5 狼の騎士たち
「あなたの性別とか、色々確認させてもらったわ」
見事なウインクを決める美女に、レナは忽ち現実に引き戻された。
獣人は獣型の方が自然治癒力が高くなり、体格や能力といった種族ごとの差異が、際立つようになるという。
――例えば、猿の獣人なら長くなった手足で木登りがスムーズに、馬の獣人なら脚力が強化され、その広い背中により多くの荷物を乗せられるようになる、といった具合に。
しかし当然、良いことばかりだったら、獣から獣人への進化はあり得ない。
自然界は弱肉強食の厳しい世界。
獣化した草食の獣人は、捕食されてしまうかもしれないし、獣化した肉食の獣人は、野生の獣の縄張り争いに巻き込まれ、命を落としてしまうかもしれなかった。
その他にも獣型ならではの苦労を並べればキリがない。
だから一般的に獣人が獣型をとるのは、病気や怪我でひどく弱っているとき等、人型で不都合が生じる場合に限られていた。
そして獣にしかなり得ない真性の獣か、獣化している獣人かを見分ける判断基準は ――医者のような専門職の者を例外として―― 高度な意思疎通が可能かどうかという、とても曖昧なものだけ。
ここフォレスターナの国で殺人の罪に問えるのは、純粋な殺人か、もしくは獣化している獣人を故意に食い殺してしまった事案のみ。
その獣が獣人であるとの認識がなければ、誤って食べてしまっても食物連鎖の一環として、罪には問われないことになっている。
本当に、うさぎ獣人とっては、生き辛い世の中だ。
人型だと性欲の対象となり、獣型だと食欲の対象になってしまうのだから……。
* * *
木の瘤に身を隠すようにして、レナは羞じらいに身悶えた。
(くすん……恥ずかしい……。もうお嫁にいけないかも……ううっ。でもごはんとして食べられちゃうよりはマシなのかしら……? だけど……今日会ったばかりの人に、女の子の大切なところを見られちゃったなんて、やっぱり……)
レナがその大きな瞳に目一杯の涙を浮かべると、美女は申し訳なさそうに眉を下げた。
「ごめんなさいね。でも私しか見ていないから大丈夫よ。一応私も医学の心得はあるから、お医者さんにかかったと思って。ね?」
優しい言葉に誘われて、レナはそっと顔を持ち上げた。
「とりあえずあなたはきちんとしたベットで休んで、治療を受けるべきよ。……失礼するわね? よいしょっと」
そうして美女の豊かな胸に抱きしめられたレナは、弾むような温もりに包まれて、無意識にすりすりと頬を寄せる。
獣型をとると本能に引きずられると言うけれど、レナの場合は甘えん坊になってしまう傾向があった。
羞じらいは本能に勝てない。獣は本能に従順なのだ。
「ふふふ、かーわいい」
「きゅーんきゅーん……(気持ちいい。もっと撫でて……)」
「よしよし、良い子でちゅねー。さ、拠点に一緒に帰りましょうか?」
絶妙な指使いで撫でられて、レナはあっさりと陥落した。目を瞑って身を任せ、女同士でいちゃいちゃする。
レナがむさ苦しい気配に気がついたときには遅かった。
「マチルダ、もういいんだろ? お、こりゃ、かわいい犬っころじゃないか!」
よく響く重低声。目を開けると、体格の良い男たちの聳え立つ壁ができていた。
「ぎゃん!(ひ!)」
その威圧感や屈強な体は、肉食の獣人に特有のもの。
野盗を思い出したレナの肌が激しく粟立ち、マチルダと呼ばれた美女に震えながらすがり付いた。
「きゃん! きゃぁん! ぐるるる! (いつの間に! 近寄らないでっ! 怖い怖い!)」
男たちが美女と同じ服を着ていることにも気付かずに、ただひたすらに吠えるレナ。
彼女は閉ざされた里で暮らしていたため、外の世界では常識である「青い服」がもつ意味すら知らなかった。
「きゃんきゃん! (離して離して!)」
「取って食ったりしないから。俺たちは優しいんだ。ほーら、かわい子ちゃんおいでおいでー」
媚びた声ともにゴツい手が伸びてきて、レナは反射的に噛みついた。
「お、噛みやがったコイツ。ははは、全然痛くねーよ。そんなに怖がらなくていいんだぜ?」
「アーダンは顔が怖いからですよ」
さっきから話しかけてくるゴツい男はアーダンというらしい。クリーム色の短髪をしていて、顔のわりに目は小さく垂れていた。屈託ない性格のようで、レナが噛んだことも明るく笑い飛ばしている。
そして次に聞こえた柔らかな声の主は、銀の長い髪を緩く1つに縛った優男だった。
長老「『羞じらいは本能に勝てない。獣は本能に従順なのだ』」
レナ「長老? 突然何を……?」
長老「ふーむ。至言じゃ。これは今後、レナが羞じらいを捨てて、ホニャララな展開になるための布石だと思われるぞ!」
レナ「そ、そうなんですか……? 私、何させられるんでしょう……」
長老「むふふふふ」
 




