episode:3,説明
おはこんばんにちは。アネモネNRです。
冬休みようにと取っていたストックがそろそろ底を尽きそうです。
「いやーにしてもお嬢ちゃん、あんた3日も昏睡してたんだからね。その間、何にも腹ん中に入れてないでしょ。子供は今が成長期なんだから、腹いっぱい食べなさい。」
そう豪快に言いながら、目の前に置かれた食事は、まるで一昔前の何処かの外国のような、質素な野菜スープと、木製のスプーンだ。
少し視線を逸らして見ると、俺が、いや、俺達が使用している、海外の某魔法学校を舞台にした映画にしか出てこないような、奥行がかなり長く、かなり年期が入った机があり、それを全て埋め尽くさんとしているのは、まだ幼い子供達だった。
そしてまた野菜スープに視線を戻し、コレを与えてくれた人の方を向く。
「すいません……わざわざこんなモノまで……ありがとうございます、エルザシスター」
日本人特有の、なんかされたら取り敢えずお礼をすると、反対側に座った褐色肌の金髪の女性が屈託のない笑みを浮かべながら言った。何を言ってるんだい、と。
「この国で困っている子供がいれば、どんな事情を持っている子でも助けるのが、この協会の教えだからね。こんな事は当たり前の事さ。後私にシスターはいらないよ、エルザでいいさ」
ほら冷めるからさっさと食べな。と、慈愛の目を俺に向けてくれるこの人は、恐らくかなり信用されている人なのだろう。先程から小さな子供達が、彼女の隣を着いてきている。
けしからん事に、他人から貰う料理程信用に値しないと今までの人生で学んでいた俺も、恐る恐る運んだ一口に心を奪われ、先程からスプーンの動作が止まらない。
見知らぬ人にここまでお世話になる事が今までに一度もなかった為、その行為自体に涙が零れそうになる。
「おっ!いい食いっぷりだね。食べてる途中で悪いけれど、嬢ちゃん、名前はあるかい?それに親はいるかい?」
「えっ……」
食べている手元が思わず止まる。
古来より日本には『自分が名乗る前に相手が名乗るべき』と言う暗黙のルールが存在している。やはりここは自分のそのルールに則って名乗るべきだろう。
「俺の名前は木ざ……」
そこで思い留まってしまう。
今の俺は俺であって俺でない。
今の俺は確かに椛の体を使っている。けれど、中身は椛ではなく俺なのだ。だったら名乗るべき名前は俺のになるのだろうか……けれども、この体は俺のではなく椛の。だったらそれなりの敬意を示すべきなのだろうか。
……一体全体誰に示す敬意なんだ?
「俺は……椛と言います」
別に深い理由があってそう名乗った訳ではなかった。気がついたらそう名乗っていた。
「なるほど、モミジちゃんと……一人称は俺なんだ。珍しいね。」
へえ、とエルザさんは少し目元を細めた。何か違和感があったのだろうか。けれどもそんな事は割とどうでもよかったらしく、口角の角度を上げ、それでなんだけど、と話題を切り替えた。
「名前も覚えている事だし、あんた、ここに来るまでの成り行きは覚えてるかい?」
「っ…………!」
どう説明しようか、息が詰まる。
これまで事を偽りなくこの人に話していいよか、それに迷う。
それに俺が体験して来た事が、この人達に通じるかどうかすら分からない。
塾の帰り道、猛突進して来たトラックに轢かれ、目が覚めたら、幼なじみの親友の体の中に俺が入っていた。
……なんて事が現状的に起こることなのか?これをそのまま説明したら、下手をすれば精神病院に叩き込まれる可能性も捨てきれない。ここに精神病院があるかどうかは知らないが。
……ダメだ。これ以上、アレから意識を逸らす事が出来ない。
あの時、2階の踊り場(と施設を説明された)からエルザさんに案内され、この席に着くまでに様々な人とすれ違って来た。
……すれ違って来たんだ。別にそれ自体になんの問題はない。
けれどもそこに問題を見つけるのなら、俺は大きな問題点を上げる他ない。
すれ違っていった、この協会の子供達、それにそこで働く人達の半分程度が……
……おおよそ、人間の姿とは程遠いのだ。
例えば、エルザさんに集っている目の前の子供の1人に焦点を当ててみよう。
この子の姿は、服を着ている為、全身がそうなのかは知らないが、顔が……犬なのだ、灰色の。それに袖から覗かせるその腕も、犬の毛と思われる体毛が生えている。それに二足歩行で。尻尾も生えており、左右に振っている。
彼(彼女?)だけではない。他にも、猫だったり、兎だったり、蛇だったり、鳥だったり……ひと目でその子が何がモチーフになっているのか分かる人(?)もいれば、頭が犬でも腕が鳥の子だったり、もはや何の動物がモチーフになっているのか理解出来ない人(?)もいる。
そんな人達が、普通の人間と同じ飯を食べ、言葉を交わしながら、笑顔を浮かべている。
もうここは異世界としか言いようがない。
