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発情中のうさぎメイドは狼騎士に食べられちゃう?!  作者: つきのくみん
第4章 ラフィールが守りたいもの
68/88

68 裏切り

過去最高に長くなってしまいました……。

【注意】流血シーンがあります。

 雪と闇に沈むウォルフの森。

 その底を、黒き狼が孤独に彷徨(さまよ)い続けていた。


 獣を祖とする獣人には、共通して、ある特性があるという。


 ――それは、獣型の方が自然治癒力が高くなり、命の危機に瀕したときには、人型を保てなくなるというものだ。


 この漆黒の狼は、未来の王妃の実妹じつまいが、どんなときでもどこにいても、一生愛し続けると心に決めた、勇敢なる若き騎士の傷を負った姿だった……。




 ラフィールが歩くたび、雪の上に鮮やかな赤が落ちていく。


 ぽたりぽたり


 けれど今は、草木も眠る夜の深淵。

 雪に散った血の跡も、闇の中ではわからない。


 そして明日の朝には、雪が綺麗に消してしまうのだろう。


 ラフィールの命の灯火ともしびとともに。


(これは……今までで……1番ヤバイな……)


 獣型は寒さに強いはずなのに、不気味な寒気さむけが止まらなかった。それでいて傷を負った部分だけが、異常な熱を帯びている。


 返り血で固まった黒い毛皮。

 それを絶え間なく濡らすのは、吹き付ける雪か、それとも己の血なのか。


 それさえも、もうわからなくなっていて。


(まさか……奴らが……。くそっ……!)


