47 抑えきれない発情香
いつもは朝に更新するのですが、内容が内容なので夜更新です。ニヤリとしてね♡
現在、レナは変装をしていない。しかし領主の耳にも入るほど「ラフィールの女」として有名になったおかげで、お月見の宴のときのような、危険な目に遭うことは無くなっていた。
それどころか、声を掛けてくる男性すらほとんどいない。レナが話す異性と言えば、年齢層高めの東棟の古参の使用人たちか領主のみだ。
先輩メイドが肉食の騎士たちから色っぽい誘いを受ける中、恋人が不在のときのレナは、ゴードンやメアリ婆さんと渋めのお茶をすすりながら干菓子をつまむという、何とも枯れた日々を過ごしていた。
尤もレナとしては、陽当たりのよい場所でのんびりと過ごす時間に、何の不満もなかったのだけど……。
それなのに。
ラフィールが登場しただけで、レナの日常は一変する。
レナは逞しい腕に囲われて、貪るように口付けられて息さえもできなかった。息継ぎの仕方も舌の絡ませ方も、何もかもラフィールに教えてもらったのに、今日は何も導いてはくれなくて……。
ただただ、激しく奪われる。
(ラフィールさまっ……!)
廊下の壁を背中に感じ、縫い付けられた左の手首は痛いくらい。もう片方の手でがっちりと後頭部を押さえられていたレナは、身動きもできなかった。
思考を瞬く間に溶かす情熱的なキス。
(俺の匂いがしない)
ラフィールはひどく苛ついていた。
レナから自分の匂いがしないから。
完全にマーキングするためには情を交わす必要がある。久しぶりの再会であるし、キス程度では毎日しない限り匂いは消えてしまうのだ。そんなことはわかっている。
でも今の彼は、そのことが無性に許せなかった。
(お前を、逃がさない……)
ドクターストップがかかる程度の怪我をしていたし、特に処女の場合は発情期が来ないと痛みが増してしまうから、ラフィールなりに最大限気を遣い、真綿でくるむよりもずっと大切に扱ってきたつもりだった。
ゆっくりと時間をかけて、幼い恋人を愛で育てようと思っていたのに……。
それなのに愛し合っているはずの少女から、「遊び相手」だの「里に帰る」だと無神経に言われると、流石に馬鹿らしくなってきた。
破瓜の痛みがどれほどだろうが、泣き叫んですがればいい。他の男に泣かされるのは面白くないが、自分が与えるもので泣かせるのは、それはそれでこの上なく愉快ではないか。
ラフィールはそんな危険な思考に陥っていた。
彼のものでもない、レナの纏う純粋な香りが、いつもと違うことに気がつくまでは。
レナの腰が砕けた頃に、ラフィールは唇を離した。
潤んだ瞳の奥に揺れる欲情の熾火。清らかな美貌から漂うハッとするような妖艶さ。濡れた声に甘い吐息。しなだれかかる柔らかで華奢な肢体。
白く細い首筋に喰らいつきたい衝動に駆られる寸前で、ラフィールは人の気配を感じて止まる。
「ラフィールさま……?」
未練と切なさを滲ませて、レナは苦しいほどの愛情を与えてくれた相手を呼ぶ。
「俺から逃げられると思うなよ」
力の入りきらない恋人を支えながら、ラフィールはレナの耳元で囁いた。迫力があるのにどこか甘い声で脅してやる。
恋人にするような態度ではないかもしれないが、わからず屋のレナにはこれくらいは許されるだろう。
「遊びで手を出したつもりはない。ふざけるのも大概にしろ」
怒られたレナは小さく身体を震わせた。
「もう、言いません……」
蕩けきった無垢な瞳で見上げられ、ラフィールはまた理性の手綱を握り直した。天使のような彼女から、いつもと違う香りがする。
清楚なシャボンに紛れて薫る、優しいのにひどく官能的な甘い芳香。それは男を酔わせるとびきりの美酒。
(この香りは……間違いない)
ラフィールにはすぐにわかった。薬で抑えているはずのあの香り。しかも以前よりもかなり強い。
「お前……。身体は熱くないのか?」
レナは驚いた顔をして、それから前髪に隠れた形の良い額に手を伸ばした。
「やっぱりお熱があるんでしょうか? 今日は特に身体が火照って……」
熱い手では、額の熱なんてわからない。
(風邪かしら? 最近あまり眠れなくて熱っぽいのよね)
額をコツンと合わせたときに、敏いラフィールは気が付いたのだろうか。
レナはぼんやりと考える。近頃また、妖しい夢を見ることが増えてきた。
発情期を来ないようにする薬はない。
あるのは平時の発情香を抑える薬と、発情の欲望を散らす薬のみ。
本当の発情期が来てしまえば、発情香は抑えられない。
「フッ。やっと来たな」
そう呟いたラフィールの口調は、何だかとてもうれしそうだった。




