34 月の妖精
明けましておめでとうございます(*´∀`)
レナは男の発言に引っ掛かりを覚えた。
(マーキングされていない?)
マーキングされたいがために、レナはラフィールと踊っていた訳ではなかった。打算なんて何もなく、ただ彼と踊りたかったから踊っただけ。
しかしあれだけ抱え込まれるように密着して踊っていたのに、マーキングされていないとはどういうことなのだろうか。
(男の人にぎゅってしてもらうだけでは……ダメだったの……?)
マーキングとはもっとずっと親密な男女の行為。褥を共にする必要があることを、レナはまったく知らなかった。
「仕方ねぇな。あの隊長さんのかわりに、俺たちが遊んでやるよ。身体はそれなりに大人なんだろ?」
舐めまわすような視線に背筋が凍った。月に雲がかかり、男たちの陰鬱な笑みがより一層暗くなる。
「来ないで、ください……」
レナは震えながら懇願するが、聞き届けられる訳もない。
ラフィールの女に手を出すのはリスクが高いと、男たちも思っていた。しかしマーキングされていないレナに貼られたレッテルは「フラレたばかりの哀れな女」。
レナとラフィールが心を通じ合わせて踊っていたことなんて、酒で濁った不良狼の目にはまったく映っていなかった。
男たちの魔の手がレナに迫る。
「たくさーん慰めてやるからよぉ」
「いや、来ないで……」
レナの踵がコツンと噴水にぶつかった。もともと今立ち上がったばかりなのだ。仰け反るようにした脚も、その縁にかかって後がない。
「あ……」
(逃げられない……?)
目の前の男たちは下卑た笑いを浮かべていた。
「お前みたいな地味な女を楽しませてやるんだからよ。逃げるなよ」
「今日はそういう夜だって」
「そこらへんで簡単に済ませるからよ」
前にも右にも左にも、欲望の牙を剥き出しにした狼の男、男、男。
退路を断たれたレナは助けを求め、壁のような男たちの隙間から周囲を見る。
そこにはまだ、レナの騎士はいなかった。
ひどく酔っ払った狼の騎士たちを恐れ、遠巻きにする観衆たち。ダンスや飲食に夢中で気がつかない者も多かった。
そして最悪なことに、ラフィールたちまともな他の騎士たちは、さっきの喧嘩の様子を見に行ってしまったのか誰もいない。
レナは自分で何とかしなければいけないことを悟り、前を向いた。
体格の違う男たち3人を相手に、まともにぶつかって勝てるとは思えない。取るべき手段は限られていた。
「勿体ぶってないでこっち来いよ。……っておい待て、逃げるな!」
追い詰められたレナは薄い噴水の縁に上がって、この場から逃れようとする。
「こ、来ないでっ」
「ちっ、暴れるな!」
きつく縛ったお下げ髪と濃紺のロングスカートが、慌てた男たちに引っ張られた。
「きゃ!」
「「「うわっ!」」」
するするとほどけていく髪と、傾いでいく線の細い身体。スカートの裾がわずかに広がったその刹那。
パッシャーン
水音が響き、月夜に飛沫が派手に舞う。
周囲がどよめき、ついに誰かが助けを呼んだ。広がる波紋の中心には、可哀想なレナが横たわる。
身を捩って懸命な抵抗をした結果、バランスを崩して上半身から落ちてしまったのだ。
「やべぇぞ」
「さすがにやり過ぎたか」
「でもこの女が勝手に落ちただけで」
さざ波のような動揺が辺りに広がる。
(寒いし……痛いわ……)
落ちたときに咄嗟についた手が痛い。膝もしたたかにうちつけた。メアリ婆さんから外さないようにと、固く指示されていた眼鏡もどこかに飛んでいってしまったらしい。それにこの季節の水は手足の感覚を奪うほどに冷たかった。
ほどけてしまった髪と水浸しのメイド服。
背中の中ほどまである髪もかなり濡れてしまったが、それ以上にメイド服が身体にぴったりと貼り付いて気持ちが悪い。
寒さと痛みに震えながら顔を上げると、いつの間にか月にかかる雲が消えていた。
眩しいほどに明るい月……。
そして次にレナの目に映ったのは、呆然と自分を眺める人々の姿だった。
* * *
男たちも含めて、この場にいた者たちは一斉に息を飲んだ。
濡れたメイド服が描くのは、少女から女性へと成長する過程の危うい曲線。分厚い眼鏡に隠されていたのは、人形のような精緻な美貌。
揺らぐ月の中に座り込む美しい少女。
その姿はまさしく月の妖精だった。
変わらない噴水の音も、軽快な音楽も、賑やかな人々のざわめきも今や何もかも遠かった。皆、何の言葉も紡げずに、誰もが固まって動けない。
時が、止まっていた。
長老「この世界の月は1つじゃが、とぉーい国の月よりも大きいんじゃ。それに月には不思議な力があるとされていての。3バカ狼は酒と月に飲まれてしまったようじゃ。普段は大分まともらしいぞ。一応は奴らも騎士のはしくれだからな」
レナ「そうなんですか……。でもとても怖かったです……」
長老「うむ。でも辛いことのあとは、蕩けるような甘い展開が待っているのじゃ!」




