邂逅と初勝負
先輩を認識したのは中学一年の夏休み。
うだるような暑さでバスケ部の練習が午前のみになった日のことだ。
私も練習着から制服に着替え、戸締まりを任されていたので体育館に戻った。
せっかく汗を拭って肌着も変えたのに、また汗が吹き出してきて顔を顰めていると、ボールの鈍い音が体育館内で反響していた。
音のする方へと視線を向けると一人の男子生徒がひたすらにスリーポイントラインでシュートの練習をしていた。時には角度を変えて。
『へぇ……結構綺麗なフォーム』
その時は真面目に練習する男バスの人がいるんだな程度に思っていた。
「今日の練習終わりみたいです。片付けお願いします」
私は名も知れぬ男の子に近づき、落ちたボールを拾いながら声を掛けた。
「あ、ごめん。気づかなかった。すぐ片付けるよ、えーっと」
男子生徒は振り返り、真っ直ぐ私の目を見てくる。
私と目が合っても逸らす男の子が多かった。
だからだろうか、そのまま見つめ返してしまう。
「一年の市ノ瀬です」
「僕は二年の柊」
自己紹介を終えると先輩は辺りを見回す。
「市ノ瀬さんだけ?」
「はい。戸締まりをお願いされていたので、残っているのは私だけですね」
「僕が戸締まりもするから、鍵預かるよ。返すのは奥村先生でいい?」
「では、お願いします」
手間が省けて助かる。
鍵を渡し早々に私は学校をあとにした。
予定が変わってしまったが、早く帰れるのだから自宅で何か作ろうと思いスーパーに寄って帰ることにした。
大した運動もしてないので少し歩きたい気持ちもあったのだと思う。
その帰り道、私のお気に入りの散歩コースでもある公園に差し掛かった時、先程と似たような光景をみてしまう。
「たしか……」
さっき学校で会ったばかりの人。
柊先輩。
体育館での練習でも飽き足らず、公園に常設されたバスケットゴールでも練習をしていた。
私は珍獣を見るような目で、柊先輩を眺めながら公園を通り過ぎた。
翌日。
女バスは紅白戦をすることになり、男バスは観戦のみで各々だらけている様子が見えた。
ランニングでもすればいいのにサボる口実が出来たのを喜んでいる。
私は入ったばかりの一年だけどミニバスからの経験があるため、顧問に命じられてヘルプとして試合に参加させられていた。
試合は完全に私のいるチームが圧勝していた。
当たり前だった。
普通の中学校だ、私と張り合う生徒がいるほうがすごい。
自惚れでもなんでもなくて私はバスケが強い。バスケだけではなくスポーツ全般にも言えるし、学力だって良い方だ。
コツが掴むのが早いのか、大抵のことならなんでも出来る。
その私が小学校からバスケをやっていた。負ける理由がない。
つまらない。
本当にそう思う。
暇つぶしにバスケ部に入ったのはいいけれど、これなら父さんの店で手伝いをしていたほうが有意義。
そして試合にならなくて私は試合から外された。
強制参加だったのにこの仕打なんだと少し不満。
見る必要がないため外に出てきた。
風を浴びながら涼んでいると隣に柊先輩がやってくる。
「なんでしょうか?」
「試合見てたよ」
「そうですか」
「市ノ瀬さん、めっちゃ強いね」
「バスケ歴長いですからね」
「疲れてるところ悪いんだけど1on1お願いしてもいいかな? 休憩後でもいいんだけど」
面倒。
けれど、断れば先輩達の間で悪い噂が流れるかもしれないと。
これでも私は外面はいい。
何をしても注目を浴びるため、ある程度人を演じる必要がある。
昔、素の自分を出していたらいじめに発展した。
「いいですよ。10本先取でいいですか?」
「うん、それでお願い」
「身体冷ますと固くなるんで、このまま行きましょう」
すぐに片を付ければ次は誘ってこないだろう。今まではそうだった。
一般生徒が遊ぶ用の外にあるバスケットゴールで勝負をする。
結果は10対2。
男子が相手でも圧勝。
確かに学園にいる部員の中でも上手いほうだと思う。
けれどそれだけだ。
もう用はないとして私は来た道を戻ろうとするが呼び止められた。
「市ノ瀬さんまた今度勝負してもらってもいい?」
「え?」
「何驚いた顔してんの?」
絶対的な実力差を見せた。
普通なら折れるだろうと。
「いえ、すみません。結構差があったので申し訳ないことをしたかと」
「僕は楽しかったよ。負けたのは悔しいけど」
「そうですか」
「市ノ瀬さんが嫌だっていうなら諦める。でも練習相手になってほしいな、一勝ぐらいしてみたい」
「あ、はい。またそのうち」
また挑戦して来ようとする柊先輩に驚き戸惑いを覚える。
返答に困ったしまったけれど押し切られた形で了承してしまった。
3日の練習後。
「市ノ瀬さん、またいい?」
「1on1ですか?」
「うん」
結果も得点も変わらず。
ただ私は少し驚愕した。
前は真っ直ぐ攻めてきた柊先輩だったけれど、フェイントをいれたり私の行動を予測して動いてきたりしてきた。
結果は同じでも仮定が違った。
動きが良くなっていた。
またその数日後。
ドリブルに緩急がついて一度抜かされた。その隙きに点を一個多く取られる。
柊先輩のドリブルをフェイントも鋭さを増していた。
日が経つにつれて個人技が上がっていっている。
前までは出来ていなかったロールターンも私から見てだけれど完璧と言っていいほど仕上がっていた。
なんだろう、この人。
変な人だと思っていた。
いや、変な人。
認識はしていたけれど、ここで私の中で初めて柊先輩に興味を抱いていた。
なにこの珍獣。
あの公園で一人練習を続けていたのだろうか。
そんな日が続き、ついに10対6という勝負結果になった。
数ヶ月前の柊先輩とはまったく違った人間にすら見える。
これが先輩との邂逅。