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発情中のうさぎメイドは狼騎士に食べられちゃう?!  作者: つきのくみん
第4章 ラフィールが守りたいもの
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71 究極の選択

 修道院銘柄(ブランド)の、貴重な薬草を使った加工品 ――例えば薬草茶ハーブティー石鹸ソープ等―― をウォルスタの街でおろしてきたおじさんは、その分の代金と街で購入してきた日用品の一部を、院長になるべく早く渡してあげたいのだと説明した。


 飴色の扉をノックすると、修道服とヴェールを纏った高齢女性が現れる。


(おじさまの仰る通り、お優しそう……)


 臆病なレナはいつでも相手の種族を気にしていた。けれど判断の基準となる耳と尻尾が衣服の中に隠れていては、種族の確認は難しい。


(でも雰囲気的に、草食の獣人の方みたい……)


 おじさんが口を開き、レナの思考が中断する。


「ただいま、戻りました」

「お帰りなさい。こんな天候では、大変だったでしょう?」

「ええ。雪はともかく風が厄介で」

「ところで……そちらのお嬢さんは……?」


 話題がこちらに向いたので、レナはおじさんの斜め後方で会釈した。おじさんは少し決まり悪そうな顔をする。


「街で助けたら、懐かれてしまったみたいです。ワシに付いてくると言って聞かなくて……。

 でもこの集落には宿もないし、しばらくここ(修道院)で面倒を見ていただけたらと思ったのですが……」

「まぁ……」


 おじさんの雑な説明でも、院長はレナに同情してくれたらしい。


「あなた、お名前は?」

「レナと申します」

「1人旅なの?」

「はい」

「女1人では色々と苦労もあったでしょう。いつまでも立ち話も何ですから、さあ早く。中に入って、お休みください」

「! ありがとうございます!」


 歩みさえ止めなければ、助けてくれる人には必ず会える。神さまは、きっと空から見ているのだ。




 こうしてレナは幸いにも、野宿だけは免れた……。




 * * *




 修道院の建物はかなり老朽化していたが、中はよく補修され、掃除も行き届いている。


 皺だらけの手に導かれ、入ってすぐの礼拝堂で、レナたちはひざまづいて祈りを捧げた。


 おごそかな静謐せいひつから先に抜け出したおじさんは、手慣れた様子で街から運んできた荷物と、レナのトランクケースを修道院の中へと運び込む。


 居住空間にある使い込まれた暖炉に、おじさんが豪快に(まき)を放り込むと、炎が一気に大きくなった。


 パチパチと()ぜる上に、院長は厚手の小さな鍋をそっと乗せる。

 すぐにクツクツと美味しそうな音が重なって、湯気が天井へと昇っていくのを、レナは惚けたように眺めていた。


 暖かな部屋で、パンとシチューをいただく時間。


 ――それはとても穏やかで幸せなとき。




 思い返せば、ここ2日間で色んなことがありすぎた。


 黒猫の先輩メイドに発破はっぱをかけられ、丸薬を落としてしまったのに、頼りのラフィールには拒まれた。

 しつこい狼の男を振りきろうとした結果、ウォルフの森の奥深くの、時代から取り残されたような修道院で、お泊まりすることになるなんて。


 小さく刻まれたじゃがいもや人参が、口の中でほどけていく。


 レナは久しぶりに人心地ついた気がした。


 ふと食卓からカーテンを開けて外を見ると、窓硝子は真っ白に曇っていた。


 この曇り硝子の向こうには、集落を囲むように広大な森が広がっているに違いない。


 何も見えないのが嫌で、くるくると円を描けば、闇が濃くなってレナの指先に水の冷たさがのり移った。


 白が黒くなっただけ。

 ほとんど何も見えないまま。


 ウォルフの森は野生の狼が棲まう場所。どこかから狼の遠吠えが聴こえてきて、レナは耳を塞いで追い払った。


 ラフィール以外の狼は怖い。

 うさぎのレナは、いつ食べられてしまうかわからないから。


(私、無事に帰れるのかしら)


