33 幸せの後の大ピンチ
ラフィールはレナの腰をさりげなく抱いて、開けている場所まで誘導した。
やや狭い石畳の広場は長方形で、今夜は寄り添って踊る男女で溢れている。中央には噴水があり、揺らぐ水面には明るい月が映っていた。小さな泡が浮かんでは、やがて儚く消えていく。
布地越しに感じるラフィールの手の感触。その力強さが心地よい。
好きな人が会いに来てくれたこと。あの日が最後ではなかったこと。
夢のような現実に、レナの胸は既に一杯になっていた。
狼やうさぎの獣人は夜目が利くが、目の悪い種族への配慮から、月の光を補うように各テーブルにはランプが置かれ、至る所で篝火が焚かれていた。
喧騒の中で、半歩先を行くラフィールが立ち止まる。
「レナ」
名前を呼ぶ彼の声は甘く優しい。
ラフィールは跪くと、彼女の手を恭しく掬い上げてそっと口付けを落とした。吐息が当たれば肌に熱が広がって、駆け上がる鼓動で胸が痛い。
「お手をどうぞ。お姫さま」
ラフィールは今、レナだけの騎士だった。
夢見心地に言葉も失くしてしまったレナと、大人の余裕を漂わせ、ゆったりと立ち上がるラフィール。
彼はレナの右手を自分のものと絡ませて、もう片方の手を自らの腕に沿わせた。
宴に招待された街の楽隊。彼らはフォレスターナの国に昔から伝わる円舞曲を奏でている。
故郷ラビアーノでも祭りのときには老若男女集まって、この旋律に合わせて踊ったものだ。軽快なリズムなのに、弦楽器の音色が郷愁を誘う美しい曲。
「踊ったことはあるんだろう?」
「はい」
レナはラフィールのリードに身を任せ、ステップを刻み始めた。
絡められた指先から通う熱が擽ったい。大きな手に包まれると緊張するのに安心する。
月明かりの舞台で2人は夢中で舞い続けた。
笑顔が零れ、離れていた時間を無くすように固く指を繋げて身体を密着させる。巧みなリードはレナに羽を与え、息の合った動きは親密さを周りに見せつけているようだった。
レナはこの耀ける瞬間を切り取って、永遠の額縁に入れてしまいたいと思う……。
しかしその幸せの幕切れは、あまりにも呆気ないものだった。
少し離れた飲食スペースから聞こえてくる、男たちの怒声と食器が割れる音。そして女性の甲高い悲鳴。
ラフィールは眉間に皺を寄せた。
「……騒がしいな。喧嘩か?」
今夜は無礼講の宴であり、酒が入ればトラブルはつきものだ。酔いが回った頃合いに、毎年どこかで喧嘩が起きる。もともと肉食の獣人は平素から気性の荒い者が多かった。
そして揉め事となれば、警備を任せられた部隊の長として、ラフィールも無視してはいられない。
「様子を見てくる。しばらく経っても俺が帰ってこなかったら、お前はメアリ婆さんのところへ戻れ。いいな?」
「……はい」
注がれる視線を鬱陶しく感じながら、ラフィールは仕事モードに切り替えた。
硬派なラフィールが女を相手にしたことが、予想以上に皆の関心を引いたらしい。喧嘩の仲裁を求める以上に、好奇心が含まれた下品な眼差しに、ラフィールは苛立ちを覚えた。
けれど捨てられた仔犬の目をしているレナを見ると、苛立ちよりも申し訳なさの方が勝ってしまう。
彼女は男の仕事と自分の存在を比べないタイプの女だ。引き止められても困るが、悲しそうに見送られるのも忍びない。
「……悪いな」
「いいえ、私のことは気になさらないで下さい」
「すまない。できればここに戻ってくるから」
ラフィールは最後にレナの柔らかな頬に愛しげに触れた。離れる体温は未練だけを残して消えていく。
後ろ姿を見送って、レナは悲しいため息をついた。
このまま別れてしまったら、次はいつ会えるのかわからない。噴水の薄い縁に腰掛けて、レナは1人で彼が戻ってくるのを待つことにした。
* * *
レナは月を眺めながらラフィールを待っていた。さみしい時間はひどく長く感じられて、夜風と噴水の水音が身体を余計に冷やしていく。尤も実際は、ほとんど時間なんて経っていなかったのだけど。
もうそろそろメアリ婆さんたちのいるシルバー席に戻ろうかと、立ち上がった瞬間だった。
近づいてくるのは酔っ払った狼の男たち。全員が青い騎士服を着崩している。
「よぉ、そこの眼鏡の冴えないお嬢ちゃん? どうやって、あの堅物の5番隊の隊長を落としたんだ?」
失礼な物言いにも、レナは咄嗟に反応できなかった。そんな初々しい態度を馬鹿にして、彼らの1人が大声で笑う。
「わはは。違うだろぉ? フラレたから、ひとりぼっちでこんなところで座ってるんだよな? 犬のお嬢ちゃん」
相当出来上がっているらしく、男たちは3人とも酒臭い。
「私は、ラフィール隊長を待っていて……」
レナは困惑しつつも、どこまでも真面目に答えた。
彼女とて酔っ払いの相手をしたことはある。
但し相手は酔い潰れた長老や、泣き上戸の父レオナール、そしてその他気のいい里の大人たちに限っていた。質の悪い絡み酒の人なんて、たった1人もいなかった。
「はーはは、あの隊長は女に興味ねぇーよ。ましてやお前みたいな地味そうなつまんねー女。身体がよっぽど良くなきゃな」
さっきとは違う狼が下品に腹を抱えて笑うと、そのままレナの匂いを嗅ぎに来た。
「!」
男に鼻先が身体に触れてゾッとする。
「なんだ、やっぱりコイツ。まだ男にマーキングされてねぇじゃん」
若い狼たちが顔を見合わせ、満月を背にニヤリと笑った。
レナ「ラフィール隊長って、女の人に興味がないんですか? 酔っ払いの狼さんがそう言っていましたけど……」
長老「そういや、今日ベーコンレタスバーガーを食べておったな」
レナ「え……Σ(-∀-;)」
おやつとして食べていただけです(笑) ラフィールはレナ一筋♡




