53 黄金の獅子
ガラッと雰囲気が変わって説明回です。
衝撃の展開が続く前の、箸休めだと思っていただければ(;・ω・)
邪悪な巨人が闊歩して、善良なる獣人が虐げられていた神話の時代。
血と涙が大地を覆ったフォレスターナの未来を愁い、天は自らの愛し子を地上にお遣わしになったという。
金色の獅子となり地に降りた愛し子は、獣人のために剣を取った。
叡智と死力を尽くした激闘の末、愛し子は巨人を打ち負かすことに成功する。
しかし愛し子もまた決して無事ではいられなかった。彼は勝利の代償として天の国に帰る力を失ってしまったのだ。
地に残された愛し子は、脆弱なる人々の願いにより地上の王として君臨し、美しい娘たちとの間に大勢の子を為して国は繁栄を極めていく。
しかし愛し子の能力を引き継いだのは、黄金の獅子の男児だけだったという……。
* * *
ラフィールは窓の外に舞う粉雪を、執務に励む領主の頭越しに眺めていた。定例の報告に来たが、長々と待たされて手持ち無沙汰だ。
はらりはらり……
空からの便りはまだ少ない。
それでも近いうちに、騎士たちの朝の日課には雪掻きが加わるだろう。
(あれはあれで良い鍛練になるんだけどな)
部下たちの不満げな顔が目に浮かび、ラフィールは無表情の下で苦笑した。
複雑な模様の絨毯が敷かれた執務室は、調度品も重厚なもので揃えられている。
ウォールナット材の剛健な机。しっかりとした裏生地の、深い色のドレープカーテン。横目で見える本棚には、堅苦しい内容の分厚い背表紙が威圧的に並び、壁際には彫像さながらの護衛騎士が立っていた。
ラフィールにとって見慣れた光景。
けれど最近は少しだけ様相が異なる。
部屋の片隅にはうさぎの置物がちょこんと座り、処理済みの書類の上ではうさぎのペーパーウエイトが健気にその役割を果たしていた。その愛らしさが、部屋の雰囲気を和らげている。
領主は書類から顔を上げると、銀の縁取りの眼鏡を外した。疲れた目をしばたたかせ、盛り上がった厳つい肩をゴキゴキと鳴らす。
報告を済ませ退出しようとするラフィールを、領主は素早く引き止めた。そしていつかのように完全な人払いをする。
「王子たちそれぞれに、御子がお産まれになったらしい」
「それは大変おめでたいことですね」
王家に良い感情をもっていないラフィールは、棒読みを繕わなかった。
「……そうだな。お祝いを差し上げねばなるまい」
「ところでその御子たちは、獅子の男児でしたか?」
ラフィールの言葉に、領主はゆっくりと首をふる。投げ掛けられた質問は想定の範囲内だ。
「第1王子の御子は、獅子の女児。第2王子の御子は、猫の男児だったそうだ。彼らもまた、獅子の男児として生を受けなかった他の御子たちと同様に、成人後は臣籍に下ることになるだろう」
この国で王位を継げるのは獅子の男児のみ。
それは神話に基づいた鉄の掟。
領主の手元の書類には、フォレスターナの国を統べる王家の紋章が入っていた。
剣を携えた黄金の獅子。その姿は威風堂々として神々しい。
「まだしばらくは、落ち着きそうもないですね」
そう言ってラフィールは、外連味たっぷりに嘆息した。幼い頃に暗んじられるまで聞かされた神話が、頭にすぐに思い浮かぶ分だけ虚しさが増す。
後継争いに揺れている間は、下々の暮らし向きが良くなることはないだろう。
国庫は既に破綻目前であるにもかかわらず、宮廷では現実を直視することなく、今宵も煌めくシャンデリアのもとで舞踏会が開かれているという矛盾。
多くの領主たちが安易に増税で対応する中、狼の領主は領民の生活を圧迫しないように努めながら、何とか中央の要求に応えていた。
しかしながらその胸中は複雑だ。民に還元されるべき金が、民を顧みない王家によって浪費されているのだから、納得できるはずもない。
それでも領主は、ラフィールを穏やかに諭してみせた。
「仕方がない。3人の王子のうち、獅子の男児を初めにもうけたお方が立太子の礼を受けられる。これは御前会議において決定した事項だ」
「3人、ですか? 実質、2人の王子のうちどちらかでは? 妾妃腹の王子は妻を娶ることすら拒否して、逃げ出したと聞いております」
無気力と揶揄されてきた第3王子は、既に後継争いから脱落したと見なされている。ゆえに地方領主も含めて貴族や官吏は、第1王子派か第2王子派の、どちらかの派閥に属していた。
「どの王子にも平等にチャンスはある。言葉が過ぎるぞ、ラフィール」
「はい。申し訳ございません」
中央のうねりはこの辺境の地まで届いている。それでも領主は頑なに、中立の立場を崩そうとはしなかった。
どこに目や耳があるかはわからない。
権力に憑りつかれた者たちの怖さを、領主はよく知っている。
懐刀と成りうる勇敢なる若き騎士。
領主は大切な刀を守るため、今度は強く窘めた。
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