41 秘密が暴かれるとき
ロディはポンっと手をうった。
「そう言えばラフィールって、よく野うさぎの丸焼きを食べているよね。塩をふっただけのシンプルなヤツ」
「ああ。うさぎならどれだけでも喰える気がするな」
ラフィールたち騎士は身体が資本だ。たっぷり食べて、逞しい身体をつくることも大切な仕事のうち。
そしてそんな彼らにとって、良質なたんぱく質は必要不可欠な栄養素であり、淡白な味わいと上品な甘さを特徴としているうさぎ肉は、肉食の獣人たちの間で人気の食材の1つだった。
「「…………」」
そしてまた訪れた沈黙。ロディは悩ましげに嘆息する。
「いや、僕は食料的な肉の話じゃなくて、どんな獣人の女の子が好きか聞いてるんだけど……。わざと誤魔化した?」
ラフィールはもう、答えるのも面倒くさかった。
「だから相手の種族は気にしないと、さっきも言ったはずだ」
「例のレナちゃんは?」
しかしレナのことを持ち出されるとラフィールは少し弱く、くだらない質問も無下にはできなくなってしまう。
「彼女は……目が合った瞬間に、連れ帰って首輪をつけたくなるくらいの、庇護欲をそそる小さな犬だ」
「うわ。危なっ……。ラフィール、そんなこと言っちゃうんだ……。領主さまに仕える騎士が監禁とか、絶対にダメだからね?」
サッと身を引いたロディを尻目に、ラフィールは真剣な様子で呟いた。
「監禁は有りだな」
「おいおい」
「逃がしたくないんだから仕方ないだろう? あんな子はもういないと思う。それくらい気に入っているんだ」
しなやかで柔らかな身体。陶器のような白い肌。むしゃぶりつきたくなる衝動に、今まで何度ラフィールは耐えたことか。素直な反応も、吐息まじりの甘い声も、レナのすべてが彼を煽って仕方がない。
先日負った彼女の怪我は、それほどかからずして癒えるだろう。通常の状態でも愛し合うことはできるけれど、可愛い恋人の負担を考えれば、発情期を迎えるのを待ちたかった。
無垢な花を手折るには、ラフィールもそれなりに気を遣う。ましてやこれからもずっと愛でていくつもりの、大切な花なのだから。
「重症じゃん……。まさか君がそこまで……」
「かもな」
「否定しないんだ?」
ラフィールはもう何も言わなかったが、それは何よりも明解な答えだった。
実験用の鼠も食べてくれなかった如何にも不味そうな丸薬を、ロディは硝子製のシャーレに入れて机に置いた。
研究のために砕いたりしたから、残りは僅か一粒のみ。
もし容姿を変えられる薬があるとしたら、それは世紀の大発見だ。あり得ない。あり得ないけれど……。
黒くて小さな丸薬が、男たちの眼差しを吸い寄せて、狭い容器の中で転がった。
「あのさ、最終手段なんだけど」
凪いだ海のようなロディの声に、ラフィールはゆっくりと顔を上げる。
「飲んでみれば効果がわかるかもしれない。僕が試しに飲んでみようか?」
「いや、お前が飲むくらいなら俺が飲む」
そんな原始的な方法を、レナとは無関係の友人に試させるわけにはいかなかった。しかしロディは譲らない。
「君は図体が馬鹿デカいから僕が飲むよ。一粒しかないんだ、万が一効かなかったら困るだろう?」
ロバ特有の長い耳をぴょこりと動かしたロディは、おどけたように薄い肩を竦めて見せた。それから慎重に丸薬をつまみ上げる。
「じゃあ、早速。いっただきまーす。……うーん、匂いからして不味そうだ」
レナは噛んで服用するのだと、ウォルフの街へ向かう道中でラフィールに教えてくれた。水がなくても、いつでも必要なときに飲めるということも。
ガリッ。
ロディは思わず顔をしかめた。
ガリッ。ジャリッ。
コーティングが割れたような音がして、中から苦くて異様な味がする砂のようなものが溢れてくる。
小石を食べたような歯触り。強烈な不快感。
あまりの不味さにロディは屈服して膝を折る。
「おい?! 大丈夫か?!」
ロディの肩を揺らし、ラフィールが叫んだ。
神が与えてくれた姿を変えるとすれば、これくらいは耐えるべき試練なのかもしれないが、水で流し込めないのがまた辛い。
「あー、ごめん、ごめん……。本当にまずくてさぁ……」
友人に心配をかけまいと、へにゃりとした覇気のない笑顔を拵えてロディは軽く謝った。
「君のレナちゃんは、よく毎日こんなのを飲んでるね……。それだけでも相当な精神力だ……。次会えたら、褒めてあげて……?」
線の細い身体をラフィールに支えられ、ロディは長椅子に横になった。研究室で寝泊まりするときに使う薄っぺらいブランケットにくるまって、薬効が現れるのをじっと待つ。
ロディが身体に異変を感じたのは、それからしばらく後のことだった。
「ぐわぁー!!」
長椅子に丸まっていた彼があげた、突然の奇声。
「! 大丈夫か!?」
「うぐっ。あっ…熱い。身体が、熱い……!」
まともに話すこともできず、のたうち回る姿はただ哀れ。ラフィールは友の身を案じずにはいられない。
「お前には合わない薬だったのかもしれない! もういい! 吐けっ!」
ロディは細胞の一つ一つが沸騰するような未知の感覚と、今必死に戦っていた。
彼は頭からブランケットを被ると、内側からそれを引きちぎるようにして噛み締める。耳が痛くて、ちょうど尻尾が生えている辺りがむず痒い。
「ぎゃぁー!!!」
「ロディ?!」
研究室に谺する、断末魔のような悲痛な叫び。
ラフィールはロディを包むブランケットを、力任せに剥ぎ取った。
そして己の瞳に映った光景に、言葉を失い愕然とする。
「お前……その姿は……」
レナ「ラフィールさまの前で獣型になってしまったら、きっと私も塩をかけられて……(ぷるぷる)」
長老「レナよ。この作品の隠されし真のタイトルを知っておるか?」
レナ「真の? 教えて下さいっ(ドキドキ)」
☆ご案内 今後とも「俺の彼女は非常食~発情中のうさぎメイドは狼騎士に食べられちゃう?!」をよろしくお願いいたします。
レナ「非常食!Σ( ̄□ ̄;)」
☆冗談です。