84 恋の形見はやがて希望の花となる
最後にラフィールが出てきます( ⁎ᵕᴗᵕ⁎ )
「私と領主さまの間に、血の繋がりが……?」
迷いの森で隠れ住んでいたうさぎのレナが、領主館に来たことは間違いなく偶然だった。
里を野盗に襲われなければ、姉が領主館にいるという噂を聞かなければ ――レナと領主の人生が、交わることはなかっただろう。
「今から話すことはすべて真実です」
「信じられない」の言葉を口にするその前に、「しっかり受けとめてほしい」と牽制されて、レナは緊張で息をつめた――。
レナの曾祖母は領主の祖父の、身分違いの秘密の恋人だったという。
領主の祖父は、広大な辺境を統べる名家の嫡男であり、いずれは相応しい誰かと結婚し、跡を継がねばならない身。
一方でレナの曾祖母は、貴族の血を引いているとはいえ、狭く暗い部屋に押し込められ、継母と義姉に苛められていた可哀想な姫君だった。
出会いはレナの曾祖母に、仕えていた少年による手引き。
2人は神と月と信頼する人に見守られ、過去の遺物となった尖塔で、密やかに愛を育んでいく。
いつかは来るであろう別れのために、儚いからこそ永遠になる美しい一枚一枚の思い出を、大切に重ねながら。
果たして――。
数多いる王女の中の1人が、宮中で偶然見かけた領主の祖父の凛々しい男振りに、一目惚れしてしまったことで事態は急速に悪化する。
初めての恋にすっかり冒された王女は、食事も喉を通らなくなり、日に日に弱りきっていく。
何不自由なく育ってきた彼女には、望んで手に入らぬものなど、あってはならないはずだったから。
やがて枕も上がらなくなり……。
国王に懇願されれば、ただの一貴族に過ぎない領主の祖父の父親が、断ることなど不可能だった。
言わずもがな当事者の気持ちなんて、風に舞う塵よりもずっと軽く、ましてやレナの曾祖母の存在が、相手方に知られたらどうなるか。
だがそのとき既にレナの曾祖母のお腹には、新しい命が宿っていて――。
一緒に逃げれば捕まるが、領主の祖父が跪いて、王女の指先に誓いの口づけを落とせば、或いは……。
愛に殉死するよりも、互いを思いやればこそ、別れて「幸せ」になることを選んだ2人。
それは苦渋の決断だった。
レナの曾祖母は少年の手を借りて、月のない夜に尖塔から姿を消した。
領主の祖父も、彼女たちのその後の行方を、敢えて調べさせることはなかったという。
王女がレナの祖母の存在を、知っていたかどうかは定かではない。
そして王女という、この上なく高貴な身分でありながら、愚かしいほど恋に溺れた娘のことを、領主の祖父も恨みきれず、いつしか哀れと思うようになり――。
「たしかに母方の曾祖母は、異種族の男性と恋におちたと聞いたことがあります。まさかそのお相手が、領主さまのお祖父さまだったなんて……」
人一倍責任感の強い領主は、自分の祖父が孕ませて結果として捨ててしまった女の曾孫に、どうやら贖罪の気持ちを抱いているようだった。
けれどレナは、愛し愛される気持ちこそ最も尊重すべき感情であると思っていたから、多少の過ちはあったにせよ、苦悩の末に選んだそれぞれの結論を非難する気にはなれなかった。
仮定の話ならいくらでもできるけれど、「もしも」の釦が1つでも掛け違えば、そもそもレナは生まれない。
この世に生を受けられたことに感謝こそすれど、過去に遡ってまで人を恨むような、そんな後ろ向きな思考はしたくなかった。
――そうした考え方が伝わったのだろう。領主夫妻はしばし緘黙して見つめ合った。
領主の祖父は死の床についたときに初めて、若き日に背負った己の業について話したという。
領主の祖父が、本当に愛していたのは誰なのか。
最期の最期で、優しかった祖母を裏切るような話を、孫に伝えた理由は何なのか。
