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コミュ障ソロハンター生活  作者: ネームレス
開拓都市ヴェルト
3/7

3

 ビュン、と風邪を切り裂く音が通り過ぎ、一泊遅れてトン、という的を射抜く音が鳴る。


「師匠。ちゃんと見てくれてますー?」

「一回ごとに話してないでちゃんとやってよ・・・。後師匠じゃない」

「はーい師匠」


 何もわかってない。そう思いながらラクは壁に寄りかかりながらアイの練習を眺めていた。

 場所は訓練場。結局アイから逃れる事ができなかったラクが折れる形で付き合う形となった。


「お。やっとるな」

「先生。いらしたんですか」

「先生はやめないか。私はたいして君にモノを教えてはいない」


 ラクの側にやってきたのはこの訓練場の責任者であり、元ハンター、ヒツキと言う人物である。引退後から現在に至るまでの数十年、多くのハンターに基礎を教え、一通りの武器を扱う事もできるため多くのハンターがヒツキを手本としたことから、いつしか先生と呼ばれるようになった人物である。

 そして、ラクの保護者でもあった。


「先生は先生ですから」

「・・・まあ、いいだろう」


 あきらめたようにヒツキは息を吐く。

 視線はアイを向いていた。


「彼女が噂の弟子か」

「違います」


 即答であった。普段、あんまり自己主張しないはずなのに強い意志をヒツキは感じ取る。


「いいではないか。師匠でなくとも、技術とは誰かに伝え、繋ぐもの。ラクの技はお前の代で終わらせるには惜しいと前々から思っていた」

「そんなこと言われても」

「お前が人付き合いが苦手なのは知っている。だが、必要な事だ」


 言わなくてもわかっているだろうが、とヒツキは続けた。


「・・・」

「無理にとは言わん。だが、弟子云々は無くともまたお前に固定のパーティを組んでほしいとは思っている。ハンターと言う職は、常に死と向き合う事になる。少しでも生の側に立つためには誰かの力を頼るのが一番だ」

「そりゃ、昔は固定パーティ組んでましたけど」


 今朝見た夢が頭よぎる。否、あれは記憶だ。実際に体験した出来事。その事実が、ラクの心を縛り付ける。


「今でも、充分にやって行けてますから」

「そうか・・・。それはさておき、お前に用事がある」

「用事ですか?」

「俺ではなくミツキのやつだがな」

「ミツ姉が?」


 ミツキという人物はギルドの職員である。そして、ヒツキの妹でもあり、それはラクにとってはもう一人の保護者ともいえる人物だ。


「ああ。後で顔を出してやるといい」

「了解です。その前にあいつ、何とかしないとなー」

「一緒に連れていけばいいだろう」

「いやいやいや」

「ミツキが一緒に来いと言っていたが」

「いやいやい・・・や?」


 ビュン、と矢が風を切り、的の中央を貫いた。

 無邪気に喜ぶ声が訓練場に響き渡る。


 ◆


「・・・」

「いやー、私も一緒に呼ばれるなんてどんな用事なんでしょうかね」

「・・・」

「それにしても師匠のお姉さんですか。これは失礼のないように気を付けないとですね」

「・・・」

「そうなるとなにか菓子折りでも持ってきた方が良かったですかね? でもあちらも仕事で呼んでるわけですからそこまで気を使う必要はないですかね」

「アイ」

「はい」

「うるさい」


 延々と話し続けるアイへと向かい、ラクは短く注意する。

 後ろも見ず、スタスタとギルド内の通路を進んでいくラク。そのため後ろでぷるぷると震えているアイの様子に気付かなかった。


「もー! なんなんですかその態度! 普段はともかく、今回はお姉さんじきじきなんですよね!? 私悪くないじゃないですか! 少しくらい気を使ってもいいんじゃないですかー!」

「じゃあもうどっかいけよ」

「いーやーでーすー!」

「ああもう・・・」


 めんどくさい。

 ラクは全ての思考を放棄してそう思った。

 アイを頭の片隅からも放り投げ、さっさと用事を済ませようと先へと進む。そこで、通路の前方から見覚えのある人影が見えた。


「あ、みつね__」


 ガツン。

 頭に響く鈍い音。そこでラクの記憶が途切れる。


 暗闇の思考の中、少しずつ意識が浮上していく感覚。すぐそばから聞こえる聞き覚えのある人の声が聞こえてきた。


「もうほんと。この子ったら昔から人見知りしてねー。これでも昔よりはマシなのよ。苦手って分かってるから意識して人付き合いを頑張ってるんだから」

「えー! 私全然優しくされた覚えないんですけど! 初めてあった時からもう関わるのも嫌! って感じで」

「女性経験がないのよこの子。アイちゃんみたいにかわいい子にはついついそっけなくなっちゃうのよ」

「ミツキさんに言われると嫌味ですよー。すっごい美人! 受付嬢だったら絶対長蛇の列でしたよ」

「ありがとう。でも自信ないわー。こんな傷だらけの女、誰が褒めるのかしら」

「もしミツキさんのことをバカにする奴いたらただの節穴ですよ! 師匠は褒めたりしないいですか?」

「昔、会話の特訓って称して人のいいところを褒めるようにって言ったら私の事きれいだーって。ふふ、今でも嬉しくなっちゃうわ。そのあと顔を真っ赤にして逃げるまでがワンセット。」

