今回の賞品
「罰ゲームですね、先輩」
10対8。
今日は少し危なかった。
大会を終えて、強豪校と戦ったことで先輩の動きが更に良くなっていた。
春休み中も一人であの公園で練習していたのだろう。
それに比べて私は少しサボっていたこともあり、先輩に触れると意識して動きが鈍くなっていた。
だけど負けるわけにいかない。
「はい。なんなりと」
悔しそうに顔を顰めながら座る先輩を一瞥すると、賞品を受取るために告げる。
「先輩の連絡先、教えていただけますか」
「そんなんでいいの?」
私は前もって用意していた言い訳を口にする。
ちょっとしたオマケ付きで。
「真剣勝負するためですから、そんな重いもの掛けたりしませんよ。先輩は勝ったらなにを私にさせるつもりだったんですか?」
「今週の土曜に食べる弁当作ってもらおうかなって」
「……言っていただければ作りますが」
この人は本当に。
もっと欲を出してもいいと思うのだけど。
挑発した私が馬鹿みたいだ。
「先輩って私のことどう思っているんですか?」
つい口に出してしまって後悔。
それに、答え次第ではこの場から逃げ出してしまう。
「生意気で可愛い後輩」
「……生意気ですか」
ほっとするけれど複雑。
いやプラスに捉えよう。
生意気を除けば可愛い後輩。
「卒業までに一回ぐらい勝ちたいもんだ」
「勝てるといいですね」
「そうね……。はいこれ」
先輩がスマホを渡してくる。
QRコードも表示していない真っ暗な画面。
電源キーを押してしまったのかと思ったけれど、単純に起動すらしてないだけだった。
「任せた」
個人情報の塊をそんな気楽に渡してくるのに驚いた。
パスワードも指紋認証もない。
友達からの新着メッセージが届いているのだけど……。
「本当に学生なんですか? 悪い意味で」
「目覚まし時計付きゲーム機だと思ってるから」
ちょっとだけ理解できるのが悔しい。
メインで使ってるのは動画を見ること、その次に目覚まし時計。
新しい料理に挑戦するときにレシピを開いたりと、連絡に使うことのほうが少ないのは私も先輩も一緒のところ。
クラスのグループに入っていたけど発言することはなかった。
「お返しします」
私のアプリに舌を出してヨレヨレのスマイリーのアイコンが登録された。
指でやさしくなぞる。
何のマークだろう?
調べてみると90年代の洋楽に関係するものだった。
先輩にこういう趣味があることを初めて知った。
負けず嫌いで、甘いものとコーヒーが好き。
魚介が苦手で、理由は魚の骨がめんどくさい。
大人っぽいのに無邪気な一面を持つ。
私の知っている彼の情報はこれだけ。
知っていることのほうが少ない。
けれど、それはこれから知っていけばいい。
でも今は優先的に知っておきたい情報が色々ある。
いつ聞くのかはタイミングによる。
「卒業といえば先輩は進学先決めてるんですか?」
「今のところは、梅ヶ丘かなぁ」
「そこバスケ部ないですよね?」
「いやあるけど。弱いからないことにするなよ」
「バスケ部も強い進学校ならあると思うんですが」
先輩ならもっといいところに行ける実力があるのに。
「そういうところ私立だからなぁ」
「すみません」
「いいよ。親父のおかげで不自由はしてないから」
父親と二人。
母親がどうしていなくなったのかは教えられてないけれど、大きく分けて二つ。
言いたくない理由があるとして、知らなくていいと思っている。
そこまで踏み込むには、まだ私には資格がない。
「バスケは続けないんですか? もったいないような気がしますが」
「まぁ僕は負けず嫌いなだけで、バスケに固執してるわけじゃないから」
彼の心境を窺い知れない。
その横顔をみつめてしまう。
夕日に照らされて朱くなった先輩の顔。
何をみているのか、何もみてないのか。
下校を知らせるチャイムの音。
先輩は振り向いて立ち上がり、私に向けて手を差し出す。
「市ノ瀬帰ろっか」
「はい」




