5大界代表者会議
プロローグ
石を蹴飛ばした。
ただそれだけだった。
それだけですむはずだった。
どうして俺がこんなところにいるんだろうか…
第1章 神とは何か
石を蹴飛ばしたとき、俺は無性にむしゃくしゃしていた。
彼女が、別れを振ってきたからだった。
俺が蹴ったのは、地べたにある単なる石だった。
それですめばよかったのに…
俺が蹴った石は、見事な放物線を描き、誰かの頭に当たった。
「…おい」
その人は、ものすごい怖い声を出し、俺をにらんだ。
「この石を俺に蹴飛ばしたのはお前か」
さっき蹴った石をつまみ上げ、俺に投げ飛ばした。
ほほをかすり、石はどこまでも飛んでいった。
「は…はい!そうです。申し訳ございませんでした!」
俺は、土下座をして謝った。
しかし、彼は続けた。
「…お前、ちょっと来い」
そういって、俺の髪の毛をつかみ、どこかへ連れて行った。
そこは、真っ暗な洞窟だった。
「ど、どこに、連れて行くんですか?」
俺は、がちがち震える歯で答えた。
「神々の集会だよ。天使、神、悪魔、堕天使、人間の5大界の代表者が集まり会議だ。今回、その特別会合が開かれる。お前は、そこのゲストとして俺が迎えよう」
「えええー!」
俺は、声を張り上げて叫んだ。
「神々の集会って、そんなのあるわけないじゃないですか」
その人は、こう答えた。
「本当にそう思うか?」
彼は、突然俺を一つの部屋に放り込み、さらに彼自身も入ってきた。
上半身裸になると、その肌から出ている何かを、俺は見た。
「それは、何なんですか」
俺は、彼の背中から生えている真っ白い羽を見た。
「これは、神にのみ与えられた特別な羽だ。名を神羽と言う」
彼は、その羽を堂々と見せた。
何も惜しげもなく。
ただ、俺に見せた。
「お前も、俺の従者としての地位を与える。そのためには、これがいる」
そういって、神は俺に一冊の本を与えた。
「これは何ですか?」
俺は、指で表皮をなぞった。
「36の悪霊や善霊を封じた本だ。実際は72人分を与えるところだが、お前にそれを与えるのは、あまりにも不平等だ。今、この世界には、お前以外は俺しかいない。それと、会議の許可がないとその本は使えないから、基本的には…」
神は手を左右に振って本を消した。
「こうやっておこう。必要なときだけ、本当に必要なときだけ会議の承認後に開けるようにしておいておく」
「天使や悪魔たちは?」
神は出て行こうとしていたのを止め、ため息をついてこういった。
「彼らは、別の世界の住人だ。天使は天界、悪魔は悪界、人間は人界、神は神界、堕天使は堕天界と言ったように、それぞれすむ世界が変わる。それぞれの境界線を決めるための会議が、5大界代表者会議だ。それぞれの世界を代表する人たちが、この共通界にあつまり、各界の境界線を決定する。さらに、歴史をそこで決定する」
俺は、言っている意味が分からなかった。
「どういうことですか。歴史を決定すると言うのは」
神は、再びため息をついて説明した。
「お前が住んでいる世界の歴史は、だいたい46億年前から始まったと言われている。その歴史を始めるためにこの会議を招聘したのが、最初だ。それ以後、数百年に一回の割合で、開催されることが決まっている」
「ちょっとまってください。じゃあ、俺はそんな高確率で運がなかったって言うことですか?」
「…そういうことだな」
神は一言だけ言った。
そして、そのままどこかへ去った。
俺は、一人で部屋の中に取り残された。
第2章 悪魔とは何か
俺は、ひとり、部屋の中に取り残されている間に考えていた。
「神とは…悪魔とは…天使とは…結局考えるだけ無駄か…」
そこで、声が聞こえてきたことに、俺は心底驚いた。
「そうでもないよ」
女性の声だった。
暗がりから現れたのは、手枷をはめられ、首輪をつけられた女性だった。
「神とは天使をすべる者。天使とは悪魔と対になる者。堕天使はもともとが神か天使か悪魔だった者。悪魔とはすべてを惑わす者。人間とはそれ以外の者」
