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愛ゆえに  作者: 速人いとし
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中編

 彼女の名前は小林というらしい。僕らは彼女の家に招かれ風呂を借りた。

「いい湯でした。どうもありがとう。」

「はー、びしょ濡れのまま家でくつろがれるのも迷惑だから仕方ないわよ。でも、変えの服も持ってないなんてね。」

帰り道に服がないことを伝えたら買ってくれたのだ。なんていい人だろう。

その時、袖をクイクイっと引っ張られた。風呂上がりで体から湯気が出ている彼女だ。小林の服を借りたがサイズが大きく袖や裾がダボついているのはとても可愛らしく見えた。

彼女は何かを訴えるように僕を見る。きっと僕が考えていることなどお見通しなのだろう。

そう、さっきの発言には嘘がある。服はたしかに小林に買ってもらったが、買ってくれたのではない、買わせたのだ。

願いを叶える代償だと言ってね。実際、風呂も似たような手段で入らせてもらった。

「私もお風呂に入ってくるわ。寒くてたまらないもの。」

そう言って、小林は脱衣所に向かう。

「風を引くために寒い思いをしたんじゃなかったでしたっけ?」

「……本当にマサヒコを救ってくれるんでしょうね。」

「ええ」

「ならいいの」と言って小林は扉をしめた。


小林が出てくる間、彼女の髪を乾かすためにタオルで吹いてあげていた。髪の量が多いからタオルだけで乾かすのは大変だ。

小林にドライヤーでも借りておくべきだった。

それでも頑張り続けだいたい乾いてきた頃に小林は帰ってきた。

「待たせたわね」

目の前でドライヤーを使って髪を乾かす小林。僕の苦労は何だったのだろうとすごく虚しくなった。

小林が髪を乾かし終わりドライヤーを止め「そろそろ本題に入りましょう。」と言う。

「あなたはどうやってマサヒコを助けてくれるの?」

僕は「そうだな〜」と言いながら彼女を膝にのせる。

「まず、マサヒコくんと君の関係から聞こうか。」

「何でそんなこと話さなきゃいけないのよ!」

「大事なことだよ。望みを叶えるには相手のことをよく知らなきゃいけないんだ。僕が見える君の望みは断片的でね。マサヒコくんを助けたいことはわかるが、今マサヒコくんがどんな状況で君がどうやって助けたいのかは、わからないんだ。」

小林は残念そうに「そうなの……」とつぶやく。

「逆に言えば、マサヒコくんと君について詳しく教えてくれれば、それだけで僕は君の願いを叶えてあげられる。」

何を考えることがあるのだろうか。小林は視線を下に黙り込んでしまう。

「どれだけ悩んでも構わない。僕はいつまでも待つよ。」


しばらく静かな時間が続いた。小林はずっと難しい顔をしている。あれから一時間は経っただろうか、小林はようやく話し出した。

「あなたの話をして、あなたがなんで腕を失ったのか、なんで人の望みを叶えられるのか、その女の子のことも今のままではとても信じられないわ。」

当たり前だ、こんな現実味もない話をされて疑わないほうがおかしい。

むしろすんなり家に入れたことのほうが驚きだ。

「分かった。私たちの話をしようか。そうだな、何から話したほうがいいかな?」

と、頭の中で思案していると、膝の上にのっかっている彼女がこっちを振り向いた。

「そうだな。彼女の話から始めようか。」

そう言ってゴホンと咳払いをした。

「彼女の名前はヒイラギというんだ。いや、ヒイラギという名前だった。」

「だった?」

「彼女は今、以前の彼女ではないんだ。」

どうゆうこと?とでも言いたげな顔をする小林。そうだな、普通の人間には理解しにくい話だからな。

「彼女と僕は同じ大学でそこで出会った。とても気が合ってね。同じ授業を受けたし、ご飯もよく一緒に食べた、遊びに行ったことも少なくない。お互いちゃんと友達はいたけど、僕らはずいぶん長い時間を一緒に過ごした。そして……」

昔のことを思い出したからだろうか。とても懐かしくなって涙が出てきそうだった。僕は思わず彼女を自分の方へ引き寄せた。

「そして、僕らは付き合い始めた。どちらが言い始めたんだっけ?気づくと自然にそうなってたと思う。」

「ふーん、羨ましい話ね。」

小林はとても冷たい目で僕を、いや僕らを見た。

あれだ、リア充は爆発しろというやつだ。


「ただ僕らの幸せはそう長くは続かなかった。僕らが付き合ってから一年くらい経った頃、ヒイラギにストーカーが付きまとうようになった。」

小林はゴクリと生唾を飲む。

「ストーカー?」

「ああ。同じ大学でヒイラギの所属していたサークルの男だった。最初はご飯に誘われたり、しつこく付き合おうと言ってきたり、何度、断っても付きまとわれたらしい。ヒイラギはすぐにそのサークルをやめた。でも、その男はその後も、ヒイラギにストーカー行為をし続けた。」

