46 再会
騎士たちが拠点とする西棟の廊下を、ラフィールは足早に歩いていた。隊長を務める第5隊の巡視や明日の準備など、彼の仕事は出張を伴う任務の後でさえも非常に多い。
既に空は茜色に染まっていた。他の騎士たちよりも一足早く仕事を終えて、自室へと向かう途中。ちょうど階段のある曲がり角にさしかかったときだった。
「ラフィールさま!」
背後から届いたのは、天使の鈴もかくやという澄んだ声。
振り向けば、ワゴンでリネンを運んでいるレナがいた。足を止めてくれたラフィールに追い付くため、彼女はキコキコと車輪の音を響かせながら彼のもとへとやってくる。
「お帰りなさいませ」
「ただいま」
ピンと立つ犬の耳。ふりふりと揺れる犬の尻尾。いくら見てくれを偽ったところで、恋する気持ちは誤魔化せない。
ラフィールは屈んで、そしてレナは精一杯背伸びをした。どちらともなく腕を回して互いの存在を確かめる。
「こんなところで偶然お会いできるなんて……」
「俺も今、同じことを考えていた……」
額と額をコツンとぶつけ、間近で視線を絡ませれば、離れていた時間が忽ち甘い幸せに塗り変わる。
「もう怪我は治ったのか?」
色気と安堵を溶かして、ラフィールが囁いた。
「はい。おかげさまですっかり良くなりました」
「そうか。とても心配していたんだ」
「もしよろしければ、確認してみますか?」
2人だけの世界で微笑むレナ。やおらスカートの縁を摘まんだので、ラフィールは慌てて彼女の手を包み込んで止めさせた。
「後で見せてもらうから、ここではやめろ。頼むからやめてくれ」
服から出ている部分はともかくとして、長いスカートに隠された膝をこんな場所であられもなく露出されては困るのだ。怪我を自慢する子どものように、レナはあまりわかっていない。
練絹のような肌の白さは、若いラフィールの理性を容易く焼き切ってしまうことも。久しぶりの再会は彼を既に昂らせていることも。獰猛な狼の彼が考えていることも、何もかも。きっと彼女はわかっていない。
「……それよりもお前、西棟でも働くことになったんだな。それに領主さまにも会ったと聞いた」
レナは小さく頷いた。
「はい。メアリお婆さまに頼まれて、中央棟やここ西棟でも働くことになりました。領主さまは一見怖そうに見えますが、とてもお優しいお方ですね。怖いですけど、たくさん話しかけて下さいますし。怖くても……」
「……どれだけ怖がってるんだ。でもレナ。そんな怖い相手と一体どんな会話をしているんだ?」
「うふふ。気になりますか?」
レナは宝石のような瞳を瞬かせ、それから悪戯っぽく微笑んだ。
「話題のほとんどが、ラフィールさまのことですよ。領主さまはラフィールさまのことが大好きみたいで」
領主から特別に目をかけられている自覚は彼にもあったが、うさぎの可愛さについて取るべき反応を間違えたばかりだから、もしかすると若干評価は下がっているかもしれない……。
そんなことを考えて、ラフィールは遠い目をした。
「あと……」
恋人の憂いには気付かぬレナは、指先でワゴンの持ち手を弄ぶ。羞じらいゆえに落ち着かない。
「私たちがお付き合いしていることについても、お話があったんです」
照れているせいか要領を得ないところもあるけれど、レナの話をまとめるとこうだ。
領主があまりにもレナを指名するので、レナとラフィールの恋を応援しているメアリ婆さんとしては、気が気ではない毎日を過ごしていた。しかも領主の妻公認。
メアリ婆さんはこのままレナが寝所にまで侍らされるのではないかと、ひどく心配になっていた。もとより人柄に優れ、跡継ぎに恵まれない領主の妻に同情的だったメアリ婆さんは、この事態を放っておくことはできなかった。
英邁闊達な領主は、下々の意見にもしっかりと耳を傾ける。たとえそれは若く美しい女に溺れていたとしても変わるまいと、メアリ婆さんは無礼なことは百も承知で直言したという。
すると領主は不快感を露にして、メアリ婆さんに説教を始めたそうな。
「怒らせたのか?」
「はい」
ラフィールは「俺と一緒だな」と勇気あるメイド頭に同情した。
一方でレナは頬を上気させ、ちらちらと上目遣いでラフィールの様子を伺う。
「実は……領主さまは……その……メアリお婆さまに宣言されたそうです。ラフィールさまと私の交際を全力で応援していると。邪推して2人の恋を汚すことは、何人たりとも許さないって……」
恋に浮かれるレナはただ単純にうれしかった。しかしラフィールは言葉の裏にある意味を探す。
(領主さまはなぜ、俺たちにそこまで肩入れをするんだ?)
ラフィールの眉間に深い皺が刻まれた。
重たい沈黙とその態度は、初めての恋で勝手のわからないレナを誤解させるのには充分だった。きゅっとワゴンの持ち手を握り、か細い声を震わせる。
「ごめんなさい……、ラフィールさま……。そうですよね……。私との付き合いをそんなに応援されても困ってしまいますよね……」
レナはしょんぼりと俯き、唇を噛み締めた。涙までも出そうになるが、それは何とか堪えながら。
彼女はぎこちない笑顔をつくって顔を上げた。
「私は薬がなくなれば里に帰らなければいけない身。ラフィールさまとの未来を、夢見る資格は……ないですよね……」
「は?」
「私のことは……束の間の遊び相手だと思っていただければ……」
ラフィールはうんざりした。遊びのつもりなら、こんなに時間をかけて愛を深めたりしない。そんな簡単なこともわからないレナに苛立ちが止まらない。
「言いたいことは、それだけか?」
「え……ラフィ……っ!」
聞きたくもないその先を、ラフィールは荒々しく唇で塞いだ。
夕方になりましたね(*´∀`) うふふ




