50 熱さの理由
肝心のシーンなんですけど、文字数の目算を誤ってしまい、最後の最後からやっと始まる感じです(= =)すみません……。
お詫びに明日も更新します。
レナの気持ちを尊重したのか、ラフィールは意外にもあっさりと、はめたばかりの指輪を外した。
小箱の中に指輪が消える。
その瞬間、レナは胸がつかえて苦しくなった。それはきっと、大切な恋人の気持ちを踏みにじった罰なのだろう。
「お前の葛藤は、俺も理解している。そんなすぐには決められないよな」
「はい……」
「返事を待つ権利を与えてくれたら、今はそれだけで充分だ。まだ時間はある。里に帰るまでの間にゆっくりと考えてほしい」
「わかり……ました……」
ラフィールはどこまでも優しく、レナを丸ごと包み込んだ。意気地もなく、わがままな彼女のことを一言も責めずに。
その優しさに、嫌われる勇気もないレナは心から安堵した。
罪悪感に囚われた恋心は、タイミング良く与えられた安心感に忽ち均衡を崩してしまう。
ラフィールは再び、結婚指輪の入った小箱を半ば強引に握らせた。すると彼の想定通り、レナは思い詰めた様子ながらも、今度はすんなりと受け取ってくれる。
「指輪は渡しておく。俺と生きることを決めたなら、そのときこそ、指輪をはめて永遠を誓ってほしい。そしてお前の悩みも何もかも、すべてを俺に話すんだ。
俺たちが……いや、俺たちの大切な人たち全員が幸せになれる方法を、2人で一緒に探していこう」
「ラフィールさま……」
誰かが笑えば誰かが泣く。誰かが勝てば誰かが負ける。明るい月にも暗い場所があるように、光があれば必ず影は付きまとう。全員が幸せになれる世界なんて在りはしない。
けれど「自分たちにとって大切な人たち」と限定すれば、難しいがきっと不可能ではないと、ラフィールは考えられるようになっていた。
レナの能天気とも言える純粋さに、すっかり影響されてしまったのかもしれない。
「薬が無くなる前に、お姉さんが見つかるといいな」
ラフィールはレナに、心からの励ましの言葉を贈った。
「はい。早く会いたいです」
姉カタリナは未だ見つからない上、有力な手掛かりさえもない閉塞した状況。
目下の心配事がなくならないと、自分の恋愛まで気が回らないレナの事情もラフィールには理解できた。
「改めて確認するが、両親もお前と同じ種族なんだよな?」
含みをもたせた表現にも、レナはまったく気が付かず、ラフィールの肩に頬を寄せて見上げていた。
油断するとレナはすぐに甘えん坊になってしまう。ラフィールもそんな彼女をどこまでも甘やかしまうのだから仕方がない。
「はい。両親とも同じです」
「そうか」
ラフィールがわざわざ確かめたのには理由があった。
異種族間で子をなした場合、子どもはどちらか一方のみの種族の特徴しか引き継げない。それは同時に、同一種族同士の婚姻ならば、子どもは必ず両親と同じ種族になることを意味していた。
つまりは両親がレナと同じうさぎの獣人なら、彼女の姉もまた然りということだ。
そしてもう少し先の話にはなるが、レナの両親もうさぎなら ―― 尤も母親は既に亡くなっているようだが ―― 結婚に際して一悶着が起こりそうな予感がした。
7歳離れた狼とうさぎのカップルなんて、うさぎが悪い狼に騙されたとしか、世間的には思われないような気がする。
(どこにも行かせないけどな)
そう思ったのは、これで2度目か。
ラフィールは寄り添って話すレナを見た。この温もりは、絶対に逃がさない。
「姉とは顔もよく似ていると言われていました。あ、でも姉の方が、瞳も髪ももう少し色が濃くて……」
「お前と似ているんだな?」
「はい」
ラフィールの目の前にはレナの犬耳がある。
「お姉さんにも、お前と同じ持病はあるのか?」
「持病? 風邪は引いていますけど……」
レナは目をぱちくりして聞き返す。
「おい、しっかりしろよ。持病があるって説明したのはお前だろう? まさかその設定を忘れたのか? 俺は、お姉さんも里の秘伝の丸薬を飲んだ状態で、外の世界に出たかを聞きたいだけだ」
「わ、忘れてません! えっ……と……丸薬は長老が保管していたし、嵐の日に突然いなくなってしまったので、丸薬は飲めずにいるはずですが……」
「お姉さんがここにいるって、行商人から聞いたんだろ?」
レナは頷く。
「里に出入りしていたロバの行商人のおじさんから聞きました。でも私が知る必要はないからと、あまり詳しくは教えてもらえなくて……。わかっているのは『狼の領主さまの館で見た』という、ただそれだけなんです」
あまりに乏しい情報に、ラフィールは愕然とした。ついでにレナの間抜けさにも。
(ありふれた犬の女ならともかく。うさぎの獣人、しかもレナに似たとんでもない美人が狼ばかりのこの館にいたら、絶対に俺の耳にも入るはずだ。
それなのにメアリ婆さんもゴードンの爺さんも、館にいる人間は誰もそんな話を聞いたことがない。噂がそもそもデマだったか、よほど厳重に管理されている秘密がたまたま漏れたのか……。どちらにせよ、お姉さん探しは難航しそうだな……)
「ラフィールさま?」
「いや、無謀だなと思っただけだ」
「私も……今となっては……そう思います……。勢いでここまで来ちゃったんですけど……」
「本当に、お前を保護したのが俺たちで良かったな。他の男ならもう喰われて、どこかに売り飛ばされていたぞ?」
「はい……」
レナは身体を震わせて、ただでさえ寄り添っていた身体をさらに強く密着させた。
レナの部屋で2人きり。ここなら邪魔は入らない。
脅かすつもりはなかったが、怯える姿が可愛くて、ラフィールはレナを向かい合わせて抱きしめた。首筋に顔を埋めると一段と発情香が近くなる。
「レナ。どうして身体が熱いか教えてやろうか?」
ラフィールは悪戯っぽく耳元で囁いた。吐息をわざと吹き掛けて。
ラフィ「レナ、そこに座れ」
レナ「何ですか? ラフィールさま(╹◡╹)」
ラフィ「残念だが説教だ。お前な、持病設定を忘れるなよ。他の奴にもうさぎだってバレるぞ? ついでに俺が気づいていることにも早く気づけ」
レナ「はい……(しょんぼり)」 キラリ☆
ラフィ「……俺が贈った指輪、はめているんだな」
レナ「あΣ(゜Д゜〃) 1人のときにだけ、こっそりはめていたのに……。外すの、忘れちゃった……」




