85 返事をずっと待っていた
感想やブクマに支えられて書いています。
お仕置きは最後の最後でようやく始まる感じ……。意外と長くなっちゃって๐·°(৹˃ᗝ˂৹)°·๐
うさぎのぬいぐるみが待つ先ほどの部屋と、領主夫妻の私的なリビングルームは同じフロア。
予想していた通り、レナの動揺はかなり大きく、そんな不安定な彼女を部屋まで送るのは、他でもないラフィールの役割だった。
今日の任務はこれで終わり。その後は自由時間がやってくる。
ラフィールは領主の過ぎたお節介に感謝した。
(安心したのか、悩んでいるのか。或いはその両方か)
斜め下に並ぶ大好物のうさぎ耳の元気がなくて、過保護なラフィールはつい心配になってしまう。
「大丈夫か?」
またさりげなく耳ごと淡い茶色の髪を撫でると、潤んだままの瞳で見上げられた。
「早くお部屋に戻って、休みたいです……」
レナはラフィールの服の裾をきゅっと掴む。
その短い距離を共に歩む道すがら、ラフィールは「レナを守りたい」という前々からの使命感を、より一層強くした――。
* * *
迎えるべき娘のために用意された立派な部屋で、レナが軽い昼食を済ませて寝台に座ろうとすると、逞しい腕が伸びてきた。
長い脚の間に囚われて、後ろから優しく抱きしめられる。
穏やかな温もりに包まれたレナは、領主夫妻から受け取ったその意思を、丸ごとすべて咀嚼するように、伝えられた一連の内容を自分の言葉で話し始めた。
――そしてラフィールもまた、いまいちまとまりに欠けるレナの話を、辛抱強く聞いてくれた。
「あの……」
「なんだ?」
腕の中からラフィールを見上げれば、彼の精悍な顔が間近にある。レナはうっかり見惚れてしまって口ごもった。
「えっと……。私が領主さまの養女になることを、ラフィールさまはどう思われますか?」
実の父が反対さえしなければ、レナはどちらかと言うと前向きに考えている。
大切な姉を守り通し、レナに素晴らしい出会いをもたらしてくれた狼の領主に、何かしらの恩返しをしたい気持ちがあったから。
ただ不安は消せなくて――。
でもラフィールの反応は、ちょっぴり冷たいものだった。
「それはお前が決めることだ」
突き放すように言われてしまい、うさぎの耳がペタリと髪にくっついた。
だってレナが話を受け入れれば――
「領主さまの後を継ぐのは、誰なんですか?」
むくれたレナは、迫力なくラフィールを睨みつけた。それから彼の手を取ると、自分の指にしっかりと絡ませる。
「私だけの問題じゃない」と、どうしてもわかってほしくて。
フォレスターナの法では、血縁の娘を養女として迎えたところで、領主の悩みは解決しない。真に必要なのは後を継げる男子 ――つまりは婿養子なのだから。
領主夫妻もラフィールに期待しているのは間違いないと、レナはそう思っていた。
ところが。
ラフィールの無言の視線が訴える。
「…………」
その先には、レナの薬指で輝く結婚指輪。
「あ」
ようやくレナは気が付いた。
(私、プロポーズの返事……まだ……)
「教えてほしい。後を継ぐのは、誰なんだ?」
ラフィールは、どうしてもレナの口から言わせたかった。
「それは……もちろん……あの……」
けれどレナは、いざとなると上手く言葉が出てこない。
涙で濡れた瞳はもの言いたげにラフィールを見つめるが、熱い想いは形にもならないまま、唇をわずかに震わせるだけで――。
そしてラフィールはこの顔に弱かった。彼はそんな自分にため息をつく。
「はぁ」
ビクリと肩を跳ねさせるや、絡めた指をすぐにでもほどこうとするレナを、ラフィールは逃すまいと引き寄せた。
向かい合う格好でレナを太腿に座らせると、ラフィールは右手で顎を掬い上げる。
「俺はずっと、お前の返事を待たされてる」
ラフィールの親指が、レナの口を割り開いた。
それからもどかしい指先が、柔らかな唇をゆっくりと丁寧になぞっていく。ほしい言葉を導くように。
「もう待てない」
同じ高さで交わる視線は、逸らすことを許さなかった。
レナは緊張で浅い呼吸を繰り返し、落ち着くために大きな瞳をそっと閉じる。
そこにある気持ちは1つだけ。
次に愛しい男を映したときには ――もう絶対に迷わない。
『一生愛すると誓うから、俺にお前をくれないか?』
初めて結ばれた夜。ラフィールがくれた言葉を、レナは思い出していた。
「私も一生愛すると誓います ――だからあなたの人生も、私にください。ラフィールさま」
ありったけの愛と誠意が、彼の心に届きますように。
レナはどこか孤独を感じさせる、広い背中に腕をまわした。
「レナ……」
ラフィールは天をふり仰ぐ。
「ありがとう……」
らしくもない、泣きそうな笑顔のラフィールが、レナは愛しくて堪らなくて――。
その表情を心の奥底に大切にしまいこんで、彼の厚い肩に頬を寄せる。
「俺のことは気にするな。仮に領主さまの後を継ぐことになっても、その責務は全力でもって果たすつもりでいる。それに――」
ラフィールはレナの頭越しに遠くを見た。
「新国王はカタリナさまのことを、1人の女性として尊重し、深く愛していると聞いている。
血と男尊女卑で固められたこの国の仕組みも、必ず見直されるときが来るだろう」
顔を上げればレナにも、明るい未来が見えた気がした。
「女領主の存在も、認められるかもしれないな」
金色の獅子の男児しか、王になれない。
次代の王を生ませるためにできた後宮は、嫉妬と欲望が行き場を無くす悲しい場所。
まもなく新国王となるファルークの母親も、夫と幼い子どもがいたのに、無理やり後宮に入れられた犠牲者だ。
「私が……領主……」
レナは早くも怖じ気づきそうになっていた。
でも――。
「もしそうなったら、ラフィールさまは助けてくださいますか?」
レナはもう逃げなかった。
「ああ。全力で支えてやる」
ラフィールは可愛らしいばかりだった恋人の、成長が眩しくて目を細めた。
どちらともなく、唇を重ねる。
最初は軽く。徐々に深く。
貪るように。奪い合ったものを、また分け合うように。
口づけの合間に、ラフィールが低く囁いた。
「ここに帰ってきてから、お前が残した手紙を読んだ」
「私がメイドを辞めたときに、書いたお手紙のことですか?」
なぜ、今その話を――。
そんな話は後で良いから、早く続きをしてほしいのに。
レナはじれったい気持ちで、ラフィールの頬に手を添わせた。
ラフィールは、ほしがるレナには構わない。
「『ありがとうございました。さようなら』のたった二言。それに俺は、結局お前から何も相談してはもらえなかった」
すべてを知っていたラフィールにとって、それはどれほど辛く悲しいことだったか。
「洞穴でも、ちっとも俺だって気付かないしな」
次々とかけられる追いうちに、レナの瞳が不安に揺れた。逆の立場だったら、想像するだけで悲しくて。
「幻滅……しましたか……?」
「していない」
「怒って……いますか……?」
「ああ。ものすごく怒っている」
ラフィールは獰猛に笑った。
「これは ――お仕置きしないとな」
次こそ! 次こそ、本当にお仕置きです! 恥ずか死ねるシーンも持ち越しです。ごめんなさい(꒪꒳꒪;)
ラフィールは犬のレナももちろん大好きだけど、うさぎのレナも大大大大大好きです୧(๑•̀ㅁ•́๑)૭✧




