アンガービット1
クエスト開始と言いながら道中の話。
時は朝方。
場所は平原。
移動は馬車。
そして、中はこれ以上ないくらい険悪なムードに包まれていた。
「「「「..................」」」」
無言。圧倒的無言。
この四名、まともに自己紹介さえ済ませていない。そんな四人が一緒の馬車にっているのは他でもないミツキが強引に押し込んだからである。
仕事は仕事。時間が決まっている以上関係ない業者を待たせるわけにはいかなかった。この場合は御者である。
「あの、自己紹介しませんか? わたし、師匠以外とは初対面ですしー」
口火を切ったのはアイであった。とにかくこの時間をどうにかしたい。どうにかしなければならない。もはや義務感のように心を無にして会話に臨む。
「あ、そうですね。私もハンター名簿でしか皆さんのこと知らないので。今回限りかもしれませんが、皆さんの事は知っておきたいです」
仕事もありますしね、とアイに乗っかったのは双剣を腰に据えたギルド職員。戦闘用なのか、ギルドの制服のイメージを残した意匠の装備を身につけていた。ギルドの調査部門に所属してる女性ハンターである。
「そうだね。お互いの連携とか今回のクエストの話も「てめえは黙ってろよ」」
そしてできるだけ穏やかにこの場を収めようとするラクになぜか突っかかってくる男性ハンター。
流石のラクも、黙っていられなかった。
「あのさ、さっきからなんなんだよ。そこまで突っかかられる謂れは無いんだけど」
「はぁ? なに弓使いが口答えしてんだよ。パーティを円滑に回すのが弓使いのあり方なんだろ? だったら俺のサンドバックになってろよ」
この空気ではもうまともに会話できない。
女性陣二人がもう諦めムードでいると、パキン、と何かが割れる音がした。
何事かと音の発生源を見ると、なぜか先ほどまで怒り狂っていた男性ハンターが爆睡していた。
足元には、なぜか割れた瓶。
「さ、建設的な話をしようか。邪魔ものがいないうちにね」
そして、先ほどまでと違いとてもさわやかな笑みを浮かべたラク。
二人は察した。
恐らく、対モンスター用に用意していた睡眠薬をこいつ使いやがった、と。
この出来事で一番不幸なのは、恐らくこんな険悪なパーティを運ぶ事になった御者さんである。
「あー、えーっと、こほん。私、アイって言います。武器は弓で師匠の弟子です「自称な」で・し! です」
「あはは。もう認めた方がいいんじゃないですかね。私は今回のクエストでギルド側から派遣されました。[ヨナギ]と言います。武器は双剣。防具は見ての通りと言いますか、ギルド指定のモノをつかっています。今回は、討伐クエストも含まれているのでよろしくお願いします。これでも腕は調査部門の中では強いほうなんですよ」
「ヨナギさん。よろしくお願いします。知ってるとは思いますがラクです。弓使いで、装備はラピード一式。一応、採集や索敵、潜伏から囮まで、討伐以外ならそれなりにこなせます。下級クエストなら、ですけど」
「聞いてはいましたが、結構手広いんですね」
「傭兵業の真似っ子みたいなことしてますから。呼ばれるパーティによって求められる役割も違いますし、まあそれなりにやれないとです」
「なるほどー。......それで、えーこちらは」
「あ、そのことなんですけど」
ラクは申し訳なさそうに口を開く。
「俺、こいつ多分知ってます」
「そうなんですか? 師匠に一方的に突っかかってたわけではない、なにかしらの因縁があると?」
「いやまあ、直接の面識は無いはずだけど。ヨナギさん、こいつってもしかして別のパーティ......__ってとこに所属してません?」
「え? あーたしか名簿にはそのように。なぜ?」
「前受けたクエスト、そこのパーティに臨時に参加してたんですよ」
それは、なし崩し的にアイとパーティを組む直前に受けていたクエスト。{草食獣の肉の納品}というクエストで参加していたパーティのことだった。全員が前衛の重量級の武器の使い手であり、それでいて全員が前のめりな戦法しか知らないというバランスが悪いパーティ、というのがラクの率直な意見であったが、同時にパーティの雰囲気自体は決して悪くはない、むしろ良好な物であった。
クエスト開始前の自己紹介で、そういえばリーダーが事情があって欠員だと話していたような。そのとき聞いた特徴が、目の前の男と合致していてたが、まさか当人がここまで激しい人物とは思わなんだ。
「もしかしたら、クエストがうまくいったことが気に食わなかったかもですねえ」
「過去にも同じことが?」
「いやまあ、数えれる程度に」
別に弓使いだから、とかは関係ないだろう。しかし、自尊心とかそういうのが強い人間と言うのはいるし、自分がいないにも関わらず、よそ者をいれて普通に成功するどころか、「普段の狩より断然楽だった」などと言われれば、「うちにも固定で弓使いを誰か雇えないものか」などと弓使いの良さをあれこれ説明されれば、極わずかではあるが、面白く思わない者もいる。というか、過去にいたのだ。
そして、そういう手合いは関わらないに尽きる、というのがラクの心情ではあったのだが。
「ちなみに、こいつはどういう理由で乗り込んできたので?」
「あー、弓使いと言うものに興味があると。まさか、弓使いと言うよりラクさん相手にここまで苛烈な感情を持っているとは思いませんでした。こちらの落ち度です。申し訳ありません」
「いや、まあ大丈夫ですよ。それに、
こういう奴ら相手でも普段通りの仕事できなきゃ、傭兵なんて言う看板は背負えませんし」
普段は自信がなさそうだったり、人との付き合いを避けたり、苦手な相手は雑に扱ったり、人との距離の取り方がへたくそだったりと、褒めれるところはあまりないと言えるらくではあったが、なぜだろうか。
弓使いを自称するその時だけは、どこか、自信に満ち溢れた表情をするのは。
「師匠.....」
「ん? なんだよ」
「やっぱり、師匠を選んで良かったです」
「そういうの、恥ずかしいからやめて」
顔を赤らめそっぽを向くラクと、それを見つめるアイ。
「なんか、一周回って同情してきましたね」
そして。
他でもない、今の会話をいい話風にまとめたラクが眠らしたハンターと、隣に座るヨナギ。
うん、言ってることは素晴らしいのだろう。だが、ラクの言う普段通りが「邪魔者は眠らせて黙らせる」ということなのであれば、
「悪いのは完全この人なんだろうけど、この私くらい味方になってあげなきゃかわいそうですよね」
全ては円滑なハンター業のために。
ラクの言う普段通りの仕事と言うのがどういうものか。そして、再び目を覚ましたこのハンターがどれだけ荒れるか。
今から不安が山積みなヨナギなのであった。