僕は彼女の頭を撫でてやる。ふわふわした髪がとても柔らかく沈む。

「そのストーカー事件が今のあなたたちの異常な生活とどうつながるの?」

異常とはひどい。確かに普通の人から見れば異常か。でも、誰だって異常者にはなれる。どんなに勤勉で真面目で愚直だとしてもちょっと背中を押されるだけで誰でも奈落の底の入口に立てる。

そう。僕も

「あんな事さえなければ、今頃、二人で幸せになれたはずなんだ。」

「何があったの?」

あの時のことを思い出すだけでいろんな感情が沸き上がる。

「その男はヒイラギを……犯したあと、ナイフで八つ裂きにして殺したんだ。」

口にしただけで、あの時の光景が思い出されて吐き気がした。

「その男が家の前にいると、ヒイラギから電話がかかってきたんだ。僕はすぐに家を出た。けど、間に合わなかった。僕がたどり着いたころには、無残に服をちぎられ、血だらけになったヒイラギの体があった。」

今、僕はどんな顔をしているのだろう。きっと酷い顔をしている。小林は驚きの感情で表情をいっぱいに作っている。

「それでどうなったの?」

「その男は言ったんだ『やっと彼女に触れられたよ』って僕はようやくそこでこの男が何をしたか全部理解した。だから、そいつが身動き取れなくなるくらい蹴って殴って、台所から新しい包丁を持ってきてヒイラギに触れたであろう部分を全部、全部、全部、全部、全部、全部、全部、全部、全部、全部、全部、全部、全部、全部、全部、全部、全部、全部、全部、全部、全部、全部、全部、全部、全部、全部、全部、全部、全部、切り落としてやったんだ。」

あの時の感触が感情が神経の一本一本へ伝達していくようだ。まるで自分が自分でなくなる瞬間だった。それほどのことを僕はやってしまったんだ。

「じゃー、あなたは人殺しなの」

小林はとても怯えた様子で僕を見ていた。

「そうだよ。僕は人殺しだ」

「ひっ、」っと言って、小林は僕から距離を取る。僕の過去を話すと皆似たような反応をする。あまりの拍子抜けな様子に荒ぶっていた感情はすっかり落ち着いてしまった。

「考えてもみろ。何の見返りも求めない、ただ人のために何かしたいんですっていう道化師よりは、人殺しくらいのほうが信用できるんじゃないか。それにこの話にはまだ続きがある。」

「続き?」

「ああ。僕の前に神がやってきた。」

「は?」

さっきまで怯えていた小林は急に可哀想な目で僕を見る。

「嘘だと思っているな。」

小林は分かりやすいくらいに視線を逸らす

「さっきお前の願いを当てて見せただろう。今さら、神様でてくるくらいで驚くなよ。」

「で、その神様がどうしたのよ。」

まだ、疑っている様子だったが、続きを話すことにした。

「その神は僕に言った。『お前はとても重い罪を犯した。その代償にお前は百人の願いを叶えなければならない。もし百人の願いを叶えたならお前の愛するものを生き返らせてやろう』ってね。この力も僕の左腕を差し出すことで手に入れた。」

「へー」

明らかに疑いの表情をしている。でも、君は僕に頼るしかない。それしか〝自分の願い"を叶える方法はないんだから


「さ、僕の話はここらへんでそろそろ君の話を聞かせてくれないかな。」

小林は顎に手を当て、また難しい顔をして悩み始めた。また、一時間待たされるのだと思うと憂鬱だ。そう思っていたが、思ったよりも早く小林は決断を出した。

「いいわ。マサヒコのことを話せばいいんでしょ。」

「それだけじゃない君のこともだ。これは君の願いが犯罪とか悪いことだと困るしね。」

小林は一瞬顔をゆがませたが、「いいわ」と了承してくれた。

「じゃー、君とマサヒコくんについて教えてもらおうか。」

「あなたたちと同じ恋人よ」

小林はとても気まずそうに言う。

「君は今、一人暮らしなんだね。」

「ええ。大学生になってから、この家から通っているわ。」

「それで君の願いは」

「マサヒコを助けてほしいの?」

「どうやって?」

「マサヒコは事故で今、意識不明の重体なの。だから助けてほしいの」

「マサヒコくんのケガを直せばいいのかな」

「そうよ。これだけ聞けばいいでしょ。早くマサヒコを助けて」

小林は前のめりになって僕に訴える。

「いや、まだだ、君とマサヒコくんのことをもっとよく知らなければ願いを叶えることはできない。君とマサヒコくんとの初デートの場所は」

「何で、そんなこと話さなきゃいけないの」

答えるのをためらう小林を「いいから」と言って催促する。

「映画よ」

「思い出の場所は」

「そうね……○○公園とかかしら」

「マサヒコくんと初めてキスしたのは」

「何でそんなことまで聞く……」

言いかけた小林だったが僕が怖い顔でもしていたのだろうか。続けて答えた。

「付き合って二か月後くらいよ。」

「場所は」

「……私の家」

「マサヒコくんとはもうしたの?」

「いい加減にして!さっきから私の願いと何が関係あるの!」

小林は怒鳴り声をあげる。まったく最近の若者は短期だね。そして嘘が下手くそだ。


「君、本当にマサヒコくんの恋人かい?」

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