6 狼の隊長が現れた!
「ワンちゃん、私なら怖くないでしょう? ほーら、こっちにおいでおいでー」
銀髪の優男の手がレナに迫る。
どれほど甘い顔と猫なで声で繕われたところで、紫水晶の瞳に宿る獰猛な光は消せなかった。彼は捕食する側の存在だと、喰われる側のレナにはわかる。
「きゃん! (いや!)」
レナは差し出されたその手を、肉球の前脚で払いのけた。
「「………」」
押し黙った男たち。それから堪えきれずにアーダンが吹き出した。わざらしく腹を抱えて。
「わーはっははは! クラース、お前もダメじゃないか! 人のこと言えないだろ!」
クラースと呼ばれた優男は、白皙の美貌を不機嫌そうに歪めて言う。
「頑丈なだけが取り柄の、モテないアーダンには言われたくありませんよ」
「あん? いちいちムカつくヤローだな」
「この前だって、酒場の仔猫ちゃんにフラれてたでしょうが」
「チッ、黙って聞いてりゃ調子に乗りやがって! ヤるか?!」
「ええ、望むところです」
肉球攻撃の威力は予想よりもずっと強かったらしい。初対面のレナの反応を巡り、大の大人が子どものように喧嘩している。
(この人たちは「狼」の獣人よね? でも、そんなに悪い人たちじゃないのかも……?)
けれどそう思ったのも束の間のことで、やはり血の気は多いのだろう。本格的な決闘になりそうな気配に、仲裁してもらおうと思ったレナは、マチルダの豊かな胸を何度か揺する。
「あら、なぁに? もぉ、女同士だからって、そこはあんまり触っちゃダメよ? うふふ」
「きゃん! きゃーんっ! (違うってば! 止めてください!)」
「もぉー、少しだけよ?」
「くーん……(違うのに……)」
実はこの2人の喧嘩はいつものことで、止めるだけ無駄だということを、レナだけが知らなかった。
マチルダが当てにならないのなら、いっそのこと自身が介入するしかないと、生真面目なレナが腕から抜け出すことを決意したそのとき。
凛とした低音が辺りに響いた。
「騒がしいぞ。いつまで油を売っているんだ」
厳しい感情を含んだ声音に、青い服の背筋がピンと伸びた。レナもまた、マチルダにしがみつきながら、声のした方向を振り返る。
「「「ラフィール隊長!」」」
(ラフィール……隊長……?)
レナは初めて聞く名前を、ゆっくりと反芻した。
それだけで、鼓動が走り出した気がするのは、「ラフィール隊長」のもつ人を寄せ付けない雰囲気のせいなのか。
皆と同じ青い服に、彼だけが裏地が濃い同色のマントを羽織っている。
腰にはいているのは無駄な装飾を極限まで省いた武骨な剣。
冷たい印象を与えるほどの端整な顔立ちは、意外にもまだ若かった。
襟足が隠れるくらいの長めの黒髪。鋭く光る琥珀色の瞳は威圧感があって、すらりとした長身に、しなやかで引き締まった体躯は、いかにも狼の獣人という風情。
「ほかの者たちは既に集まっているぞ」
直立不動で敬礼する3人に、ラフィールは無表情でそう告げた。それからマチルダの腕の中で縮こまっているレナへと視線を移す。
「きゃうっ! (ビクッ!)」
ラフィールの視線を浴びるだけで、身体が芯から震えて止まらない。怖いのだ。目の前の若い男が。
――敵わない圧倒的な力を感じて。
ラフィールは怯えるレナを、冷えた表情で見下ろした。
「この犬は?」
「犬の獣人の女の子です。怪我をしていたので保護しました」
「そいつが首から下げている、怪しげな小瓶はなんだ?」
レナはハッとして小瓶に触れた。これだけは渡す訳にはいかないから。
「さあ? 保護したときには下げていましたけど……」
ラフィールはしばらく考え込むような仕草を見せた後、レナの小瓶へと手を伸ばす。
絶体絶命の大ピンチ。
「きゃん! きゃんきゃん! (何するの! それがないと!)」
必死だったのだ。この変化の秘薬がないと、うさぎのレナは、外の世界できっと生きてはいけないから。
ペチペチペチペチ!
レナはラフィールの大きな手を何度も叩き、それが何の効果もないことがわかると、4本の脚すべてを絡ませ、しっかりと小瓶を腹部に抱え込んだ。
けれどラフィールは無慈悲な男。
「きゃん! きゃん! きゃんきゃん! (やめて! 取らないで! お願い!)」
上下に脚をまとめて掴まれ、レナの無防備な腹が露になる。
――その様子を間近で見ていたマチルダは、任務を優先するあまり、著しくデリカシーを欠いている隊長に、1人の女として苦言を呈さなければならなかった。
「嫌がる女の子の腹部をまさぐって、無理やり脚を開かせるなんて。やってることは最低ですね、ラフィール隊長」
ラフィールは不遜なマチルダを睨みつける。
「黙れ」
「はーい。禁止薬物とかだといけないですからね。ちゃんとわかってますってば」
「きゃあーーーん!!! (いやぁぁぁぁー!!!)」
そうして大切なものは、ラフィールに呆気なく奪われた。乙女の悲痛な叫びと共に……。
レナ「ついにヒーローが現れましたね! ……あれ長老、目を真っ赤にしてどうしたんですか?」
長老「目が赤いのは元からじゃい! ……ところでレナよ。クイズじゃ。白いものと言えば、なんだと思う?」
レナ「長老の毛並みですか? 長老は真っ赤なお目々に白くて長い毛をお持ちですよね」
長老「ブーッ! 残念じゃっ!」
レナ「本当に残念です。答えは何でしょうか?」
長老「正解は………この作品の感想欄じゃ!」
レナ「はっ………!Σ( ̄□ ̄;)」
☆ おかげさまで感想をいただけました(笑)