86 お仕置きは終わらない
お仕置き回です(*>ω<*)
ラフィールは向かい合った状態のレナを抱き上げると、寝台の中央にわざと乱暴に放り投げた。
時計の針が、動きを止めたような昼下がり。
寝台で跳ねた拍子にめくり上がった、ピンクベージュのワンピース。
剥き出しの白い肌は、真珠のような光を孕んで輝いていた。
「さぁ。始めようか」
その声を合図に、隊長の証である外套が、ばさりと音を立てて宙を舞う。
ラフィールはレナの腰の辺りに跨がって、顔を挟むようにして両手をついた。
敷布に浮かぶ小さな波紋。
寝台の軋む微かな音。
失った恋を取り戻し、その喪失の悲しみを補って余りある幸せを手に入れた反動は、レナをどこか狂わせてしまっていた。
既に鼓動の速さは尋常ではなく、身体を支配する熱はすべての感覚を鋭敏にさせ、人型のラフィールの凄絶な色気に、レナは目眩すらも覚えて――
(どうして……こんなに緊張するの……?)
不安定なか細い声は、自分を襲おうとしている男に助けを求めた。「心の準備ができるまで、もうしばらく待ってほしい」と。
ところがラフィールは鼻で笑う。
「洞穴で獣型の俺に、喜んで身体を差し出しておきながら、今さら何を言っているんだ?」と。
でもレナはめげなかった。
自分の気持ちを正直に話しさえすれば、ラフィールなら、きっとわかってくれると信じていたから。
――それが逆効果になるとも知らないで。
「久しぶりに人型のラフィールさまとお会いしたら、ドキドキが止まらないんです……。心臓が口から飛び出して、死んでしまってもおかしくないくらいに……!」
薄紅色に染まる頬で、涙を溜めて、心底困ったように話すレナ。
ラフィールは頭を抱えたい気分だった。
「俺に乗られている状況で、そんなことを言うなんて、お前って本当に……」
「本当に?」
「呆れるほど、馬鹿だよな」
「ば、ばか? ――きゃあ!」
ラフィールはレナの肌を守るものすべてを、無慈悲に手際よく剥ぎ取った。それから彼女の両手首を、うさぎ耳の近くで纏めあげる。
「好きなんだろう? 俺のお仕置きが」
爽やかなのに、どす黒い笑顔。
レナはびっくりして固まった。
「どうして……ラフィールさまが、そのことを知って……?」
誰にも言っていないはずなのに。
但し、あの大好きな狼さんを除いては。
「あ……そういえば……」
「思い出したか?」
レナは小さく頷くと、この場から消えてしまいたい気分になった。
(私って、本当に大馬鹿かも……!)
羞恥心だけで死ねそうなのに、手首を拘束されているせいで、逃げることも隠れることも、一切許されないという生き地獄。
熟れたトマトみたいな真っ赤な顔も、朝露のようにキラキラした涙も、美しい裸身も、そのすべてをラフィールの眼前に、あられもなく晒したまま――。
レナはイヤイヤと、頑是ない子どものように首を振った。
「私のこと、見ないでくださいっ……!」
当然言うことを聞くようなラフィールではなく、彼は容赦なくレナの敏感なところに手を伸ばす。
「いい加減に観念しろ。これ以上、俺を待たせたら――」
「ま、待たせたら……?」
ラフィールはにっこりした。
「レナは強引にされるのが、大好きだもんな?」
鬼畜な狼のお気に入りは、うさぎの長いお耳とまぁるくてふわふわの小さな尻尾。
「そこは……ダメ……!」
「ダメじゃない」
耳を食まれ、首筋に口づけを落とされ、尻尾を弄ばれたら ――もうレナは……。
『私ね、実はラフィールさまのお仕置きが大好きなの。意地悪で強引なのに、愛されていることを実感するから……』
『狼さんがラフィールさまにお会いしても、今言ったことは絶対に内緒よ?