「むぅ、師匠が私に迫られても動じないのはミツキさんで耐性ができてるからだったか。でも、なおさら自信持ちましょうよ! ミツキさんはすっごく綺麗ですよ」

「あらあら。こんな子に近くにいてもらえるなんて、ラクも隅に置けないわね。さーて、ラク。そろそろ起きたでしょう。体を起こしなさい」


 最後、先ほどまでの朗らかな空気が消し飛び、ラクを突き刺すような声音が部屋に響く。ラクは諦めて体を起こした。


「・・・いきなり殴る事なくない?」

「自分にとって他人と思った相手に対して、不快にさせるような態度を取るのは昔からの悪い癖よ。めんどくさいと思えばこそ、円滑なコミュニケーションを心がけなさいって言ったでしょう」

「仕事相手には丁寧に話すように心がけてるし」

「らーくー?」

「ハイすいません」


 ラクは即座に負けを認めた。

 昔からの上下関係は今なお逆転する様子は見れない。元より、ヒツキは言葉で諭し、ミツキは拳で黙らせる対応の説教スタイルだ。昔から刷り込まれた関係性も相まって、勝てるわけがなかった。


「全く。ごめんねアイちゃん。こんな子なの。許してあげて」

「あ、いえ全然。お構いなく」


 アイは一瞬で逆らってはいけない事を悟った。ラクを拳一発で気絶させた時点で、うすうすやべえ奴だとは思っていたが、疑念が確信へと変わった。


「さて、まあプライベートな話はここまでにしましょう」

「はい」

「え、あ、はい!」


 またも空気が変わる。ミツキは先ほどまでの[お姉さん]といった暖かな雰囲気が消え、どこか冷たさすら覚える雰囲気へと。ラクもまた、恨みがましい視線を無くし話を聞く体制へと意識を切り替える。突然の変化に慌ててアイも返事をした。


「まず、兄さんからはどれくらい聞いてますか?」

「俺とアイが呼ばれてるとしか」

「相変わらず、細かいとこは説明しないわね兄さん・・・。まあいいでしょう」


 ミツキは手元に用意していた資料を出す。


「今回、ラクに依頼したいのは、{弓使い育成マニュアル作成の手伝い}です」

「お断りします」


 ガツン。


「今回、ラクに依頼したいのは{弓使い育成マニュアル作成の手伝い}です」

「はい」

(何事もなかったかのように進めた・・・)


 ミツキは一つの資料をラクたちへと示す。


「現在、ハンターたちの間では、徐々にですが弓使いが減少しつつあります。理由はわかりますか?」

「・・・まあ、普通に考えれば弓じゃ決定打に欠けますからね」

「その通りです。昔と比べ鍛冶技術も上がった事で、装備の質も向上。わざわざ装備の力を乗せにくい弓矢を武器として扱うデメリットがなくなりつつあるのです」

「あのぉ」

「なんですかアイちゃん」


 淡々と流れていく会話にアイが割り込む。アイは自分の体験した事を思い出していた。


「モンスターに近づくのが怖いってハンターはいないんですか? 私、初めてモンスターと対面した時、小型でしたけどすごく怖かったんです。その時指導してくれたのが師匠なんですけど、・・・正直、近づくのは怖いです。そういうハンターは弓使いにはならないんですか?」

「簡単な話です。モンスターが怖いならそもそもハンターにはなりません」

「えっ」


 目から鱗、といった様子でアイは驚く。しかし、ある意味当然の話だ。

 別に、ハンターにならなくても仕事はあるのだ。


「なので、ハンターになるのは戦う事に迷いがない人だけです。当然、そういう人たちは先ほども上げた理由から弓矢をメインとして選ぶ事がほぼありません。しかし、私たちギルド側としては、あまりよくない傾向だと捉えています」

「なぜ?」

「需要の減少は技術の失伝につながるからです」


 ミツキはまた別の資料を示した。


「こちらは近年の武器屋が取り扱う武器種の新規の注文受けた数です。近接武器、其れも重量級のものですね。おそらく今の流行りってやつなんでしょうけど、こちらは増加傾向にあります。他の武器は現状維持といった形。目に見えて減っているのは弓矢だけです」

