7 人型に戻ったら
マチルダの腕に抱かれたまま、レナはどこかの街を訪れていた。
見知らぬ景色に湧き上がる好奇心。異なる種族がすれ違う街角は、彼女に新鮮な刺激を与えてくれた。
しかしここは、迷いの森にほど近いフォレスターナ王国ウォルフ領の辺境の地。大抵の人は見るべきものはないと、欠伸をしながら通りすぎてしまうようなひどく退屈な街だ。
だからこそマチルダたちは、わかりやすく目を輝かせている犬のレナの方に興味をもった。
そして彼らの隊長のラフィールもまた、抑制した表情の下に隠してはいたものの、実際は誰よりもレナのことを気にかけていた。
* * *
やがて青い服の一行は、煉瓦造りの素朴な建物に辿り着く。ここがラフィール率いる部隊の、現在の拠点であった。
簡素な門を通り抜け、マチルダと共に、シングルベッドと小さなテーブルが備え付けられた部屋に入る。
マチルダは寝台の上にレナを下ろすと、畳んで置かれていた薄い毛布を小さな彼女にふんわりと被せた。
「あぅ? (ん?)」
太陽の匂いがする毛布の下から、もぞもぞと顔を出す。
「ふふふ、ここなら人型に戻れるでしょう? 戻ったときに裸だと寒いから、それを羽織ると良いわ」
「きゃん! (はい!)」
レナは小さく頷いて、そのまま毛布に潜り込んだ。
ドロン!
「!」
レナが人化するとマチルダは驚いたように息を飲み、そして何も言わなかった。
彼女たちは出会ってからまだ間もない。それでもレナは、マチルダがお喋り好きな女性だと理解していた。
自分のことを話したい。感謝の気持ちも伝えたい。レナはここぞとばかりにマチルダの無言を縫う。
「マチルダさま。改めまして、私はレナと申します。この度は行き倒れていたところを助けていただき、本当にありがとうございました。野盗に襲われて、逃げている途中に力尽きてしまったんです」
けれどマチルダは未だ何のリアクションも返さず、ただ惚けたように目を見開いていた。
それもそのはずで。
目の前に現れた少女の容姿は、マチルダの想像を遥かに超えていたのだ。
毛布で身体を覆っただけの世にも稀な美しい少女。
憂いを帯びた表情は儚げで、羞じらいに染まる白絹の頬は瑞々しい。その可憐な容姿は女であるマチルダの視線をも釘付けにし、いつもは姦しいその口から、いとも簡単に言葉を奪い去った。
「あ、あの……マチルダさま?」
乏しい反応に不安を覚えるレナ。
そうこうしているうちに我に返ったマチルダが、慌てて部屋を飛び出した。それから雨が続いた後の洗濯物のように、どっさりと洋服を抱え込んで戻ってくる。
「レナちゃん。これを着てみて? いつまでもそんな格好をさせてはおけないわ」
マチルダが私物の服を両手一杯に持ってきたのは、彼女なりの愛情だ。
「ありがとうございます!」
ところが……。
「あら、どれもブカブカね」
「マチルダさま、すみません。私が小さいせいで……」
レナは厚意を無にしてしまったようで、申し訳なさに頭を垂れる。
マチルダの服をレナが着ると、お化けのように裾を引き摺り、袖口は垂れ、胸元が露になってしまうのだ。
「うーん……仕方ないわねぇ。じゃあ、保護した子用に置いてある服を持ってくるわ。アレは一昔前のデザインだから超ダサいのよ。まぁ、それでもいつまでも裸ではいられないしね……」
マチルダはぶつくさと小さな声で呟きながら、またどこかに行ってしまった。
次にマチルダが持ってきた服は、くたりとした淡い黄色のワンピース。
よく言えばとろみ素材で、悪く言えば張りがない。それに袖口やウエストはゴムで絞ってあり、まるでだらしない部屋着のようだった。
それに時代遅れのデザインは、ファッションリーダーを自称するマチルダにとっては許しがたかったのだが……。
しかしラビアーノで閉ざされた生活をしていたレナには、そのダサさとやらがよくわからない。
着替えてみればむしろ着心地は抜群で、動きやすさを試すようにマチルダの前でくるりと回る。花のように広がった裾が落ち着いた頃、レナはうれしそうに微笑んだ。
「素敵なお洋服、ありがとうございます。マチルダさま」
「へ? す、素敵かしら?? ……でもたしかにレナちゃんが着ると『ダサさ』が『純粋さ』に見事昇華されたわね。美少女ってやつはすごいわね……」
「そ、そんな……ことは……」
あまりにも熱心にマチルダに見つめられるので、レナはすっかり落ち着かなくなってしまった。
レナ「こうして読んでみると、私って田舎者丸出しですね。お恥ずかしい……」
長老「仕方ないじゃろ。我らが里は迷いの森を、迷いに迷って迷い尽くした者がようやく辿り着ける秘境中の秘境じゃ。今回、野盗に襲撃されたのは、どうやら新しく奴らのリーダーになった男が、奇跡の方向音痴だったらしいぞ。まさかの理由にワシもびっくりじゃ」
レナ「なるほど。襲撃されたのは偶然だったんですね」
長老「うむ。出入りの行商人が手引きしたとか、里の者が買い物の折に尾行されてしまったとか、色々考えることは可能じゃ。でもそんな悲しいことはイヤじゃからのぉ」