「君は誰だい」
「別に、誰でもないわ。名前は取られた。今はここにいる看守みたいなものよ」
彼女はそういった。
「どれだけここにいるんだ」
「あなたみたいな人たちを大勢見てきた。人じゃなかったときもあったけど、総じて人間と呼ばれてるわね」
彼女はちょっと考えてから言った。
「じゃあ、数百万年以上って言うことか…」
彼女は笑っていった。
「単位を一つ間違っているわ。数百億年よ」
それほどの獄につながれているのは、どのような罪を背負っているのだろうか。
幼児体型の彼女からは推定も出来ないような、罪と認められたのだろう。
「私はね、もうそろそろ罪がとかれるんだ。そしたら、再び犯さないと言う誓約書を書かされて、世界に解き放たれる」
彼女は恍惚な表情で言った。
「それよりも、どんな罪を背負ってるんだ」
彼女は、表情を元に戻し言った。
「…原罪って言えば、なんとなく分かる?」
「アダムとイブが、知恵の実を食べたって言うことだろ」
彼女は首を振った。
「そういわれているけど、実際は神の言葉をきかなかったって言うこと。私の血筋は、キリストまでつながっている。私の血潮が途切れたことはないわ。でも、原罪と言うのは、神が神自身に与えた罰なの」
俺は言っている内容が分からなかった。
「どういうことだよ。神と言えば、俺の場合は八百万の神々だけどさ。ユダヤ教やキリスト教の神様と言えば、ヤハウェになるのかな?」
「そう、その人自身は、もともと自らの分身たる存在を作ろうとした。でも、出来たのはアダムとイブだった。彼はとりあえずそれで満足していた。知恵の実を食べるまではね…」
俺は言った。
「聖書とかでは、悪魔の存在たる蛇が、アダムとイブをそそのかし、知恵の実を食べさせるようにさせたんだろ?」
「聖書の話をそのまま信じるとしたらね。あなたたちは、神が一人じゃなくて、とてつもなく大勢いるから、そのうちの一人がヤハウェだと思えばいい。でも、他の人たちは、ヤハウェのみが神と信じている。なのに、他に神々がいたらどう思う」
彼女は俺に聞いた。
俺はすぐに答えが出た。
「…1神教ではなくなるのか。だから、他の神を認めようとしない」
「そういうこと。だからこそ、神が一人か複数か。それで大論争」
彼女はそういった。
鎖でつながれている気配はなく、こちらに来て俺の横で座っていた。
「そのすべてを含めた上での神だろ?神が最初に光あれって言ったから、この世界が出来たんだろ。だったら、神は神でしかないじゃないか」
俺はそういった。
彼女は答えた。
「ヤハウェは、抽象的な存在。実際は、複数いる神々をまとめた存在だと思ったら、一番理解しやすいの。神は同じ神を作ることが出来るのか。天使は針の上で踊れるのか。神によって作られた人間は神だったのか、または神なのか」
「どっちでもいいじゃないか、そんなこと」
俺はそういったら、彼女は言った。
「神学者たちの間は、そういいきれないのよ。神は万能である、ゆえに踊れる。だが、物理的には不可能である。これも答えの一つ。こんなもの、いくらでも答えが出てくる、回答不能問題なのよ」
彼女は、少々疲れ気味に言った。
「でも、その原罪ももうそろそろ解かれる。そしたら、私は再び自由の身になるの」
彼女はそういったが、俺はどういうことかがやっぱりわからなかった。
第3章 天使とは何か
彼女が俺にもたれて寝ている間に、俺も眠った。
そしておきると、彼女はまだ寝ていて、俺だけがおきていた。
動くわけにも行かず、俺はすこし考え事をしていた。
「天使…神に仕える者達。神が人に使わす者達。じゃあ、堕天使とは?悪魔とは。そもそも、神とは何だ」
「神は神だろうが。まだ悩んでいるのか」
さっきの神が出てきた。
「さっきからな。なあ、原罪を背負ったって言ったやつがさっきいたが、どういうことなんだ」
