66 妹への思い
同じ名前の人に遭遇したので、ユーザーネームを変えました。これからは「つきの くみん」として、よろしくお願いいたします!
修道院にあるはずの、部外者が入れないという禁域。本来ならば女子修道院の内なる場所に、男が足を踏み入れることは許されない。
しかしこの国の修道院は、かなり前にその機能さえも失っていた。
お目当ての娘を探すため、ならず者たちが修道院まで乗り込んで来ることが、過去に何度もあったという。
暗闇の終着点。
そこはゴリラのおばさん曰く「事情のあるお嬢さんのための、とっておきの隠れ場所」だった。
頼りない灯りに浮かぶ扉は、建物の趣そのままに、素朴で華やかさの欠片もない。
ドンドンドン
「カタリナさま。騎士さまがお迎えにいらっしゃいました。もう準備はお済みになられましたか?」
おばさんが力強いノックを繰り返すと、扉越しに元気の良い声が返ってきた。
「ごめんなさい! 少し待っていて!」
レナと声は似ているのに、受ける印象はかなり違う。カタリナの方がハキハキとしていて、活発そうな印象だ。
「わかりました。それではアタシが必要なときは、いつでも声をかけてくださいね」
「ええ。ありがとう!」
それからおばさんはラフィールの方を見た。
下から仄かに照らされる彼女の顔は、彫りの深さが仇となってただ怖い。
「そういや、アンタ。カタリナさまの妹君の恋人なんだって?」
「……よくご存知ですね」
「そりゃ、そうだろ。ここに誰かが来たときには、アタシもお相手を務めるからね。大体の事情には、自然と通じてしまうってもんさ」
おばさんは誇らしげに胸を反らすと「このアタシをナメるんじゃないよ」と、いかにも固そうな2つの山を勢いよく叩いてみせた。
このままドラミングが始まることを警戒して、ラフィールはこっそり一歩後ずさる。
「そうそう。アンタはカタリナさまのご主人のファルークさまと、雰囲気がどこか似ているんだよ。種族は違うけどね。
姉妹っていうのは仲が良いと、男の趣味まで似てくるものなのかねぇ。不思議だねぇ」
おばさんのドラミングは始まらず、彼女はその手を顎に沿わせて傾いた首を支えていた。ラフィールはまたさりげなく元の位置へと移動する。
「だから最初に私の顔を見たとき、驚かれた様子だったんですね」
「ああ。目が釘付けになっちまったよ」
おばさんは少女のようにはにかんだ。
――可愛いかどうかは別にして……。
ほんの少しの待ち時間。
ラフィールは幸せの設計図を、頭の中で描いていた。あとは関係者から許可をもらうだけの段階だ。
カタリナと再会させることができれば、レナが領主館に止まる理由はなくなるはず。
ラフィールはこの任務を終えたら休暇を得て、レナの里ラビアーノまで結婚の挨拶にいく予定だった。その後は領主館に戻り、新しく創設される部隊に立候補するつもりでいる。
今まで迷いの森地方一帯の治安は、領主館から交替で派遣される部隊によって守られてきた。ラフィールがレナと出会ったのも、その任務の間のこと。
しかし情勢は刻一刻と変化している。
貴重な薬草の宝庫として迷いの森の価値が見直され始めていて、また王国の腐敗に伴って、地方の治安も著しく悪化している昨今の状況から、新しく部隊を編成し、当該地域に常駐させる計画が出ているのだ。
今回払う危険の代償として、領主もラフィールには融通を利かせてくれるに違いない。
そして配置替えが叶ったら、レナの実家近くに居を構え、まずは2人きりで新婚生活を送りたいと考えていた。
(お姉さん探しさえ片付けば、レナにやっと具体的な話をしてやれる。領主さまもきっと許してくださるだろう)
カチャリ
そのとき扉が開く音がして、一筋の光が暗闇に細い道を引いた。
徐々に光の幅が広くなり、ラフィールが暗い世界で見る夢は、そこでおしまい。
「お待たせしたわね」
『姉とは顔もよく似ていると言われていました。あ、でも姉の方が、瞳も髪ももう少し色が濃くて……』
レナが姉について話していたことを、ラフィールは思い出す。
(彼女が、レナのお姉さん……)
現れたのは恋人によく似た、美しいうさぎの女。
