そう。でも振られたわけじゃないのね」
「うん」
「諦めるの?」
「ううん」
首を左右に振り否定を示す。
そんな私を真っ直ぐ見つめる母の瞳。
叱咤するように強い眼差し。
「それなら、泣くのは早かったんじゃない?」
「……」
「まだ終わってないし、始まってない」
「……うん。そうだね」
「少しいい顔に戻ったね。顔洗ってきなさい」
母に言われて顔を洗って戻ってくると、紅茶の良い香りが充満していた。
ソファに座り、紅茶を受け取る。
深呼吸するように香りを楽しむ。
「それで夏菜。これからどうするの?」
考える。
もう頻繁に先輩と会うのは難しくなった。
頻繁に連絡し、デートを取り付けたりとしか出来ないと思う。
「私も梅ヶ丘受験しようかな」
「そう」
先輩のいる高校。
公立の中では二番目に偏差値が高い学校。
自由な校風で生徒の自主性を重んじる。
そんな学校だからか、学校側からの叱咤激励はない。
すべて自己責任。
地元の駅から六駅ほど。
通学にも不便はない。
確実に推薦取れると思う。
もらえなくても確実に入試で合格するだろうから受験に不安はない。
それはいい。
結局は次の一年どうすればいいかが問題。
先程言った通りのことしか出来ないのだろうか。
答えはでない。
「もうしばらく考えてみる」