神は、ため息をついていった。
「そんなことよりも、早く来い。もうすぐ会議が始まる」
俺は、立ち上がり部屋を見渡した。
「誰もいない…?」
俺はそうつぶやいた。
「…詳しい話は、後でしてやる。とにかく来い」
そういって、神に右腕を引っ張られて、俺は部屋を出た。
「…原罪と言うのは、知ってると思うがアダムとイブが知恵の実を食べたことに始まる、神自身に背いた罪だ」
「ああ、さっきのやつと話してた」
俺が言うと、神は笑っていた。
「そうか、あいつと会ったって言うことだな。久しぶりに見たな」
「どういうことだよ」
俺は怒りながら言った。
「原罪…いや、会議の議題になってるから、そのときに説明しよう。すでに忘れてるやつもいるだろうからな」
神がそういってそのまま笑っていた。
俺は、妙な気持ちになったが、それをほっといた。
会議室は、円形のテーブルに正五角形を描くように配置された椅子。
その椅子の後ろには、1人分の席があった。
「神代表が参られました」
姿がないのに、声が聞こえた。
「気にするな。それよりも、今回の席はどこだ」
神がたずねると、その声は言った。
「お好きなところに。今回の議長は、あなたではありません」
「そうか」
神はそれだけ言うと、目の前に会った席に座り、俺にその後ろに立つように指示した。
「ついでに言っておこう。ここで見たり聞いたりしたことは、外部に一切伝えてはいけない。伝えた場合は、お前が見たやつのようになるぞ」
俺はうなづいた。
神はそれを見て満足したようだった。
「よし。では、後はそれぞれの代表がそろうのを待つだけだ」
そういって、神は寝始めた。
俺は、寝るわけにも行かず、ずっと立っていた。
第4章 堕天使とは何か
体感時間で、数分後。
「堕天使代表が参られました」
普通の人が別の出入り口から現れた。
「おや、もう神がまいられていましたか」
彼も従者を連れてきていた。
「そうか、堕天使が来たか」
神は目をあけ、その人を見た。
「お久しぶりです」
「そうだな…何年ぶりだ?」
「この前の会議以来でございます」
堕天使は、深々と頭を下げた。
「どういうことだ」
俺が神に小声で聞いた。
「こいつは、もともと神だった。神界から追放されたんだよ。その結果、いまでは堕天し、堕天界へと堕ちた」
「どんなことをしたんだよ」
「…神の名誉と誇りを穢したんだ。ただ、それだけさ」
再び神はあくびをして、眠りについた。
それから1分もたたないうちに、天使と悪魔が仲良く遊びに来たような感じだった。
「天使代表、悪魔代表が参られました」
「お久しぶりです。堕天使代表様、神代表様」
2人息ぴったりにお辞儀をしていた。
「ぴったりですね」
俺は神に言った。
「当然だ。彼らは双子。もともとは俺のもとで働いていた。18歳の時、たがいに分かれて暮らすことになって、片方は天界、片方は悪界に動いた」
「どんなことが起きたんですか…」
神に聞いた。
しかし、答えなかった。
二人が同時に座ったとき、一番最後の代表が来た。
「人間代表が参りました」
息を切ってその女性は出てきた。
「すいません。一番最後ですよね…」
そう言って、その人は一番最後に残された椅子に座った。
「今回の議長は、人界代表とさせていただきます。今回の議題は、原罪を背負いし者の罪を赦すか否かに絞らせていただきます。結論が出るまで、わたくしはしばらく何も発しません」
そう言って、静かになった。
「では、始めさせていただきます」
第5章 人間とは何か
数時間、数十時間と平行線をたどった話し合いは、突然開かれた扉の音によって遮られた。
「もう、我慢できない!」
彼女は、俺が見た人にそっくりだった。
「お前はまだ出てくる時期じゃないぞ」
「我慢できないの!」
彼女は、神に叫んだ。
「もう、この圧力に耐えきれない!」
そう言って、手かせを引きちぎった。
その刹那。
一気に部屋が広がった。
「神さんよ、原罪って何なんだ?」
