52 欲張りになる気持ち
さらりと大人風味の余韻の回です(;・ω・)
カーテン越しの朝日が瞼に映ると、レナは夢の世界に別れを告げた。
(もう……朝……?)
恋は怖い。人をどこまでも欲張りにさせるから。
ラフィールのいない寝台はやけに広くて、彼と迎えられない目覚めが寂しかった。そんな気持ち、今まで知らずに生きてきたのに。
(私、ラフィールさまと……)
レナは1人、ブランケットに身を隠す。
好きな人ができた。その人に愛された。そのことがただうれしくて恥ずかしくて幸せで。
絶え間なく流し込まれる睦言と、求めて求められた甘美な時間。
初めて知る悦びはレナをすっかり夢中にさせて、早くも次の逢瀬が待ち遠しくてたまらない。
溺れるように愛し合った敷布の波間に頬を寄せると、ラフィールの匂いと温もりが、まだ微かに残っているような気さえした。それからお腹いっぱいに息を吸う。気怠さまでも、何もかもが愛おしい。
全身を彼で満たして、彼の色に染まりたいと思うほど、愚かなレナは恋人を愛してしまった。いつか来る別れのときを思えば、深入りするべきではないとわかっていながら……。
そして夢の隣りには、いつだって日常が並んでいる。
(今、何時かしら……?)
ラフィールと同様に、今日のレナにも仕事はある。視線だけで探した時計の針のその先は、余裕のない数字を指していた。
俄に立ち上がったレナの肌を濡らすのは、涙ではなく甘い甘い夜の名残。
急がなければならないのに、女としての本能がレナの動きを鈍らせた。彼が与えてくれるものは何だって ―― たとえ愛情の一雫でさえも、失いたくはなかったから。
そのとき丸薬の傍らにある手紙に気が付いて、レナは机の上に手を伸ばした。
(ラフィールさまからのお手紙……)
領主の信頼が厚いラフィールは、常に多忙を極めている。意思の疎通を図るために、手紙は欠かせない手段だった。
優しさと労りが凝縮された手紙に、レナはゆっくりと目を通す。綴られているのは、レナの体調を気遣う言葉と、後朝の別れさえもできなかったことに対する謝罪の言葉。
胸が切なくきゅっと縮む。朝まで一緒に眠れたら、どれほど幸せなことだろう。
(ううん、贅沢を言ってはダメ。秘密を知られる訳にはいかないもの)
そうしてレナは手紙を置くと、里秘伝の丸薬を手に取った。
辛い儀式をしなければ、レナの1日は始まらない。ため息にも似た深呼吸を繰り返す。
(このお薬のおかげで、私の世界は広がった。このお薬がなければ、ラフィールさまとも出会えなかった)
レナは自分の下腹部に手を当てた。何も宿らぬ薄い腹にそうっと。
(でもこれを飲まなければ……きっと……)
お月見の宴で会ったゴリラの妊婦カタリナ。
レナが彼女の仕草を真似たところで、人の目には、きっと滑稽なままごと遊びに映るだろう。命の種を受け取っても、変化の丸薬を飲んでいる限り、その種が実ることは決してない。
そもそもレナは、大好きな姉カタリナのためとは言え、本来の姿を歪めることは非常に恐ろしいことだと思っていた。本当は今でも、変化の丸薬を飲むことに躊躇いを覚えている。
しかしどこかで割りきっていたからこそ、変化の苦しみにも耐えてこられたのだ。
けれど、これからは……?
レナは存在感を増した雑念を、ぶんぶんと頭をふって追い払う。
(お姉さまが今もどこかで、酷い目にあっているかもしれないのに……)
責任感でがんじがらめに縛られて、レナは里の丸薬を噛み砕いて飲み込んだ。
* * *
いよいよフォレスターナの国に本格的な雪の季節がやってくる。
あの夜を境に、想い合う2人の気持ちは、ますます深くなるばかり。
寒さも、北の大地から吹き荒ぶ風も何のその、レナとラフィールは雪も溶けてしまうくらいの仲睦まじい毎日を過ごしていた。
ラフィールも任務のないときは、ウォルフの街まで出て積極的にレナの姉探しを手伝ってくれる。
それはさながらデートのようで、彼女が少しでも寒さに震えれば彼は自分の上着をかけてやり、休むときにはどこからか、温かい飲み物を持ってきてくれるのだ。
ただひたすらに甘やかすラフィールと、心も身体も支配され、蜜の味を覚えたレナ。
たっぷり過ぎるほどの栄養を与えられ、未練の蔦はすくすくと伸びていく。彼女の心に食い込むように絡みつき、宿主を拘束するのは自然なこと。
マーキングをされているかどうかは男にしかわからないが、結局女性陣にも伝わってしまった。
メアリ婆さんは見たこともない赤いお米を、お祝いだからと炊いてくれた。ゴードンはしばらく拗ねていたのでご機嫌を取らなければならなかった。
一方でラフィールは、領主とその妻からお手製の型抜きクッキーをもらったらしい。
恋人と分け合う甘いお菓子は、うっとりするほど美味しくて、口の中でほどける優しい味は、ラビアーノで食べた懐かしい家庭の味がした。
周りの反応がレナの想像よりももっとずっと温かくて、未来を見通せない彼女が揺れるのも仕方のないこと。
愛する人と生きていきたい。その気持ちが止められないのは、当たり前のこと。
丸薬の残りはあと少し。
噛みしめられる幸せもあと少し。
レナがラフィールの腕の中にいられるのも、あと少し。
隙間ばかりになった小瓶を、ぼんやりと眺める時間ばかりが増えていく……。
レナ「わぁ♡ このクッキー、おいしい! うさぎや狼、猫。色んな形があるんですね」
ラフィ「…………」
レナ「? どうしたんですか、ラフィールさま」
ラフィ「めちゃくちゃ美味いけど……。でもあのガタイで奥さまと一緒に、動物のクッキーを焼いているところを想像すると……なんか……」
☆ いよいよお姉さん探しが進展します( ・∇・)




