49 涙でわかる本気の恋
今更なのですが、この物語は結構大人向けです。
途中、切ない展開もあります。
でもハッピーエンドをご用意しておりますので、どうかどうか耐えてくださいませ(。´Д⊂)
「入るぞ?」
ラフィールは声が返ってくるのを待たずして、レナの部屋の扉を開けた。入口のすぐそばには彼女がいて、その近さに少しだけ面食らう。
「もしかして、待っていたのか?」
「はい。何だか……落ち着かなくて」
潤んだ瞳に忍ぶ羞じらい。「早く来てほしい」とばかりに袖を遠慮がちに引っ張られれば、一層近づいた榛色の輝きに魅入られた。その力は弱いのに、ラフィールを強力に引き寄せる。
そもそも恋人が自分の訪いを待っていてくれることほど、幸せなことはないだろう。
ラフィールは導かれるままに扉を閉めると、寝台の前でレナを優しく包み込んだ。彼女もまた広く逞しい背中に腕を回す。
服の上から通う熱に、種類の違う熱さが徐々にそして確実に広がった。
レナからはいつも甘くて優しい香りがする。花びらに埋もれて眠ったならば、こんな芳しい香りがするのだろうかと、ラフィールは常々彼女を腕の中に閉じ込める度に思っていた。
実際レナは、花の香油を使って毎晩肌のお手入れをしている。医師であり、優れた研究者でもあるゴードンをも唸らせるほどの植物の知識を生かし、それらもすべて手作りしていた。
でも今日はそれだけじゃない。脳天を痺れさせるほどの発情香が、ラフィールの雄を刺激する。
「大丈夫か?」
問いかけられ、レナはとろんとした眼差しをラフィールに向けた。発情香さえしなければ、風邪を引いているように見えなくもない。
女性同士では発情香はわからない。それに親しくもない男性から、「あなたは今、発情していますよね?」なんて不躾に指摘されることもほとんどない。
一般的に、発情期が来たかどうかは、まず本人が自然と気が付くべきであるし、また普通は気が付いてしまうものであった。そうした事に疎いレナは、それすらもあまりわからなかっただけで……。
酒場であだっぽいお姉さんが相手ならともかくとして、発情は女性の生理現象だから、本来はとてもデリケートな問題なのだ。恋人同士でもない限り、著しくデリカシーを欠いた人間でなければ、そのような話題を振ることはない。
「はい。たぶん……大丈夫です。でも……喉も頭も痛くないのに、身体だけがすごく熱くて……。特に身体の奥の方が……おかしいんです……」
レナは困ったように呟いてから、体温を確めるためなのか、首筋や頬、額といった身体中のあちこちを、自分でペタペタと触っている。
ラフィールは紳士然とした振る舞いで、落ち着かない様子のレナを寝台に座らせた。メアリ婆さんがゴリラ娘が来ると勘違いした結果、彼女の寝台はわりと広い。
レナにとって初めての夜を始める前に、ラフィールには彼女に伝えるべきことがあった。
「今日はお前に渡したいものがある」
そうして彼は懐から、天鵞絨張りの小さな箱を取り出した。
「これは……?」
戸惑うレナの手に、ラフィールは夜の色の小箱を強引に握らせる。
「開けてみろ」
「はい」
馬の蹄が鳴ったような、小気味の良い音と共に蓋が開いた。
「指輪……。まさか、私に?」
「お前以外に渡す相手なんて、いないだろう」
ラフィールは苦笑したが、その声は蜂蜜よりもずっと甘い。
中から出てきたのは、真白いサテンのクッションに浮かぶ白金の指輪。
レナは宝飾品の類いはわからないけれど、父が常に身に付けていた指輪と、おそらく同じ種類のもの。
それは、今は亡き妻と誓った、永遠の愛の証。
「レナ。手を」
ラフィールは柔らかな曲線を描く指輪を、長い指でそっとつまみ上げた。レナの左手を自分の方に引き寄せて、ほっそりとした薬指にはめてやる。それは誂えたように華奢な指にしがみつき、控えめながらも清冽に、その存在を主張した。
「シンプルなデザインだから、仕事中でも付けられるはずだ」
薬指で輝く指輪を、ただ呆然と見つめるレナ。
「でもこんな高価なもの、いただけません……。それに……これって……まるで……」
レナは続く言葉をギリギリのところで飲み込んだ。「結婚指輪」という響きは、眩しいくらい神聖で、悲しいくらい重たくって、簡単に口になんて出してはいけない言葉だと、夢見るレナは思っていたから。
ラフィールは淡い栗色の髪を一房掬い上げて、口づけを落とした。それから指輪をはめた左手の薬指にも。
「俺は、お前と添い遂げたいと思っている。幸せな家庭を……孤児だった俺に、くれないか?」
レナは泣きそうだった。幸せな涙が溢れてくる。
「ごめんなさい、ラフィールさま……」
うれしい。うれしいのに。
頬を伝う涙はほろ苦い味がした。
「私には、この指輪をはめる資格なんてないんですっ……! 私は……本当は……。本当の、私は……」
レナの心が悲鳴をあげる。すべてを話してしまえば楽になれるのに。それはどうしてもできなかった。
うさぎの獣人の存在が世間に広く知れたら、レナの故郷ラビアーノの皆は一体どうなってしまうのか。
レナだって、いつまでも変化の丸薬を飲み続けて生きることはできないのだ。ありのままの姿で生きられる場所はラビアーノだけ。
もしすべての真実を明かした上で、ラフィールをレナの故郷に連れ帰ったとしても、里の皆は狼の彼を受け入れてくれるのか。
いや、そもそも騎士の仕事に誇りをもち、親子のような絆で結ばれている敬愛する領主に仕える立派な彼を、あんな鄙びた場所に連れて行くのは、結局誰のためにもならないのではないか。
それ以前に、嘘を重ねていた事実は、ラフィールの気持ちを変えてしまうかもしれない……。
レナの思考は悲劇的な結末へと堕ちていった。
このフォレスターナの国が変わらなければ、彼女はこの恋を選べない。
ラフィールはとめどなく流れる恋人の涙を、親指の腹で拭ってやった。
レナの涙の意味が、彼にはわかる。
つまりはレナはもう本気で、自分を愛しているということ。
想い合う気持ちの大きさは、2人ともまったく同じであるということ。
ラフィールは今、それらの確信を手に入れた。
この物語に付き合ってくださる方に心からの感謝を。
ブクマや評価をしてくださった方、本当にありがとうございます(*´∀`)
ようやく2人は、肉体的には(言い方……)結ばれますっ!
ここまで長かったですよね(;´д`)