俺は走りながら並走している神に聞いた。
「…知恵の実を食べようとしたのではない。私自身を殺そうとしたことだよ」
「え?」
神は続けた。
「もともと、彼女は人間だった。一番最初の人間だった。だが、人間ゆえの傲慢さ、殺人衝動とでも呼ぶべき危険思想。なおかつ、私自身を殺そうとしたこと。それにいたるまでの道のりは、あまりにも長い。だが、結論は今だ。知恵を受け取ったのは事実。その知恵を使い、自らが神たる存在になろうと、彼女は私の殺害を企て、実行に移した。失敗したが、それでも私は彼女を追放するしかなかった」
俺は黙って聞いていた。
神は立ち止まり、彼女に向かっていった。
「どうしてだ。なぜ我慢できなかった」
「過去、現在、未来。すべてをすべる神。天使と悪魔は仲良しで、人間は堕天使とは違う」
俺は、何を言っているのか分からなかった。
「おい、お前に力をくれてやる。お前が止めろ」
「はぁ?何言ってるの。あんなの、俺にとめられるわけ…」
最後まで言う前に、神は俺の額に手を当てて、呪文を唱えだした。
「過去、現在、未来。すべては我が手の上にあり。万物は踊る、されど進まず。然れども、神なる力与えしとき、万物は歌いだす」
そして、印を結び、一気に俺を殴った。
「開放!」
俺は衝撃で数メートル飛んでいった。
俺は、何か言う前になぞの力によって動かされていた。
「何なんだよ。これは!」
「力だよ」
周りがかなり騒がしくなっているのに、神の声ははっきり聞こえた。
「お前を見ていると、前のときが思い出されてね…」
感慨にふけっているようだった。
「そんなこと言ってる場合か!」
俺は叫んだ。
「とにかく、この力、どうやって使うんだよ」
「知らない」
神は一言言った。
「はあ?なんでだよ」
「その力を他人に分け与えたのは、初めてのことなんでね。自分でどうにかしてくれ」
俺は舌打ちをして、原罪を背負った彼女に立ち向かった。
第6章 存在とは何か
「いくぜ!」
俺はなんとなくかっこいいと思ったからそう叫んだ。
だが、誰も聞いている気配はなかった。
「それより、どうやって使えばいいんだ?」
そのとき、誰かの声が聞こえた。
―自分が思ったとおりに動かしてみて―
女性の声だった。
「えっと…」
突然の声で、俺はすこしびびったが、それでも念じてみた。
リラックスするために、目を閉じ、深呼吸を繰り返す。
急に、周りの喧騒がうそのように静かになった。
小さな球状の物体を想像し、それをものすごい勢いでぶつける。
―そう、そんな感じ―
俺は、目を開けると、その弾体がものすごいスピードで、彼女の体を取り巻いているのが見えた。
「ありゃなんだ…」
―念動って言うの。神があなたの能力を啓かせた証拠―
「そうかい」
俺は、そうやってごまかしながら、どうにかこつをつかんでいった。
「ところで…」
100発ぐらい相手の弾をよけたころ、俺は聞いた。
「俺に話しかけてくるお前は誰だ」
―私はあなた自身。もう一人のあなたと思ってくれればいいわ。あ、人によってはスタンドとか言う人もいるわね―
「そうかい」
飛んできた破片を避けながら言った。
―詳しいことは、この戦争を乗り越えた後がいいかしら―
のんきな口調で言った。
「そのほうがよさそうだな」
すでに、天使と悪魔は戦線離脱。
神はどこかへ逃げ去り、人界代表と堕天界代表はどうにか戦っていたが、押されていた。
俺は、彼らがいる場所から反対側にいたが、ブチ切れた彼女ほど怖いものを見たことがなかった。
「さて、どうやって戦うか…」
そのとき、遠くからほら貝の音が聞こえた。
女性の神様が、そこにいた。
「おやめなさい!」
そのすぐ後ろに、神がいた。
「だれ?」
俺は神を引きずり出して聞いた。
「日本神話に出てくる神々の一人、イザナギノミコトだよ」
神は続けた。
「実は、天照大神をつれてきたかったんだけど、嫌がって洞窟に隠れちゃって…」