 昼間のことが思い出され、レナはひそやかに嘆息した。また目の前が景色が白くなる。


 それは見通せない先行きと同じ……。




「じゃあ院長。また来ますね。男手が必要なときは、いつでもワシをお呼びください」


 おじさんの帰る気配がして、見送りを終えた院長がレナの前へと腰かける。


 院長は年若いレナにも丁寧な対応をしてくれるので、それがほんの少しだけこそばゆかった。


「お口に合いますか?」

「はい、とってもおいしいです」

「大したおもてなしもできませんが、2週間、ゆっくりと過ごして下さいね」

「2週間……」


 おじさんが次に街に出るのは2週間後。


(また街に出ないといけないのね)


 犬姿での旅が今日の結果なら、うさぎ姿での旅は一体どうなってしまうのか。もう変化へんげの丸薬は1粒たりとも残っていない。


 もちろん長い耳とまぁるい尻尾は、全力で隠すつもりでいたけれど……。


 街は怖い。都会なんて行きたくない。


(もしもバレてしまったら?)


 気温のせいではない寒気が走る。スプーンを持つ手が震え、皿にぶつかってカチリと鳴った。


 それなりの規模の街に出ないと、故郷までの道は繋がらない。そんなことはわかっている。乗り合い馬車は主要な街道を走るものだ。


 残り少なくなったシチュー。

 その中央に浮かぶ小さな肉。


「…………」


 レナは少し考えた。

 肉はできる限り食べたくないが、出された食事を残すのも……。


 一欠片ひとかけらしか入ってないくらいだから、きっと肉は貴重なのだ。


(これは何のお肉? まさか……うさぎ……?)


 レナは喋れない肉と睨み合う。


「どうかしましたか?」

「…………」

「レナさん?」


 作り置きのシチューに肉 ――つまりは院長は肉を問題なく食べられる人なのだろう。


(まさか院長も……狼……?)


 レナは更に思考を深くする。


 例えば――。


 行きずりの狼に汚されて、自ら人生に幕を下ろすよりも、ただの食料として狼に食べられてしまう方が、まだずっとマシ ――なのではないかと。


 結果は同じでも、絶対的に過程が違う。


 どんな風になっても生き抜くこと。

 その尊さがわかるほど、レナはまだ、大人ではなかったから。


(そうよ。街が怖いなら、獣型で森を通って帰れば良いんだわ!)


 街と街を繋ぐ街道をまるっと無視して、ウォルフの森を直線で抜けていけば、最短距離で帰ることができるはず。


 脳内で描いた地図に、レナはまっすぐな線を引いた。翼が生えた心は、故郷ラビアーノへと軽々と飛んでいく。


 レナは、恋人ラフィールにかつて忠告されたように、苦手な肉を飲み込んで、明日の活力を蓄えた。


「ごちそうさまでした!」


 レナは精一杯の感謝を込めて、大きな挨拶と共に食事を終えた。




  * * *




 丸薬を飲まない朝を迎えたのは、久しぶりのことだった。


 昨夜出した結論を、変えるつもりは毛頭ない。


 もともとレナは、ラビアーノで意に染まぬ結婚をいられたなら、野うさぎとして生きようと決めていたのだ。


 それが少し。ほんの少しだけ。

 早くなっただけのこと。


(昨日は風が気になって、あまり眠れなかったわ)


 白く凍てついた風が、今も窓枠を揺らしている。


「おいでおいで」と遊びに誘う、ひどく自分勝手な子どものように。


 レナは院長が用意してくれた修道服とヴェールを身につけると、朝の礼拝をおこなった。うさぎらしい耳と尻尾をすっぽり隠すことができるこの格好は、レナにとってはありがたい。


 朝食を済ませて少し落ち着いた頃合いに、今からでも、獣型で旅立つことを申し出た。


 あまりにも乏しい反応は、かえってレナを焦らせる。


 ――街で怖い思いをしたことから、本当はうさぎ獣人であること(など)、話す予定のなかったことまで、洗いざらいぶちまけてしまう程度には。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 知らない人に付いて行っちゃダメよって、レナちゃんに言い聞かせたい(ノд-。)あぅ。。 うさぎ獣人の姿で、他の獣人男性の餌食になるよりはって、野兎で旅をすることを決意するレナちゃんは、健気だ…
[良い点] 更新ありがとうございます(T▽T)癒やし~。 寒い夜の静かな(ちょっと寂しいくらいの)食事風景が目に浮かぶようでした。 熟成された1話を読むと、ゆっくり更新も悪くないなぁと思います(勢いの…
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