 ラフィールが毒づいて歯を食い縛ると、咥内こうないにすっかり慣れた鉄錆の味が広がった。


 苦々しい記憶を、痛みとともに引っ張り出さなければ、彼はもう意識さえも保てない。


 ――「死」が、いよいよラフィールの間近にまで迫っていた。




 * * *




 稀少なうさぎの獣人であり、第3王子の妻であるカタリナは、産前から長らく閉じ籠りきりの生活を送っていた。

 そんな毎日を過ごしていては、当然のことながら、体力の低下は避けられない。


 それでも現役の騎士さえも困難を極める道のりを、カタリナは黙々と歩き続けていたのだが……。


 雪雲に隠された日が沈む頃、遂に彼女は動けなくなってしまった。ふくらはぎがひどく腫れ、豆が潰れて、痛みで一歩も歩けない。


 以後は騎士たちが交替で、カタリナを背負って進むことに。


 言葉は悪いが、大きな荷物が1つ増えた。

 ちょっとしたことで目を覚ますかんの強い赤ん坊の泣き声は、目の粗いやすりをかけたよりも容赦なく、大人たちの精神を摩耗まもうさせていく。


 苦労を分かち合った時間は、俄仕立(にわかじた)ての一行に、確かな感情の結び付きを与えたように見えたけれど……。


 ラフィールが針の森で見る地獄は、これからが本番だった。




 日付が変わり、ファルークに遣わされた虎の武人のうちリーダー格の男が、まとまった休憩を取りたいと申し出た。


 一行を指揮する立場であるガイゼルは、全員の疲労の程度を勘案し、その要求を受け入れる。


 ラフィールたちは2、3メートルほどの崖を風除かぜよけに、こずえや幹を利用した簡単な天幕テントを張ると、真っ先にカタリナと赤ん坊を中に入れた。


 人知れず生まれた黄金の獅子に、乳母はいない。


 カタリナは雪の夜の寒さに震えながら、疲れとストレスのためにが悪くなった己の乳を、辛抱強く赤ん坊に吸わせなければならなかった。


 時折、幕をめくるほどの強い風が吹きつけるので、彼女も赤ん坊も落ち着かない。


 そして任務遂行を最優先とするガイゼルも、このときばかりは男たち全員に、天幕に近付かないように指示を出した。


 カタリナと赤ん坊のかたわらには、ゴリラのおばさんだけが残される。


 ――なぜならば、たとえ風の悪戯いたずらのせいだとしても、未来の王妃の柔肌を見ることは許されないと、ガイゼルはそのように考えていたから。




 疲弊した心身に、護衛から離れる大義名分が与えられ、休憩という甘い誘惑に引き込まれそうになる生理に、人はおそらく逆らえない。


 それを「気の緩み」と片付けてしまうには、男たちはあまりにも疲れすぎていた。


 狙われたのは、そんなとき。


 悲痛な叫びと、それを上回るほどの甲高い泣き声が、警報の如く響き渡る。


 ラフィールたちが駆けつけたときには、おばさんはその背中から大量の血を流してうずくまっていた。


 身を呈してカタリナたちを庇ったことの証左に、おばさんはカタリナ母子おやこにしっかりと覆い被さっていて……。


 立っていたのは、休憩を申し出た虎の武人。

 その手に握られた大振りな剣には、血が――。


 カタリナの夫 ――第3王子ファルーク直筆じきひつの文書をたずさえて、領主館に派遣されてきたはずの彼が裏切るなんて、誰が想像することができただろう。


 ラフィールたちは呆然と立ち尽くした。


 しかしすぐに気持ちを切り替えて剣を取る。


 虎のリーダーと対峙する騎士たちの左右から、残り2人の虎の武人が襲い掛かった。


 気がつけば、ラフィールたちは雪の森で囲まれていた。


 崖の上、木立こだちの間、幕の影。

 至るところに覆面をした人、人、人。


 気配が全くしなかったのは、相手が殺しの専門家(プロ)だからに違いない。ラフィールがざっと確認できただけでも、その数およそ20人。


「お前たちにはここで死んでもらう……1人残らずな!」


 おばさんの血をしたたらせた剣を舐め、虎の武人が吠えたけった。その目はギラギラとした獰猛な光を宿していて、まったく正気とは思えない。


 おばさんが苦痛に顔を歪めて絶叫した。


「どうしてだい! ファルークさまはカタリナさまと坊やを見捨てたのかい!」


 男が下卑た笑いで突き放した。


「馬鹿め! 俺たちは途中で本物のつかいと入れ換わったんだよ! 奪い取ったクソ王子の文書と、何よりも俺たちが虎であるというだけで誰も疑いやしねぇ! 滑稽なことだ!」


 第1、第2どちらの王子の刺客か、或いはその両方なのかはわからない。


 ともかく獅子の男児が産まれたことが、既に相手方に知られていたと考えるのが妥当だった。


 国王宣下で正式となるものの、獅子の男児が産まれた時点で、第3王子が立太子されることはほぼ確実。


 それはつまり3人の王子たちの間に、明確な差ができたということを意味していた。


 ファルークが立太子されたのち、次々代の国王に刺客を差し向けたことが白日のもとに晒されれば、第1、第2両王子と言えども、決して死罪は免れない。


 ――だからこそ、奴らはラフィールたちを必ずや皆殺しにするつもりなのだ。


「さあ、抵抗しても無駄だ……安らかに死ね!」


 味方で戦えるのは、狼の騎士たち6人と、唯一裏切っていない虎の護衛騎士1人。合わせて7人。


 ラフィールは考えた。


 歩けないカタリナと赤ん坊、負傷したおばさんを守るために人手がいる。残りの人数で正面から戦うには分が悪い。おばさんの傷は深く、早めの治療が必要だ。奴らの囲みを突破するにしても、隙があるのかどうか……。


 だから敵から視線を()らさずに、彼はガイゼルに申し出る。


「私が敵を引き付けます。その間にカタリナさまたちを連れて、なるべく遠くに」


 攻撃を得意とするラフィールと、守りの達人(エキスパート)であるガイゼル。


 ラフィールは自分が暴れている隙に、カタリナと赤ん坊を逃がしてほしいと。彼は己の剣の師匠に、そう頼んだ。


 ガイゼルは絶句したのち了承した。


 この状況は絶望的。


 任務の遂行を果たすという点だけを考えれば、情を捨て、最も成功率が高い方法を選ぶ必要がある。


「ラフィール。絶対に死ぬなよ。お前には()()()()を支えるという、大切な役割が残っている」


 非常事態に頭が遂に狂ったのか、ガイゼルはなぜか一介のメイドに過ぎないレナを敬って呼んだ。


(未来の王妃たる、カタリナさまの妹だから?)


 けれど今のラフィールに、質問をする余裕なんてある訳がない。


「私は死にません。絶対に」


 ラフィールは己の宣言通りに、敵中に飛び込んだ。斬って斬って、ただひたすらに敵を斬り伏せて、敵の目を引き付けた。


 雪に舞う血飛沫ちしぶきも、怒号も、赤ん坊の泣き声も。


 真っ白な闇がそのふところに包み込んでは消していく。


 ガイゼルもまた、弟子であるラフィールの奮闘に応えてくれた。カタリナたちと無事に逃げ出すことに成功する。


 次はラフィールが約束を守る番だった。


(俺は絶対に死ねない。レナが俺のことを待っている)


 やがて剣は歯こぼれを起こした。


 ラフィールは転がっている敵から武器を奪い、それを何度も何度も繰り返す。彼の身体に徐々に傷が増えていった。


(キリがない……何人いるんだ?!)


 所詮は多勢に無勢。


 如何いかにラフィールが強かろうと、彼だって人間だ。


 ついに剣を握る力が弱くなる。これまでの疲労に戦いの負担が、重く重くのし掛かっていた。


 けれど戦うのは止められない。


 命を捨てるような瀬戸際の戦いで、思い出すのは最愛の恋人のこと。


(お姉さんたちに何かあれば、レナが悲しむ……。それに俺にとっても、彼女たちは身内も同然……)


 武器も失い、人型さえも保てなくなったラフィールは、最後は獣型になって戦った。素早い動きで翻弄し、高く跳んでは相手の喉を喰い千切る。


 とっくに限界を超えていた彼を支えたのは、泣かせてしまったレナヘの、贖罪しょくざいの気持ちだった。


(少しでも長く、カタリナさまたちが逃げる時間を稼がなければ……)


 ウォルフの森の、冷たい夜はまだ明けない。

アジアにおいて、野生の狼の天敵は虎だそうです。

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[良い点] くみんちゃん、更新お疲れ様です♡ この回、すごく良かったです(*゜O゜*)! 戦闘シーンなのに、雪闇と漆黒の狼と鮮血が幻想的で文章も美しくて。 野生の狼の天敵は虎、知らなかった!
[良い点] ラフィール……! 出だしから終わりまで心臓に悪い……!! でも漆黒の狼って好き(T▽T) なんだか虎がちょっと嫌いになりましたね。カタリナと、怪我をしたおばさんが心配です(TT) レナに…
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