80 さまざまな違いを乗り越えて愛し合う
レナが気が付きます!
落ち着いた環境で、読むこと推奨(⁎⁍̴̛ᴗ⁍̴̛⁎)
ついに痺れを切らした狼は、レナの鎖骨辺りを鼻先で強く押した。狼との友情を信じて、彼女は促されるままに横になる。
風呂敷越しの地面は、快適な寝台からは遠くかけ離れていたけれど、すっかり野うさぎ生活に馴染んでいたレナは、ほとんど抵抗を感じなかった。
獣型のラフィールの体長は、レナの膝上から頭の先と同じくらい。ほっそりとした白い脚が狼の尻尾の下、後ろ脚の間を艶かしく通っていた。
レナは両腕を伸ばし、ラフィールの頬にそっと触れる。
長老や父レオナールが見たら、卒倒しそうな光景だなんて、どこか他人事のように考えながら。
レナを敷く狼の瞳には、カタリナによく似た女性が映っていた。
才気煥発なカタリナ。
決断力があり、時として周りが驚くことも平然とやってのけた、敬愛すべき姉。
(領主館へ戻ったら、またお姉さまを探しましょう。もし会えたら、そのときは――)
レナが里を出たいと言ったとき、長老に訳知り顔で諭された。
『たしかに若い娘にとって、この里は退屈であろう。それはわかる。外の世界に出たいと夢に見るかもしれん』
『カタリナは少々お転婆が過ぎたのじゃ。その結果……どうやら悪い男に連れ去られた可能性が高い……。もうカタリナは……きっと戻っては来ないじゃろう……』
(きっとお姉さまは私と一緒 ――恋をして里を出て行ったんだわ。そして長老やお父さまは、そのことに薄々気が付いていた)
それならそれで構わない。レナは姉探しをやめるつもりはまったくない。
(もしお会いできたら、お姉さまとたくさんお話がしたい)
ただそれだけ。
しかし気がかりなのは、里に残される大切な人たちのこと。
「カタリナに続いてレナまで」と心配をかけるのは本意ではない。
(お手紙を書いて、私の無事を知らせるしかないけれど、そもそもラビアーノにお手紙は届くのかしら?)
ラビアーノは迷いの森の隠れ里。その存在は一般には知られていない。
でも里に出入りを許されている、一部の行商人たちなら?
(例えば、ロバのおじさんとか……)
ロバのおじさんはカタリナの噂を、里に持ち込んだ張本人。領主館のあるウォルフの街に来る可能性は大いにある。
「きゃ!」
――なんて悠長に余所事を考えていたら、首筋を大胆に舐められた。そのまま流れるように、耳に舌先を突っ込まれる。
まるで「こっちを見ろ」と、言わんばかりに。
敏感なところを攻められて、自然と速くなる脈拍と既視感が、レナを激しく追い立てていた。
狼の正体に気がつくまで、あと少し――。
「こんな体勢だと、ラフィールさまのお仕置きを思い出してしまうわね」
上がる吐息の隙を縫い、レナは切なげに呟いた。
薄桃色に頬を染め、羞じらう笑みは美しい。
虚をつかれたラフィールは、榛色の瞳に心を探った。
「私ね、実はラフィールさまのお仕置きが大好きなの。意地悪で強引なのに、愛されていることを実感するから……」
「きゃ、言っちゃった」と、レナは手の平で顔を覆う。
だってそれは、とっておきの秘密。
指の隙間から、ラフィールだと知らないままの狼を引き寄せて、レナは小さな声でお願いする。
「狼さんがラフィールさまにお会いしても、今言ったことは絶対に内緒よ?
だってお仕置きにならないって、バレてしまったら、もうしてもらえなくなってしまうでしょ?」
レナは悪戯っぽく微笑んで、指輪が輝く人差し指を唇に押し当てた。
「――なんてね。あなたがどんなに賢くても、人の言葉は喋れないわね。
あ、舐めないで……。くすぐったいから……。噛むのはもちろんダメよ……?」
可愛いレナは罪深い。
別れの熱を持て余し、芳しい発情香で哀れな雄を惑わした。
レナの無防備な魔性に、誘われない雄はいない。
人型のレナは、獣型のラフィールに舐められていたが、それは荒い息のもとでやや拙速に行われた。
でもすべてを完全に知り尽くしたように、ただひたすらに丁寧に的確に愛でられたとき――
レナはようやく、その行為の意味を知る。
「ラフィールさま……?」
かの人の名前を呼べる悦びに、哀しみで詰まっていた胸が震える。
「ラフィールさま……!」
レナは思わず叫んでいた。
「ずっとお会いしたかった……!」
* * *
(もっとスピード落としてください!)
風を切る音と激しい揺れ。目まぐるしく変わる景色。
雪と森と空が無秩序に入り乱れ、酔いそうになりながら、獣型のレナは声ならぬ声で叫んでいた。
昨夜最終的に人型を保てなくなったレナは、寒さと底をついた体力を補うため、獣化して眠りについた。
そして今朝起きたときには、既に身体の自由が風呂敷によって、幾重にも厳重に奪われていた。
ラフィールが風呂敷入りのレナを咥えて走り出すやいなや、すぐに最高速度に突入してしまったので、レナは怖くて今さら人型になんて戻れない。
戻ったら最後、木か地面に打ち付けて、痛い思いをすることがわかりきっているから。
顔だけ外に出すことが許されたのは、呼吸を考えてくれてのことらしい。
――ちなみにレナを背中に乗せてゆっくりと帰る選択肢がラフィールになかったのは、早く領主に自分の無事を知らせたかったことと、レナを逃したくなかったから。
変化の丸薬には避妊効果があったけれど、レナは現在何も飲んでいない。
でも昨夜だけで命が実るとも限らない。
レナを領主館に閉じ込めて、1日でも早く――。
次からエピローグ(最終章)に入ります。もうしばらくお付き合いくださると、うれしいです<(_ _*)>




