31 お月見の宴で彼と再会
お月見の宴当日。
釣瓶落としに日が暮れて、空に浮かぶのは明るく真ん丸なお月さま。時々流れてくる雲が月の光を遮っても、お月見にはぴったりの夜だった。
館の前に設えられた壇上に立つのはこの館の主。辺境の地を統べる狼の領主。
レナはこの日、噂の領主を初めて見た。
白と灰が混じる髪。薄い青の瞳は氷のように冷たくて、頬の上には大きな傷痕が走っている。太い首と筋肉で盛り上がった厳つい肩。服の上からでもわかる、完璧な逆三角形の肉体美。
「天をつくほどの巨大な狼」
そう噂されていた領主は、当然のことながら天まで届くほど大きくはなかった。けれど居並ぶ騎士たちよりも一回り以上大きくて、噂も納得の威圧感。
しかしメアリ婆さんや他の使用人たちの話によると、領主は頗る人柄が良く、人情味のある漢の中の漢だそうな。
やがて領主の挨拶が始まった。
領主の側には隊長の証であるマントを纏う壮年の男が控えている。その横に肩章に金色の星が1つ輝く9人の騎士たちが並んでいた。
肩章についている星の数が部隊の所属を表していて、部隊はその数字が小さいほど立場が上だ。ただし隊長職は別なので、ラフィールは領主に仕える騎士たちの中では5番手ということになる。
それは彼の若さや出自から考えれば、極めて異例のことだった。
(ラフィール隊長はどこに……)
領主の脇を固める騎士たちの中に、レナはラフィールの姿を求めてしまう。
(どこにも、いらっしゃらない……?)
領主の挨拶の最中にあまりキョロキョロと探すこともできず、レナの口から溜め息が漏れていた。
1番隊と5番隊を除く他の部隊は皆、レナたちと同じく領主からの言葉を正面で受けている。とりあえず確認できる範囲では、ラフィールも彼の率いる部隊もいないようだ。
「乾杯っ!」
地面を揺らすようなハスキーな重低音。領主の大音声が会場に響くと、人々がそれに従い杯を掲げ、月明かりにグラスが煌めく。
今宵楽しむのは、何も暗闇に浮かぶ月だけではない。
屈強な騎士。華やかに着飾った女たち。よそ行きの装いに身を包む招待客。肉を中心とした豪華な食事と溺れるほど用意されたたっぷりの酒。
図体に似合わず意外と気を遣う質の領主が、無礼講の宴に自分は不要と、その姿を消した頃。
賑やかな宴の席。その奥まった一画。
「お姉さん、いなかったね」
「はい……」
メアリ婆さんの隣の席で、レナはすっかりしょげていた。ぺたりと耳が髪につき、尻尾も力なく垂れ下がる。
メアリ婆さんの計らいで受付をさせてもらったレナはすべての招待客をチェックしたが、結局カタリナはいなかった。
ちなみに名簿にあった「カタリナ」は、姉ではなくて同じ名前のゴリラ娘。まさかの展開に動揺を隠せないレナと、大好きなゴリラ娘の登場に、興奮気味に鼻の穴を膨らますメアリ婆さん。
ゴリラのカタリナをメイドとして勧誘しようとしたところ、妊娠中であることが判明し断念した。彼女のガタイが良すぎて、妊婦であることに気がつかなかったらしい。
メアリ婆さんの落胆はともかくとして、レナの視線はゴリラのカタリナの腹に釘付けになっていた。
隣にいるご主人と笑みを交わし、膨らんだ腹を愛しげに撫でる彼女。
愛する男の子を宿し、母になる喜び。それはどれほどの幸せなのだろうか。
レナの胸がきゅっと切なく締め付けられた。
勇気を出して外の世界に来たけれど、未だ姉は見つからない。
そして外の世界で見つけられた恋は、諦めなければいけない。
心が、泣いているような気がした……。
「アンタの作った団子、ほんのり甘くて美味いねぇ。なんのタレもかけない団子なんて、味はあんまり期待してなかったんだけど……もぐもぐ」
お月見団子を頬張るメアリ婆さんの声が、物思いに耽るレナを現実に引き戻した。
「喜んでいただけて嬉しいです……あ、ダメ! これは私の分!」
「なんだい、まだ食べるのかい? ボーッとしているから、いらないかと思ったよ」
「考えごとをしていて……」
「婆さんや、レナの分を食べちゃいかん!」
「ゴードンのジジイはうるさいね、まったく」
「2人とも、喧嘩しないでください!」
ここは年若い男女から「シルバー席」と揶揄される席だ。
若者たちが酒にダンスに盛り上がっている中、レナはメアリ婆さんや老医師ゴードン、その他東棟の年齢層高めの使用人たちと共にいた。
レナとメアリ婆さんは、今はもう終わった受付と最後の片付けを担当している。だから宴には普通に参加していた。
その他の使用人も浮わついた格好のまま交替で仕事をするのだが、最後の片付けが不人気なのは、そのまま甘い夜に消えることができないから。
「ここにいたのか」
「え?」
そのとき。
頭上から懐かしい声がして、レナは我が耳を疑って立ち上がる。
マントを羽織った青い騎士服。黒髪に琥珀色の瞳をもつ狼の彼。待ちわびた初恋の男がそこにいた。
「ラフィール隊長!」
離れていた時間、知ってしまった恋を自ら抑圧し続けるのも限界だった。泣いていた心は弱すぎて、あっという間に無防備になる。
久しぶりに出会えた瞬間、レナの想いは一気に制御を失った。
メアリ「ラフィールとレナの恋を、アタシたちは全力で応援するよ!」
シルバー席の面々「「「えいえいおー!」」」
ゴードン「……嫁にはやりたくないのぅ(ボソッ)」
メアリ「アンタはどこぞの長老か!」