修学旅行(仮)
新着メッセージ。
『柊渉』
文章はなく一枚の写真だけが送られてきた。
アメリカ西海岸の夕焼け。
のように見えるけれど日本のビーチ。
先輩は沖縄旅行中だった。
来年は私がそこに行くことになる。
修学旅行。
新たなフォルダを作成し写真を保存していると、聞き慣れた着信音。
先輩から掛けてくるなんて珍しい。
「どうしたんですか先輩」
「頼まれたお土産だけど、本当にこんな写真でよかったのか?」
「はい。出来れば他の観光地もお願いします」
「了解ー」
旅行のお土産。
私がお願いしたのは、観光先の写真。
特に欲しいものがないのは確かだけど、なんとなく一緒に旅行した気分になれるのではとお願いしたのだ。
なんなら来年、同じルートを辿ろうかなと。
土産に写真を希望されて困惑しているのだろう。
確認の電話だった。
「楽しいですか?」
「楽しいっていうより癒されるかな。普段見る景色と全然違うから新鮮だし。ビルもないからか空が近くて開放感ある。海も綺麗だし、……聞こえる?」
……ザァー。……ザザァー。
耳をすませば遠くから波の音。
「先輩、少し詩的でくさいですよ」
「吟遊詩人になろうかな」
「また適当なことを……。熱中症には気をつけてくださいね」
「ちゃんと水は飲んでるし大丈夫。それより潮風気持ちいいよ」
「いいですね」
「来年は市ノ瀬が行くんだから楽しみにしてなよ」
「はい」
「どうせなら一緒に行きたかったけどな」
「……え?」
先輩も同じことを思っていてくれたのだろうか。
「正直、学校で一番仲いいの市ノ瀬だからな。一緒にいたらもっと楽しそうだなって」
「……そうですか。残念ですね」
「それじゃ自由時間終わるから切るわ」
「はい」
どきっとすることを言わないで欲しい。
脈があるのかと。
両思いなんじゃないかと勘違いして、勝負を急ぎ負けるのだけは勘弁だ。
先輩を好きになって気づいたのは振り回されてばっかりだ。
※
昨日は気にならなかったけど体育館がとても広く見えた。
三年生のいない部活は覇気がなくどこか静か。
二年はいつも通りだけど一年生は圧重がないのか遊び感覚のよう。
実際、部活に身が入らないのも確かだ。
先輩と競っていないとやる気が起きない。
雑にやっているわけではないけど、私の練習にはならなかった。
あと三ヶ月もすぎれば三年生は、夏の大会を最後に部活を引退する。
これが日常になってしまう。
今になって母の言葉を思い出す。
『柊君は来年3年よ。あんまりもう遊ぶ時間はないんじゃない?』
時間は許してくれない。
どう足掻いても先輩は一年早く卒業する。
あの時から母さんは私の気持ちに気付いていたのだ。
実りのない部活が終わり、真っ直ぐ家路を辿る。
平日なので両親はおらず自宅はとても静かだ。
お風呂を沸かす間、部屋のベッドに寝転びながらスマホを取り出して、先輩から届いた写真の一覧を整理しながら眺めていく。
期待していたわけでないけど、彼の映っている写真は一枚もなかった。
『夜、暇だったら電話してもいいですか?』
お風呂が沸いた知らせが聞こえたので、メッセージを送っておく。
あれから距離は近づいたと思う。
一緒にいる時間は増えたし、私が強引に誘っているのもあって家に来る回数も増えた。
前より大きく変わったのは土曜日に部活があれば、先輩が家に泊まることもあった。
これは母さんのアシストによるものだけど。
客間だった和室が完全に先輩の部屋みたいな扱い。
母の応援の形は度肝を抜かれる。
まぁ父さんは苦笑いしていたけど。
お風呂を上がり夕食後も、彼からの返事は来ていない。
まだ寝るには早い時間。
「夏菜、そわそわし過ぎよ」
スマホを眺めながら唸っていると、食後の紅茶を飲んでいる母に話を振られた。
「そんなに顔に出てた?」
「ううん。表情には出てないけど、頻繁にスマホ見すぎ」
「あはは……」
私は苦笑いを浮かべるしかない。
恥ずかしい。
手元の携帯が震えると、ランプが点滅している。
先輩からの着信。
「母さん部屋に戻るね」




