44 血の繋がらない息子2
まどろっこしい展開ですみません。見捨てないでください(弱気)
ラフィールは領主から温かい言葉を掛けられて、少年のように照れてしまいそうだった。
それでも表面上は取り繕って、あくまでも領主に忠誠を捧げる一騎士として、感情を表に出さないように抑制する。
そもそも血の繋がりを重視するこの国では、赤の他人のラフィールが、領主の跡を継ぐことは不可能だ。
勇敢なる若き騎士に贈られた言葉は、散りゆくだけの虚しい花。いくら気持ちを込めて伝えようとも実のなることは決してない。
そのことはラフィールもわかっていたし、誰よりも領主本人がよくわかっているはずで……。
それにしても領主に跡継ぎがいないのは、非常に由々しき問題であった。
領主として機能不全になった段階で、国は領地を接収し次なる領主を中央から送り込むのだが、現国王に任命される人間になんて、塵ほどの期待も持てそうにないのだから困ってしまう。
宮中に蔓延る佞臣たち。コネだけで出世する貴族の子息。現実を受け止められない国王と後継を争って足を引っ張り合う王子たち。
森と湖の美しい国フォレスターナは、水底に汚泥が溜まるように、少しずつ確実に腐っていた。
その泥濘は人々の歩みを重くするだろう。悪臭を放つ泥の沼で見る夢が、明るいとは思えない。
狼の領主はまだ不惑を過ぎたばかりの男盛りではあるが、このまま後継問題を放っておけば、この辺境の地の先行きも、必ずや暗いものとなるだろう。
妻に不都合があれば愛人を。
娘がいれば婿養子を。
息子どころか娘もなく、愛人ももちたくなければ、血縁の者を養子として迎えれば良い。
ところが狼の領主には息子どころか娘も、そして養子に迎えられそうな血縁の者すら、ただの1人もいなかった。更には妻を愛するがゆえに愛人をもつことも拒否していた。
古来より男子しか後を継げないフォレスターナの貴族社会では、愛人は血統を守るための必要なこととされている。
だからこそ流行り病で多くの人間がその生殖能力を失ったとき、多産で従順なうさぎの獣人を国が管理するという、世紀の愚策が採られたのだ。
* * *
無表情を更に押し殺していたラフィール。
そんな彼に領主が続けて掛けた言葉は、あまりにも意外なものだった。
「お前に恋人が出来たと、館中の女たちが騒いでおった」
「…………」
ラフィールは内心で舌を巻く。想像以上に情報が早い。
しかし時として複雑な騎士たちの恋愛事情に、領主は今まで口を出してきたことはなかったはずだ。それなのに今回に限り、首を突っ込んでくるのはなぜなのか?
ラフィールは傷の走った強面の顔に答えを探す。話題の俗っぽさに反して、領主の顔は真剣そのものだった。
「噂は真ではないのか?」
「……いえ、本当です」
隠すようなことではないので、ひとまずラフィールはその事実をはっきりと認めた。
すると領主はあからさまに頬を緩める。「良かった」と顔に大きく書かれているような、そんな満面の笑み。
「私もその娘に興が湧いてな。実は先日メアリに命じて、私の前に連れてこさせたのだ」
「レナを、ですか?」
伝令のため不在にしていた間に、そんなことがあったとは。
ラフィールは予期せぬ事態に驚いた。
「妻も、許してくれたしな」
「……奥方さまが?」
ラフィールは続く言葉に警戒する。妻の許可を得て、レナをわざわざ呼び出して会った意味。
「愛人」という淫靡な言葉が、彼の中で急速に存在感を増していく。
しかし……。
「素直な瞳が美しかった。お前に相応しい娘だと思う。大切にしてやりなさい」
そうにっこりと祝福され、ラフィールは拍子抜けした。
(ああ、そうだ。領主さまはこういう人だ)
ラフィールは、領主が統治者として優れ、人情に篤く、誠実で真面目な人柄であることを知っている。
「ありがとうございます。彼女のことは私の一生をかけて大切にするつもりです」
領主にレナを見せたくないと、考えてしまった自分が嫌になった。これ以上の長居は、避けた方が良さそうだ。
「それでは今度こそ失礼いたします」
ふとそのとき、退室を認めて頷く領主の机の上に置かれたペーパーウエイトに、ラフィールの目が釘付けになった。
人参を抱えている小さなクリスタルのうさぎ。
それは少なくとも今までの領主の趣味ではない、愛らしさを凝縮したような目映いもの。
領主は目敏く、ラフィールの視線の先に気がついた。
「これか? 可愛いだろう」
領主は見せびらかすように、うさぎをゴツい掌にのせる。
窓から射し込む陽光に、尖った長い耳と丸い尻尾が縁取られて、キラキラと美しく輝いていた。
まさかの、領主うさぎ大好き疑惑。