だってお仕置きにならないって、バレてしまったら、もうしてもらえなくなってしまうでしょ?』
ラフィールはジタバタするレナを、造作もなく押さえ込んだ。
「往生際が悪い。我慢しろ」
「いじわる……!」
けれどラフィールにだって、言えずに我慢してきた言葉がある。
「今夜はもう離さない。朝までずっと一緒にいよう」
まったく余裕のないレナは、返事の代わりに、ぎゅうっとラフィールに抱きついた――。
* * *
「お父さま。長い間、家に帰らなくてごめんなさい」
翌々日に、レナはレオナールと再会し、まずは深々と頭を下げた。
「顔を上げなさい、レナ。たしかにとても心配はしていたが、こうしてまた無事に会うことができたから良いんだよ」
聞けばレナと同様に、里に戻って来ない若者が多いらしい。
その中には、恋に免疫のなかった若い娘が、外の世界で伴侶を見つけてしまったケースもあった。
しかしレナまで帰らないと知ったときの、長老の落ち込みようは相当なものであり、長老の妻とレオナールは、しょぼくれた爺を全力で励まさなければならなかったという。
「カタリナのこともレナの養子縁組の件も、こちらは既に了解している。私はむしろ賛成だよ。
カタリナもただの田舎娘としてではなく、貴族の娘として王妃になることが許された。これは格別なご配慮であり、反対するどころか、感謝して然るべきだ。
レナも家族として姉をこれからも支えていきたいと思うなら、領主さまと縁を繋いだ方が、何かと助かることもあるだろう」
希望に輝く羽を広げた娘2人が、最も幸せになれる道を選択できる程度には、レオナールは理性的な父親だった。
里から出さずに守ってきた娘たちを、今度は里の外でも守るために。
それからレナは、勇気をもって切り出した。
「あの、それと……。会ってほしい男がいるんです。彼は、領主さまにお仕えする狼の騎士で――」
結婚指輪とラフィールによって入念に施されたマーキングは、父親を既に感傷的な気分にさせていた。
けれどレオナールは愛する娘のために、柔和な笑みを崩さない。
「ラフィールくんのことだね。彼は非常に立派な若者だ。私が反対する理由はないよ」
レナは驚きで目を丸くした。
「もうお会いしたの?」
「ああ。ラフィールくんの方から、先に挨拶があった。レナのことをよろしくと、しっかり頼んできたところだよ。彼と幸せになりなさい」
「お父さま、うれしい! ありがとう、大好きよ!」
そうしてレナは、その日1日の長い時間を、父親と共に過ごした。
(あんなに小さかったレナも、お嫁にいく歳になったのか)
メイドとして働いてきた日々を、誇らしげに語る笑顔は可愛らしい昔のまま。
くるくると忙しく変わる表情を、いつまでもいつまでも見ていたかった。
それは父親ならば誰しもが経験する、ありふれた悲哀なのかもしれないけれど。
レオナールは涙が落っこちてしまわぬように、形の良い鼻の頭に、これでもかというほど力を入れた。
「それで、メアリお婆さまとゴードンくんがね ――お父さま、どうしたの? くしゃみを我慢しているの?」
不思議に思ったレナに顔を覗き込まれ、レオナールは慌てていつも通りの美麗な笑顔を貼り付けた。
「違うよ、レナ。長老から頼まれていた『王都饅頭』は、どこで買えるのか考えていた」
「オウトマンジュウ?」
「そう『王都饅頭』。甘くて美味しいらしい」
「そんなお菓子、初めて聞きました」
「そりゃそうだろう。私も聞いたことのないお菓子だ」
レオナールはおどけた様子で、男性にしては細い肩を竦めてみせた――。
こうしてレナは、大切な人と過ごす、在りのままでいられる日常を取り戻した。
父と娘の語らいは昔と何も変わらない。
けれど確実に変わってしまったこともある。
しかしその変化は必ずや、レナの人生に新たな彩りを添えて、豊かなものにしてくれるに違いなかった――。
次話は本日(10/31(土))午前8時頃に投稿いたします。
何とぞ最後までよろしくお願いいたします<(_ _*)>