「うわ、こんなに減ってるんですね。私たちってもしかしなくてもレア?」

「ヴェルトの外では?」

「むしろ、ヴェルトくらいでしか弓使いはいません。村付きのハンターは多くがソロ、多くても、3、4人です。交代など考えても単独で大型を倒す事の出来ない弓矢は外では使えません」

「なるほどねー」

「そんなわけで、弓矢は制作を依頼されることが年々減っているのです。それだけではありません。弓使いが減るということは、技術。ノウハウもまた失われる可能性があるという事です。一度失われたらさら取り戻すのは容易な事ではありません。なので、ここらで弓使いを増やしたいというのがギルド側の考えです」

「でも、無理に増やす必要はあるの? 需要が減っているのは、別に悪い事ばっかじゃないでしょ。必要ない物にリソース割くぐらいなら無くすのも手だと思うけどね。俺はこのまま弓使うけど」


 時代の移り変わり、弓使いがいなくても問題ないならその流れを無理にせき止める必要はないだろう。ラクはそう考えていた。


「ところがそうでもないのです」

「どういうこと?」

「弓使いがパーティに所属しているパーティと、そうでないパーティのクエストの成功率や、パーティの連携や動きについてを調査した資料です。全員が近接武器だと、やはり前のめりな戦術になりやすいそうです。それに、遠距離攻撃手段を持つモンスター相手への損害も、やや多く感じます。対して、弓使いがいる場合、弓使いが周囲の警戒や不意打ちへの対処、遠距離攻撃をしてくるモンスターへの牽制をしてくれるなどで、近距離一色のパーティよりも一つのクエストで出す損害が少ない事が分かりました。つまり、弓使いの需要自体は充分にある。ならなぜ数が減っているのか」

「・・・性格的な問題か」

「あー。聞いてると弓ってサポート的な立ち位置ですもんね。最初から弓使おうと思ってハンターになる人は確かに少ないかも?」

「弓使いのハンターに聞き取り調査しても、みなさん元々は近距離武器を扱ってたみたいです。そこからパーティでの連携を考えての転向というのが主なようです」


 ようやく前置きが終わる。


「さて、ここでようやく最初の話に戻ります。ラク」

「はい」

「ギルド側としては弓使いを増やしたい。そのために一番手っ取り早いのは駆け出しハンターに弓使いのメリットや立ち回りをベテランハンターから教えてもらう事だと考えています。他の弓使いは大体固定パーティを組んでいて、時間を作るのも難しいといった現状で、一人。臨時で他パーティに入り、弓使いとしてクエスト達成をサポートしているハンターであるあなたが、今回のクエストで最適だと判断しました。引き受けてくれませんか?」

「・・・」


 ラクは躊躇う。主に、隣からすっごく期待した視線を送るアイのせいで。


「仮に受けるとして、具体的な内容は決まってますか?」

「そうですね。とりあえず、アイちゃんとは正式にパーティになってほしいです」

「やりましょう師匠」

「ちょっと静かにして。それは強制?」

「依頼を受ける場合は」

「受けたくねえ・・・」

「師匠!?」


 思わずと言った形で心の声が漏れる。アイもアイで、さすがにショックを受けた様子で驚く。

 二人の様子を見て何を思ったのか、ミツキは少しだけ微笑む。


「安心してアイちゃん。この子ってとっても素直なのよ?」

「逆に傷つきます! それって私の事がめっちゃ嫌ってことじゃないですか!」

「それは否定できないけど」

「否定してください!」

「でも、受けないとは言ってないでしょう?」

「え? ・・・あ」


 見透かしたようなミツキの発言にラクは顔をしかめる。


「・・・やりますけど。きちんと他の条件も提示してください」

「・・・し、ししょ~う!」

「うわ、くっ、くっつくな!」

「他には後、強制ではないけどギルド側で指定したハンターとパーティを組んでほしいってところね。ラク。受けてくれてありがとう」

「別に・・・」

「ふふ、昔からそういうところは変わってないわね」

「うっさい」

「話は以上だけど、他に聞きたいことはある?」

「今のところは」

「わかったわ。それじゃ、そろそろ失礼するわね。今日はありがとう。あと、たまにはうちにも顔出しなさいよ」

「はいはい・・・」


 そういってミツキは退出した。残されたのはラクとアイの二人のみ。

 疲れ切った表情でラクはため息を出す。その横で、アイはニコニコと笑っていた。


「師匠!」

「師匠言うな。なんだよ」


「私、頑張りますね!」



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