「天岩戸にお隠れになったって言うわけか…で、出てこなかったと…」
神はただ力なくうなづいた。
俺はため息をついた。
そして、戦闘のほうに目を向けると、神の一言で一気に静まり返っていた。
神は、そのすぐ横で、ほっと胸をなでおろしていた。
「よかったよかった。これで効果なかったら、元始天尊か通天教主でも呼んでこないとと思っていたんだ」
「封神演義の世界そのまま…いや、それよりも、天照大神が隠れたって言うことは、世界は…」
俺は、神に聞いた。
「ああ、真っ暗だよ。正確に言うと、日食に入ったんだね」
さらっと言った。
「日食…そうか、天照大神は太陽の神だもんな」
「そうなんだよね。困ったことに、彼、時々そうやって隠れる癖がついてて、そのときの星の軌道によっては地球が日食になるって言うことなんだよ。ちょうど月があるでしょ。あれを自分が隠れるためのカーテンみたいに使うんだって」
「へー…って言う前に、そんな風にして日食って起こってたのか」
俺は、妙に納得していた。
この前までの、こんな会議自体を知らない俺だったら、決して信じなかっただろう内容を、いまではすっかり信じることが出来た。
イザナギノミコトは、そんな俺達をほっとらかしにして、延々説教タイムに突入していた。
全員床に正座をさせられ、目の前にはイザナギの般若のような顔をじっくりと見ている状態。
それで、ひたすらお小言を聞かされ続けていた。
「あれはいやだな」
俺はそのすぐ後ろでその状況を見物していた。
お小言は、小言ですまなくなっていた。
そんな時、誰かが入ってきた。
「やっぱり、こんなところにいた」
イザナギとよく似た服装をしている彼は、真っ先にイザナギに近づいた。
俺は神に聞いた。
「なあ、イザナギに近づいていてあの服装ということは…」
「彼は、イザナミノミコトだよ。もう気がついていたと思うけど」
―その前に、何でイザナミがイザナギの居場所を見つけることが出来たの?―
「それは…」
神は言いかけたところでやめた。
「さっきの声は?」
―彼の中にいる、もう一人の彼よ―
神は合点したようだった。
「そうか、私が君に対して行った行為の結果生じたもう一人の君か」
俺は疲れたように言った。
「自分の中にもう一人人格があって、それが女性だと思うと、なんだか気持ち悪くて…」
―じゃあ、あなたの体から出てもいいのよ―
そういって、彼女は俺の体から出てきた。
「どうも」
―あ、これはどうも―
俺は、彼女の格好を見て驚いた。
「かなり、ナイスボディ…」
彼女は、俺とよく似た服を着ていた。
「それで、君はなんと呼べばいいかな?」
―じゃあ、デミウルゴスとでも―
神は、片眉を上げた。
「…それは、どういう意味だね?」
―深い意味はないわ。それとも、とことん宗教論争でもしてみる?生涯を通じて相手をしてあげるわよ―
俺は二人の会話に割って入った。
「そんなことよりも、向こう側はどうにか丸く収まりそうだよ」
イザナギはイザナミに抑えられて、どうにか怒りを抑えたようだ。
「…とにかく、これ以上何かするようだったら、次はこれで容赦しませんからね」
そこには、母性愛にも似た何かがあった。
「…すいませんでした」
彼らは、特に原罪を背負った女性は深々と土下座をして謝った。
イザナギはそれから普通の顔に戻って言った。
「分かったらいいのよ。これからはしないように。じゃあ、私達はこれで」
神に一言伝えてから、彼らは元の世界に戻った。
会議は、ハチャメチャに終わった…ように思われた。
エピローグ
「ったく、何で俺がこいつの世話をしなきゃならないんだよ」
―いいじゃないの。これで彼女が一人出来たんだから―
「体の中に爆弾抱えた彼女なんて、欲しくないって」
俺はため息をついて、彼女を負ぶっていた。
事の顛末は、こうだ。
再度開かれた会議によって、原罪はどうにか赦されたが、彼女の取り扱いが問題視された。