非現実的離れ。あまりにも理解が追いつかないその異様なその光景に、俺は目の前のスープを飲んでいる時にでも、深く考えないように意識して来たが、もう我慢の限界のようだ。
……何もかもが謎のまま。だったらここは、ここは上手いように辻褄を合わせないといけない。
「あのエルザさん、実は……」
そう言い始めると、彼女は真剣な眼差しで俺の話を聞いてくれた。
「…………なるほどね。つまりあんたは、あの港から流れ着いた、流れ者の子供って事なのか」
「まあ大方そんな感じです」
あれから体内時計で約15分に渡り、俺の会話術(笑)で、額から脂汗を滲ませながら、なんとか辻褄を合わせた結果……
俺はこの国『ライザーク』に設けられている、『この』世界で一番大きな港に、何らかの形で流れついた漂流者で、そしてどうしてそうなったのかは知らないが、俺はこの国で2番目に栄えている街、『ゴルゴード』の裏路地に倒れ込んでいるのを、たまたま買い出しに出かけていたエルザさんに見つけてもらった。と言う設定になった。
いやまさか、あの俺が会って30分も経たない人に対し、ここまで喋れるようになっているのは、如何せん自分でも驚いたが、ついでに新たに分かった情報もいくつかある。
まず一つ目、この国の人達は主に『人種』と『亜人種』、この二つに分けられるらしい。
二つ目、この国は島国らしく、世界から見ても極東に位置するらしい。
三つ目、この世界は魔法も魔人も悪魔も存在するらしい。
異世界確定。もうヤダ帰りたい。
異世界。その単語は毎月その系統の本を買っている俺からしたら、身近なモノだと感じる。
様々な人達の夢と希望と妄想が、その単語を、今では一つの巨大コンテンツとして進化させた。
……その架空の巨大コンテンツを俺は今、確かに体験しているのだ。
……正直この状況に、心から大声を出して喜びたい気分だ。
けれどそれ以前に、これから先がどうなるのか分からない不安が、圧倒的なまでに大きい。
「けれどさ、あんたのその顔、子供にしてはかなり整っているし、その髪も目も宝石みたいで綺麗じゃないか。やっぱり海の外から来た人はいろんな人がいるねぇ」
「……ありがとうございます」
別にこの姿は、髪色以外俺の体じゃないのだ。だからこそ、その言葉が俺に向けられたモノではないと勝手に理解した。
けれども、ほんの少し、ほんの少しだけ、胸の奥が熱くなったのは、きっとアイツの姿を褒めら、嬉しくなったからだろう。
「さて、だったら今からやる事は決まったね」
俺の反応に一通り満足したのか、エルザさんは立ち上がった。
「子供達の食事の片付けをしたら、今晩の買い出しついでに役場にも寄るからね。あそこなら探索用の魔法道具も設備しているし、それにあんたの魔法適切も分かるしね」
そう言うと、エルザさんは廊下に繋がる扉を開け、覗くように体をだした。
「シスターアミダ!例の子、ちょっと連れ出しますからねー!」
一拍置き、廊下の奥から若い女性の声が反響しながら聞こえた。
そして、また食堂の方に向いた。
「マリー!ちょっといいかしらー!」
そう呼ぶと、数秒後、今の俺と大差ない程の身長をもった、顔にそばかすが残る、丸メガネを掛けた女の子が出てきた。
「何ですか?シスターエルザ」
「マリー、ちょっとこの子を連れて、この子に合いそうな服を選んでくれないかしら?」
そう頼むと、エルザさんの前に立った少女が、俺の方を向き、そして一瞥し、またエルザさんの方を向いた。
「分かりました、シスターエルザ………後シスター、あの紙は届きましたか?」
「ごめんなさいね、まだ届いてないの。役場に行くのとついでに郵便局にも寄りましょうか」
そう伝えられると、少女は少し顔色を曇らせたものの、直ぐに顔を上げ、笑顔を作った。
「準備が出来たら呼ぶから、その間まで、この子を宜しくね」
「分かりました、シスター」
そう言うと、早速少女は俺の前に立った。
両腕を腰に当てて、立つその姿には、さりげなく威嚇をしているように感じた。
「初めてまして、私はマリー。貴方の名前は?」
「あっ、俺の名前は椛、青山椛」
「アオヤマモミジ?変わった名前だし長いわね……呼んでる時に噛んじゃうわ」
わざと嫌味を言うような声で言うマリーと言う少女は、心なしか先程よりも目元が細くなっているように感じる。
「あっいや、違うんだ。青山は苗字で、名前が椛なんだ」
そう説明しても、マリーは顔を傾げるだけだ。エルザさんと言いマリーと言い、どうやらこの国には、名前の前に苗字を付けると言う文化がないのかも知れない。
「で…まあいいわ。ミョウジって言うモノが何なのか知らないけど、面倒臭いからモミジと呼ぶ事にするわ」
さあ付いてきて、と俺の手を握り、無理矢理立たせる彼女の声には……どこか震えているように聞こえた。
episode:3,END
卍。