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発情中のうさぎメイドは狼騎士に食べられちゃう?!  作者: つきのくみん
第3章 結ばれてもすれ違う想い
60/88

60 里に帰ったあとのこと

レナは追い詰められて追い詰められて、それからようやく覚悟が決められるタイプです(*`・ω・)ゞ

「へぇーくしょい! うう、寒いのぉ」

「風邪ですか? ゴードン先生」


 老医師の大きなくしゃみに、隣を歩くレナは驚いて立ち止まった。ゴードンは軽く鼻をすすると、なぜか薄っぺらい胸を精一杯そらしてみせる。


「うむ。昨日はしこたま酒を飲んで、そのまま床で寝てしまったからの。間違いなく、風邪の引き始めじゃ」

「お酒はほどほどになさらないと」


 今日のメイド仕事は昼でおしまい。

 明け方から働き続けたレナは、これからゴードンの助手として、レオニア湖周辺で薬草採取を手伝うことになっていた。


「おーっとと……」

「お酒、ちゃんと抜けてますか? 私につかまってください」

「お主がそう言うなら、お言葉に甘えさせてもらうぞい」

「ふふ。先生、お手をどうぞ!」


 傘が風にあおられてしまうので、レナはゴードンの傘を畳み、自分の方へと招き入れた。


 ゴードンには傘を持っているレナの腕につかまってもらい、傘をさりげなく傾ける。

 風邪引きさんの風邪が、これ以上ひどくならないように……。


「寒いですね」


 レナは白く立ち上る息を見た。


 湖をわたる風の冷たさは格別だ。

 この調子だと雪はまだしばらくやみそうになく、明日の景色に思いを馳せて、咳をする痩せた背中を優しくさする。


「ところでどうしてそんなに飲んでしまったんですか?」


 レナは肩が触れる距離にいるゴードンに話しかけた。


「最近は飲まないとやってられんのじゃ」

「悩みごとなら、私で良ければ聞きますよ。お力になれるかどうかはわかりませんが……」


 レナの美しい真心は、じっとりとした視線でもって受け止められる。


「本人に言えるもんか。お主がじきにいなくなると思うと、さみしくて眠れないなんて」

「ゴードン先生……言っています……」

「おお、すまん。つい言ってしもうたわい」

「人手が足りないのに辞めることは、私もとても申し訳なく思っています」

「むぅ」


 退職の意思が変わらないことを知り、ゴードンは下唇を突き出して低く唸った。


「でもこの通り、本当に寒いですから、先生はお部屋でお待ちになっては……」


 話をすり替えられて立腹する。


「バカを言うでない。レナと出かけるこの時間が、ワシの何よりの楽しみなんじゃ。全然寒くなんかないぞ。ほら、さっさと歩かんかい。置いていくぞい」


 縮んだ背筋を伸ばすと、ゴードンは風に逆らうように走り出した。傘から飛び出した身体を、雪が容赦なく打ちつける。


「え! 先生、待って! 待ってください!」

「ふぉっふぉっふぉっ。ここまでおいでーじゃ♪」


 レナが追いつくとゴードンは睫毛に雪を乗せて笑っていた。溶けた雪がぽつりぽつりと外套の色を変えていく。まるで天が零した涙の染みのようだった。


「はぁはぁはぁ……。レナよ、この老いぼれのことなど、気にするな。

 お主には命にかかわる持病があって、その薬がここでは手に入らない。だから故郷に帰らざるを得ない。

 そんなことは、ワシにだってわかっておるんじゃ」

「はい……」

「ただ約束をしてほしい。必ずまたワシに会いに来てくれると。これが今生こんじょうの別れではないと。笑顔で別れるために、それだけはどうか約束してくれんかの?」

「それは……」


 レナは不誠実なことをしたくなかった。


「ごめんなさい。守れるかどうかわからない約束は……できません……」

「そうか……真面目なお主らしいな……」


 ゴードンはレナが好きだった。

 初恋のひとに似ているレナを見ると元気が出た。

 それは恋愛感情なんかではなく、もっと自分勝手な感情で……。


「さみしくなる……。本当に、さみしくなるのぅ……」

「もう、決めているんです。薬がなくなったら、帰るって……」


 うさぎの獣人であることを、いつまでも隠し通すのは難しい。


 もともとレナが旅立つことができたのも、故郷ラビアーノが野盗に襲われるという非常事態が起きたから。


 ラビアーノは自給自足を基本とする、閉ざされた共同体。


 人手はいくらあっても足りず、外の世界で男を知ってしまったレナを、父レオナールはともかくとして、長老を始めとする周りの大人たちがそのままにしておくとは思えなかった。


 今や稀少となってしまった種の保存や、彼女の身の安全を図るという名目のもと、同族の誰かと強制的に(つが)わせる可能性が最も高い。


 レナは思い出していた。


 あれは彼女の母が、外の世界で異種族の男に乱暴され、若くして亡くなったときのこと。


 あの日以来。

 長老は里の娘たちの中でも、特にカタリナとレナに対して「外の世界は危険だ」と懇々と言い聞かせるようになっていた。


 長老は、姉妹に流れる不運な血を恐れたのだ。


 レナの曾祖母もまた、異種族の男に無垢な身体をもてあそばれた末に、呆気あっけなく捨てられたとされている。


 そして里に戻ってきた曾祖母は、すべての事情を知る同族の男と夫婦となった。異種族の男に、いつまでも慕う心を残したまま……。




 きっと今、レナが里に帰れば、外の世界で異種族の男に捨てられた、哀れな娘だとみなされるに違いない。


 ―― そして一生、緑の牢獄(ラビアーノ)に囚われて過ごすのだ。

遥か昔の伏線が回収されつつあります( = =)

29話をお読みください。


レナのひいおばあちゃんは不幸ではありませんでした。すべてを知って彼女を受け入れた、その旦那となった人も。


ひいおばあちゃんのストーリーは切ない大人の話なのでお月さま案件。


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