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暫くして、連れていかれたのは村の集会所のような場所だった。
「何も覚えていないのかい」
村の長老だろうか。しゃれこうべを首に2つぶら下げた怪しげな老婆が尋ねてきた。
「そのようです。声も出ないので意思の疎通が難しい状況です。」
「困ったのう。うちに帰してやりたいものじゃが家も分からないとは。」
「元居た場所に帰すのが良いだろう。こいつは人間だ。」
周囲の者たちがどんどんと会話に参加してくる。
自分が歓迎されていないのは明らかだった。
「その通りだ。人間の捨て子など我々が関与する義理はない。」
「そうだ、捨てるのだ」
「黙れ。貴様らの意見など聞いていない。」
先ほどの女性が食って掛かる。
「いや、こうしよう。シス、お主がこやつの回復まで面倒を見るのじゃ。回復するか、記憶が戻り次第こやつは追い出せばよい。」
長老の発言にまたガヤガヤと周囲が騒がしくなる。
「・・・わかりました。」
シスというのか。面倒を見てくれた彼女がゆっくりと頷いた。
周りの者たちは騒がしくなったものの結局は何も反対することなくこの場を後にした。
「すまんが、そういうことじゃ。長くは置いてはおけぬ。まずはゆっくり体を癒すがよい。」
老婆に促され、こちらもとりあえず頷いた。
自分のことを思い出せる機会ならありがたくいさせてもらおう。
「まずは自分で飯を食えるようになれ。話はそれからだ」
次の日から懸命に体を動かす練習が始まった。
「ゥウ、うゥウ!」
手も足も無理に動かすと涙がでるほどつらかった。
だが少しずつ動いていくのが自分でもわかった。
「動くのをやめて餓死しても構わんぞ。自分の生き方は自分で決めろ」
シスはかなり厳しかったが彼女なりのやさしさだったのだろう。
自分が甘えてしまわぬよう檄を飛ばしてくれた。
あれからまた数日が経ち、自分で歩けるようにまでなった。
「私は家を空けるが勝手な行動はとるなよ。死にたくなければな」
シスは自分の回復具合に応じて家を空ける回数が増えていた。きっと回復するまで付き合ってくれているのだろう。本当に優しい女性だ。
ちょっとずつこの村や生活が分かるようになってきた。
この村はボス大森林という森の中にあるエルフの村落だ。
エルフは女性しかおらず、男の侵入を禁じている。
度々村を出ては人間が襲ってこないか見張りをし、近場のモンスターを倒して生活の糧としているのだ。
シスはその中でも戦闘型のエルフらしく、村においてかなりの発言権を有しているそうだ。人間とは相いれない様子だが、シスの所有物だということで他のエルフから何か迫害を受けるといったこともなく、本当に温かい生活を送らせてもらっていた。
「もうそんなに動けるようになってきたのかい。」
「ァい!」
長老のセボスが話しかけてくる。
いつも気遣ってもらえて、この前は村の昔話も聞かせてくれた。
村の情報はシスとセボスの2人が基本教えてくれ、あとは自分で本を読んで覚えた。
シスの書斎から勝手になので怒られそうだが。
「お主もあと2ヶ月もあれば話せるようにはなるじゃろう。もう少しの辛抱じゃな。辛いかもしれぬがゆっくり治していけばよい。」
ぶんぶんと大きく頭を振る。
そんな簡単に治ってしまってはすぐに村を追い出されるような気がしたのだ。
「いまはそう思うかもしれぬ。だが記憶が戻った時、お主には帰る家があるときっと思うはずじゃ。まずは治すことだけに専念せえ。」
セボスはこちらの気持ちを読んで温かく返答する。
記憶か・・・。
別に、戻ってこなくてもいい。
ここでシスやセボスと暮らしていけるだけで十分だとしか思えなかった。
それくらいここでの療養生活は満ち足りていたのだった。
その夜だった。
シスや戦闘型のエルフがいないこの時に、
大量の人間が村を襲ってきた。