カタリナの部屋は天窓から外光を取り入れているらしく、暗闇の住人だったラフィールは眩しくて目を細めた。
「こんにちは。あなたがラフィールさんね? お会いしてすぐにわかったわ」
明るさには慣れたものの、カタリナの神々しいまでの見事な美貌に、ラフィールはしばし言葉を忘れてしまう。
レナが真白い百合だとするならば、カタリナは紅色に咲く牡丹。
色彩の濃さと明瞭な発声は意思の強さを感じさせ、それでいて醸し出される雰囲気は凛として気高かった。
(レナは素朴で幼いところもあるが、基本的に品が良いんだよな。てっきり周りの大人たちの躾のおかげだと思っていたが……)
うさぎの獣人の苦難の歴史を考えれば、実際はそう単純な話でもないのかもしれない。
それにしてもうさぎの獣人とは、かくも魅力的なものなのか。ラフィールはすっかり参ってしまっていた。
特に感情に合わせて揺れる長い耳の、その繊細な動きには、男心を惑わせる何かがある。
哀しいかな。ラフィールはうさぎ姿のレナと、未だに話したこともなかった。
彼が本当の恋人の姿を見ることができるのは、彼女が深い眠りについたときだけ。
無防備な姿につい手が伸びてしまうのに、起こしてしまうのが怖くてすんでのところで我慢する。
逢瀬の夜はそんな葛藤の繰り返し。
ラフィールは鬱屈した感情を理性の中に何とか押し込めていたが、若い彼は早く欲望の蓋を開けてしまいたいと思っていた。
「あなたのことは領主さまから、いつもお手紙で聞いているの。私の妹と ――レナとお付き合いなさっているんですってね?」
カタリナは親しみの気持ちを隠さずに、妹の恋人ににこやかに話しかける。彼の苦労なんか知らないで。
「はい。結婚を前提に交際しています。尤も彼女からはまだ結婚の申し込みの返事はもらっていませんが……」
ラフィールの言葉が予想外だったのか、カタリナは黒目がちな大きな瞳をしばたたかせた。
「あら、そうなの? でも、あの子は里の掟に縛られているから、いくらあなたのことが好きでも、いざ結婚となれば悩んでしまうかもしれないわね。私が勝手なことをして、余計な心配をかけてしまったし……」
カタリナはどこかここではない遠くを見た。
懐かしむような、愛しさが込められた母のような眼差しで。
まだカタリナは18歳。けれど彼女は驚くほど大人びていた。
「まさか臆病なあの子が、私を追って迷いの森を抜け出すなんてこと、思ってもみなかったの。
でもあなたみたいなしっかりした男が、側にいてくださるなら安心ね。あの子、普段はとても素直なのだけど、意外にも頑固なところもあって、こうと決めたら突っ走ってしまうから、危なっかしいの」
ラフィールもそれには全面的に同意だった。
レナを最初に保護したのが自分であって、本当に良かったと思っている。
「ふふ。偶然だとは思うけど、あなたは私の夫とよく似ているわ」
「そこの彼女からも言われました」
ラフィールがゴリラのおばさんに視線を送ると、おばさんはニカッと口角を持ち上げた。
身内同士のような気安い雰囲気に助けられ、ラフィールはガイゼルから預かっていた青いリボンの包みを徐に取り出した。
「これは領主さまからです」
「あら。何かしら?」
中に入っていたのは、小さくて白い毛糸の帽子と、お揃いの手袋。
「まぁ、可愛らしいこと……! 奥さまの手作りかしら!」
カタリナは満面の笑顔を浮かべる。
『おぎゃあー!』
そのとき赤ん坊の元気な泣き声がして、カタリナは途端にそわそわし出した。
「あらあら、大変。坊やが起きてしまったわ! ラフィールさん、ちょっと失礼させていただくわね」
レナ「お姉さま、お元気そう!」
長老「体調不良だと聞いていたが、初めての妊娠出産で大変だったということじゃな。それよりもレナ……」
レナ「はい?」
長老「早くうさぎ姿に戻らないと、待たせたら待たせた分だけ、ラフィールの食事時間が長くなるぞ」
レナ「食べられるのって……まさか……」
長老「ふーむ。何日コースになるんじゃろうな(しみじみ)」
☆ 帽子と手袋は某オトメンの手作りです(*´∀`)