謎は謎のままで、残しておくべきなのかもしれなかった。
なぜならば結局祖父は夫婦として、祖母と同じ墓で眠りにつくことを希望したのだから――。
それから20年以上の時が流れ、レナが外の世界に出る前のこと。
一時領主館に身を寄せていたカタリナが、神出鬼没の酔っ払いのゴードンに見つかるという、あってはならない事件が起きた。
しかもそのときのゴードンは、月明かりに佇むカタリナのことを、初恋のうさぎのお姉さんだと完全に勘違いして大興奮。
酒と鼻血を吹き出しそうな勢いで、のべつまくなしに言いふらしてしまったのだという。
ゴードンの話を真に受ける者は、館では領主を除いて誰もいなかったため、事なきを得たように見えたのだが……。
実は領主はかなり前から、祖父の愛した女が、ゴードンの初恋の相手であると気が付いていた。
そこで改めてカタリナについて調べさせたところ ――明らかになった事実に、領主は自身最大の悩みを解決へと導く、希望を見出すに至ったのだ。
『王家の後継問題が一段落ついたら、是非ともレナを養女として迎え入れたい』
早速妻に相談してみれば、幸いにも彼女は喜んで受け入れてくれた。
* * *
「これでおわかりいただけましたか? レナさんは私たちにとって、他人ではないのです」
「お話は……よくわかりました……」
けれど頭では理解できたところで、戸惑う心は収まらない。
「ですが、私にも父がいます。ここまで育ててくれた父を無視して、勝手に養子縁組を決める訳には参りません」
「それは至極尤もなことだ」
領主が何度か深く頷いた。
「だからこの話は、前もってそなたの父親にも話してある。迎えを出したから、明日か明後日にはここに到着するはずだ。父子でゆっくりと話し合い、双方が納得する結論を出してもらいたいと考えている」
「父がここに?」
「左様」
レナは大きな瞳を瞬かせた。
どうやらレナが不在にしている間に、領主はすっかり手を回していたらしい。
レナと領主の関係が、既に館内で広く知れ渡っていることからもよくわかる。外堀は既にしっかりと、埋められているのかもしれなかった。
「言い忘れておったが、戴冠式や立太子の儀、新王妃お披露目など、御代替わりに際して行われる一連の行事に、ファルークさまとカタリナは、私たち家族全員をまとめて招待してくださった」
「私たち……家族……全員……?」
「そうだ。そなたとそなたの父レオナール殿、私たち夫婦。ちなみにラフィールも呼ばれている。
レオナール殿とて、迷いの森からいきなり王宮に呼ばれても、どうすればいいかわからないだろう? だからここから一緒に行く手筈になっているんだ」
領主の妻がにっこりと微笑んだ。
「新しく父と母が増えるだけだと、あなたは気楽に考えてくだされば良いのですよ。あなたの大切な家族は、いつまでもあなたの大切な家族のまま。どちらかを選べなんて、そんな無茶なことは言いません」
「奥さま……」
「ああ。だが無理にとは言わぬ。私たちと縁を結べば、当然責任も増えるし、煩わしいことも多くなろう。この話を断って、そのままメイドとして働いてもらっても構わない」
「領主さま……」
領主がスッと視線を外すと、阿吽の呼吸でメアリ婆さんが扉へと足を向けた。
「お待ちかねの男が、ようやく来たようだな」
扉が開かれば、そこには――
「ラフィールさま!」
人目も憚らず名前を叫び、レナは最愛の人に駆け寄った。
「泣く奴があるか。あんなにずっと一緒にいたのに」
そう言ってラフィールは、優しくレナの頭を、うさぎの耳ごと撫でてくれた――。
次がラフィールのお仕置きです(*•̀ᴗ•́*)و ̑̑
レナが恥ずか死ねる予感(笑)
お父さんのレオナールはレナの説得要員なので、養子縁組みの件で波乱とかはありません。




