48 謎の気配
後半部分、レナへの愛が深すぎて、ラフィールが鬼畜です。注意してください。
「来た? 何が、ですか?」
「夜になるまでは教えない」
レナは教えてくれないラフィールが少しだけ恨めしかった。
彼もまた、むくれる様子までも骨董人形のように愛らしい恋人が、憎らしくて仕方がない。
(俺がレナを想うほど、コイツは俺のことを好きじゃないんだろうな)
彼の中に湧き上がるのは、悲しみよりもむしろ怒り。
レナの秘密を知ってから、ラフィールは今までのようにのんびりと事を構えてはいられないと思っていた。
うさぎの獣人であることがどこぞの貴族に伝われば、妙齢のレナなんて、あっという間に囲われてしまうだろう。当人同士の気持ちなど権力の前には時として無力だ。そういった類いの話なら、掃いて捨てるほど、この世の中には溢れている。
だからこそラフィールは、レナが簡単に彼と共に生きる未来を諦めてしまうことが許せなかった。予想される困難に、手を携さえて立ち向かうパートナーであってほしいのに、肝心の彼女がこれでは先が思いやられる。
ラフィールの焦燥を知らないレナは、一方的に唇を奪われた事実はさておくとして、細い肩を縮こまらせて謝罪した。
「もしかして今のキスで、ラフィールさまにも風邪をうつしてしまったかもしれません……。ごめんなさい」
ラフィールがほしいのはお詫びじゃない。愛を貫く固い意志が見たいだけ。
熱の正体を知る彼は、無意味な謝罪を受け取ると、大きな大きな溜め息を漏らした。
「責任を感じるなら、今夜は最後まで付き合えよ」
「最後まで?」
レナは一瞬、思案する。
「あ、でも何時まで……」
「は? 初めてのくせに時間を気にするとは、随分と余裕があるじゃないか」
レナとラフィールは幾度も、互いに触れ合い関係を深めてきた。けれどもラフィールはいつも自制心が崩れるかなり前の段階で別れるようにしていたから、朝までどころか、日付が変わるまで一緒に過ごしたこともなかったのだ。
ラフィールの額にバキバキと青筋が入る。ロディとの実験で日付けが変わる頃に薬の効果が消えることはわかっているが、今レナに心配してほしいのは、そっちじゃない。
「安心しろ。明日も仕事が早いから、お前が起きる頃には出ていってやる」
「そう、ですか……ほっ」
場の空気を読まずに安堵したレナを、ラフィールは据わった目で見下ろした。
「そんな言葉を吐いたことを後悔するくらい、今日はお前をめちゃくちゃにしてやるからな。本当に覚悟しとけよ」
レナは不穏な言葉に目を見開く。
「めちゃくちゃ……って、いつもみたいに優しくしてくださいっ……!」
「優しくはするけど、手加減はしない」
「意味がわかりません!」
「お前、わからないことばっかりだな。それも夜になったら教えてやる」
ラフィールはレナで遊ぶ時間が幸せだった。
この時を永遠にするためには、まずは彼女を完全に自分のものにしなければ……。
「じゃあ俺が行くまでに、寝る準備までして待ってろよ?」
「はい」
基本的にレナはラフィールに従順だ。薄桃色に染まる頬で、小さくこくりと頷いた。
そんな痴話喧嘩の後。
ラフィールは羞じらう恋人からスッと視線を移動させた。人の気配がしたのに、誰も出てこない曲がり角の向こうを睨み付ける。
(俺たちがいたから、ただ出づらくなっただけか? それとも……)
ラフィールは何だか嫌な予感がして、最後にもう一度最愛の少女を強く強く抱きしめた。あの角の向こうにいたのは誰なのか、それは結局わからないまま……。
* * *
王都を立ったあの日。
疑問を抱えたまま足を運んだ宝飾店で、ラフィールは女物の指輪を買った。品が良く高価な指輪には、彼の深い気持ちが籠められている。
レナの秘密を知っていることを本人に突き付けるならば、逃げ場を塞ぐ方が先だろう。
(本当は孕ませてやりたいけどな)
ラフィールはレナの部屋に向かいながら、そんな危険なことを考えていた。
(避妊効果もあるあの丸薬を、あいつが飲み続けている限りは無理か……)
ちなみにロディには丸薬の効果については、鉄拳制裁をちらつかせて沈黙を約束させた。
レナは古風なタイプだ。ウォルスタの街に住む年頃の女であれば誰だって憧れる、この出会いに溢れた華やかな職場でも、彼女にはまったく浮わついた様子は見られない。
ひたすら働いて、休憩時間はメアリ婆さんやゴードンたちと過ごし、夜は部屋に引き込もって本を読んでいるような地味なタイプの女なのだ。
もし自分が女で、あれほどの容姿をもっていたとするならば、もっと男と遊んで、乱れた青春を謳歌していただろうに……。
このまま1人の男のものになるには勿体ないような気もするが、そういうレナだからこそ、ラフィールは彼女を溺愛していた。絶対に、誰にも渡したくない。
(やっぱり抱くのが一番だな。ああいう古くさいタイプは、処女を捧げた相手と添い遂げることを選ぶだろうし……。それでも駄目なら、監禁して薬を断たせた上で孕ませるか……)
ラフィールはついに、レナの部屋の前までたどり着いた。
レナ「長老っ! ラフィールさまが、まだ監禁案を捨てていませんでした(泣)」
長老「作者が鳥籠エンドが好きなんじゃ。諦めるしかないぞい」
レナ「そ、そんな……(崩れ落ちる)」
☆ 鳥籠エンドではないので、安心してお読みください。




