アンガービット2
森の奥地。
鬱蒼と生える木々は太陽の光さえ遮り、周囲は曇天のような薄暗さに包まれていた。
しかし、その暗がりの奥から、赤く光る二つの[目]。
それは、ひと息に小さな命へと距離を詰めてきた。
「シッ!」
しかし、その命はただ無抵抗にやられるだけの存在ではなかった。
両手に似通った意匠の片手剣を握るハンター、名をヨナギ。ギルドから派遣されたハンターである。
距離を詰めてくる巨体を前に一切怯まず、とびかかってくるその瞬間。狙いすましたかのように地面と巨体の間のわずかな隙間に体を滑り込ませ、両の剣を無防備な腹へと叩き込む。
__!!!
声ならぬ悲鳴。苦痛を隠そうともせずその巨体は体をよじる。
短い手足。黒い体毛。長い耳。赤く光る双眼。暗がりから飛び出したその巨体の形を端的に説明するのであれば、それは[巨大なうさぎ]である。
モンスターの名を[アンガービット]。別名、[怒りうさぎ]。今回の討伐対象である。
アンガービットは自らに苦痛を与えた相手、ヨナギを視界に納めると、その怒りのほどを示すかのように目の輝きが増す。怒りや興奮で赤くなった目を「目が血走る」などと言うが、アンガービットは怒りによって、目が光るモンスターであった。
ただでさえ人の体躯を優に超える巨体。極度の興奮状態。完全なバーサクモードへと入ったモンスターの一撃をまともに食らえば掠るだけでも大けがは確定。まさにヨナギは今、死の瀬戸際に立っていると言っても過言ではない。
もちろん、攻撃を食らえば、の話である。
ヒュン
風切り音。
森の中で[ナニカ]が飛ぶ。
細く、速い。それは吸い込まれるようにアンガービットの片目へと近づき、射貫く。
__!?
またも激痛。しかも今度は、同時に視界を失うおまけ付き。アンガービットは激しく動揺する。
ゆえに気付かない。ヨナギがすでに、自らの懐に入りこでいることに。
「首、もらいます!」
装備の力をフルに引き出し、人間の限界を大きく超えた二振り。左右からハサミのように交差する双剣がアンガービットの首を切り落とした。
残心。少しの間、緊張した空気が満ち、抜ける。
「ふぅ。これで3体目ですね。回収屋がくるのはいつでしたっけね」
「お疲れ様ですヨナギさん! 水です!」
「ありがとうございます。アイさんもお疲れ様です。それで」
「立ち回りもう少し考えろよ! 俺の射線に入らないでくれるかな! 間違って当たっても知らないよ!」
「うっせえ! こっちは素人だぞ! そっちがもっと気を付けろ!」
「十分に気を付けてるから君は未だに無事なんだけどね! どれだけフォローに回ってると思ってるんだよ!」
「はぁ!? 俺がお荷物だって言いてえのか!」
「そう言ってるんだよ!」
「喧嘩なら買うぞオラァ!」
「あっちは相変わらずですねえ」
「あはは......モンスター寄ってくるんでやめてほしいんですけど」
「ですね。ラクさん、バイトさん。そのくらいで」
「「......チッ!」」
今回の依頼、{アンガービット5体討伐}は、森の奥地に生息しているアンガービットが最近になってエストフォレスト表層部分に多く出現し始めた事からギルド側で発注した依頼だ。ついでに、アンガービットが奥地から表に出てきた理由もわかれば追加報酬がある、と言うものである。
アンガービット事態は熟練のハンターであればそう手こずる相手ではなく、アイの装備の作成に必要な素材でもあったので、弓使い育成マニュアルの作成の件も含めて一気にこなしてしまおう、という目的の元受けた依頼である。しかし、一つ誤算があったといえば、ラクともう一人の敵意むき出しのハンター[バイト]、二人の相性が最悪に近い事だった。一体目から二人の間では喧嘩が続き、二体目、そして今の三体目でも、飽きることなく口喧嘩を続けていた。
ここまでくると、一周回って仲がいいのではないかと疑うほどである。
「さーさー。師匠もバイトさんも。後二体ですよー。ちゃっちゃと終わらせましょうねー」
(この娘も慣れてるなぁ。付き合いは短いって聞いてるけど)
そう言って顔を見合わせ威嚇しあう二人に間に入るアイを見送る。いや、考えるべきはそこだけではない。
ヨナギの仕事には弓使いの立ち回りを見る事も含まれているのだから。
(バイトさんの立ち回りは、まあ、そもそも元が近距離武器の使い手だしなぁ。ポジション的には本来私と被るはず。けれど、射線に入るってことはラクさんと同じ場所に陣取ってる? 考えてやってるならむしろセンスはかなりある方かも。アイさんはまだまだこれからって感じかな。そもそもラクさんが周囲の警戒をするようにって言いつけてるから弓の腕前の方はわからないけど。そして問題の、ラクさん)
向こうで未だに低レベルな喧嘩を繰り広げているラク。立ち回りは元々連携の話し合いの時にしていた通の事をしてもらっている。が、ヨナギの頭に焼き付いているのは弓の腕だ。
(あの距離で、アンガービットの目を狙い撃った......できるのそんなこと。けど実際に[三度も]同じことをしている。アンガービットが怒り状態に入り視野が狭くなったその瞬間を狙ってそのすべてを寸分たがわず片目を射抜いている。彼はそれを誇る事もしない。自然体......いったいどんな腕前をしているんだろう)
ヨナギがピンチに入れば間に入って気を引き、妨害用のアイテムを使ってほしいタイミングで使い、相手の不意を突く一撃でこちらの渾身の一撃をサポートする。はっきり言って、かなりやりやすいと感じていた。
しかし、弓の腕だけが参考にならない。どんな教育をすればピンポイントで目を射抜く弓使いが生まれるのか。情報通りの装備なら、その命中率は装備の力でなく完全に実力そのものである。そんなのありか。
「どうやって報告書に書きましょうか......」
ヨナギは最後に残っている仕事を思い、三人のいる場所へと歩き始めた。
依頼は折り返し。もうひと踏ん張りである。
◆
目を覚ます。
[ソレ]が最初に思ったのは、腹が減った、ということだ。
最近、よく食べていたウサギをここらで見なくなり、どの生き物も自分を避けていく。
おかげで最近はろくに腹も満たせない。
[ソレ]は体を起こす。それだけで、周囲はざわめき、大地はわずかに揺れ、[ソレ]の目覚めを悟った生き物たちは我先にと逃げ出した。
どこで生まれ、どこから流れ着いたのか。分かるのは[ソレ]はたまたまエストフォレストにたどり着き、その奥地を今の寝床として活用しているというだけだった。
その巨躯を動かし、森を悠然と歩く。恐れるものなど何もない。なぜなら、ただの事実として[ソレ]が一番強いからだ。
だからこそ、警戒などない。その先にいる小さな生命になど、気にも留めず、そして__
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