そこで登場したのが俺だった。
各人が責任回避を狙っているのが見え透いていたので、俺は条件を出して彼女を受け入れた。
その条件というのが、彼女に名前を与えること、彼女と俺が生活できるだけの資金を援助すること、生涯病気をしないこと、この力をずっと使えるようにすることだった。
一方、会議側の要求は、一生彼女の世話を見ること、力を使えることは許可するがそのためには自らの命を削る必要があるという制約をつけること、5年に一度、俺を連れてきた神であるヤハウェ自身が様子を見に行き、彼女が会議で示した指針にそぐわない状態に置かれている場合には即座に俺の存在を消すということだった。
俺はそれで誓約書に署名し、彼女を引き取った。
彼女の名前は、未鮠香ノ子。
俺の名前である未鮠に、偶然目に入ってきた線香の広告からヒントを得た名前だ。
―香ノ子ねえ。なんかセンスないな〜―
「じゃあ、お前がつけるか?デミウルゴス」
俺は彼女に言った。
特定の能力者以外の人から見れば、俺は独り言を言っている危険なおっさんになるだろう。
しかし、これでも高校教師であることをここに言っておきたい。
家に着くと、彼女を布団に寝かせて、俺はどうしようか考えた。
「高校教師として、こんな幼女を連れているとなんか勘違いされそうだな…」
―じゃあ、私との子供って紹介すれば?―
「そりゃ無理だよ。契約によってお前は一般人朝には見えないんだから」
俺が考えていると、昼になった。
ちょうど夏休みだったのが幸いしたが、それでも明日には高校に行かないといけない。
「彼女を見ておかないといけないし、それでも高校には行かないといけない…どうすりゃいい…」
俺はこれまでないほどの混乱を見せていた。
―じゃあ、保育所に預けたら?―
「保育所か…それもいい案だが、ここ最近はかなり詰まってるからな…」
俺はそのとき、とてもいい名案が浮かんだ。
俺は早速その案を動かすべく、とあるところに電話をかけた。
「あ、姉さん。通弘なんだけど」
「どうしたの。突然電話なんかしたりして。それも昼間っから」
俺の姉さんに電話をしてみた。
こうなったら、姉さんにしか頼るところがなかった。
「じつは…」
俺は事の顛末を事細かに話した。
向こう側では、かなり呆然としたような感じだった。
ちょっとの間、音が消えた。
「つまり、幼女がいるっていうことね」
「はしょればそういうことだ」
俺は言った。
「…今からそっち行くからちょっと待ってて」
姉さんはそれだけ言うと、電話を切った。
こちらに到着すると、姉さんは実際にその幼女を見て言った。
「…違法行為をすると私がじきじきに逮捕するわよ」
「違法行為じゃないって…」
―まあ、逮捕されたら私も困るんだけどね―
そのとき、姉さんはびくっとした。
「なんか声した?」
―私の声が聞こえたの?―
姉さんがおびえているのが面白くて、俺は黙っていた。
「さあ。それよりも、引き受けてくれる?」
姉さんは気にしないことに決めたらしい。
「仕方ないわね。でも、あまり長い時間は預かっていられないわよ。私だって、こう見えて主婦なんですからね」
今でも鍛錬を欠かすことのない、元警官が言った。
「そうですか…まあ、お願いするよ。こういうとき、家がすぐ近くって言うのはうれしいね」
俺は、彼女の名前を教えながら言った。
「すぐ隣だし、でも、周りの環境もいいわよ。夏の今頃だと、ガマガエルがないているわね。一面田んぼだし」
俺達は笑うしかなかった。
彼女がおきてから事情を説明し、そのまま姉さんに連れて行ってもらった。
「これで、どうにか高校のほうもいけるなー」
俺はソファーにドンと座り、缶ビールを開けた。
―でも、心配事もあるわよ―
「例えば?」
俺はビールを飲みながら聞いた。
―神が来たときはどうするの―
「姉さんのところにお邪魔させてもらうさ。それで万事解決さ」
俺は笑っていた。
そして、俺にとって長い一日が終わった。