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発情中のうさぎメイドは狼騎士に食べられちゃう?!  作者: つきのくみん
第2章 恋する気持ちを通わせて
27/88

27 老医師ゴードン

「大丈夫ですか?!」


 深紅しんくの海に沈むうつぶせの身体。それはどうやら血ではなくて、フラスコに入っていた何かの薬らしかった。


 幾つか転がる細長い口部分の硝子片がらすへんを眺めながら、レナは慎重に老人を仰向けにさせる。

 枯れ木のような痩せさらばえた身体でも、触れると確かな温もりがあって、レナは老人が生きていることに心から安堵した。


 すると落ち着きを取り戻した彼女の耳は、今更になって気の抜けた音を拾う。


 スピーズピピー


(いびき?)


「うー……むにゃむにゃ」


(眠っていたの……? でもこんな濡れたところで寝ていたら、風邪をひいてしまうかも……。それに硝子で怪我でもしたら……)


 そのように考えたレナは、赤い液体の海に眠る老人の救出を決意した。骨と皮ばかりのその身体なら、非力な彼女でも移動することができそうだ。


 引き摺るように診察室の固いベットに先に上がり、レナは老人の両脇の下に自らの腕を差し込むと、その痩躯そうくを気合いを入れて引っ張りあげる。


(もう少し……!)


 老人の頭を柔らかな胸の辺りに抱え込み、そのまま倒れるようにしてベッド上に無理やり横たえようとした。


 そのとき。


 寝ているはずの老人の血走った目が、カッと音がしそうなほど、突然大きく見開かれたのだ。


「甘い匂いがするっ!」

「!」


 レナは突然の大声にビクリと身体からだを弾ませた。そして驚きのあまり、老人から手を離してしまう。


 薬品と消毒の匂いがするだけの医務室で、支えを失った白髪もまばらな後頭部が、レナの胸からベットのふちへと落下した。


 ゴンッ


「い"だっ!」


 静寂の室内に響く鈍い音と濁った悲鳴。レナはハッとして、老人に謝罪する。


「っ! ごめんなさい」

「痛いのぅ……」


 まだ騒ぐ胸を押さえるレナと、それには構わず、頭をさすりながらヨロヨロと起き上がる老人。


「はぁー、やれやれ……。ところで、お主は患者か」

「は、はい」


 老人は垂れ下がり気味のまぶたを、器用に片方だけ持ち上げた。レナは慌てて頭を下げる。


「初めまして、レナと申します。こちらでメイドとして働く前に、お医者さまの診察を受けるように言われたので参りました」


 老人は軽く頷いた。


「ふむ、そうか。ワシはここで医師を務めておるゴードンじゃ」


 山羊の獣人であるゴードンは、普通なら隠居してもおかしくないような年齢だった。

 鍵穴のような瞳孔に、メアリ婆さんよりももっと長くて鋭い角。寂しい頭髪とは対照的な、白くて首の中ほどまで垂れる立派なアゴヒゲ。


 全体的にしょぼくれた印象ではあるものの、レナの大好きな長老とよく似た雰囲気をもっていた。


 さて、名乗りの務めを終えたゴードンは、ポタポタと赤い液体を白衣から垂らしながら、机とは明後日あさっての方向に放置されていた椅子をあるべき場所に戻す。

 そしてレナのためにもどこからか椅子を運んできた後、緩慢な動作で机の前に腰かけた。


「ほれ、レナよ。そこに座りなさい」

「はい」


 促されて着席するが、椅子の足が不揃いでぐらついた。

 レナはバランスを取りながら、赤い液体まみれの老医師と向かい合う。


 簡単な問診と診察が終ると、持病と常備薬について尋ねられた。


 そこでレナは胸元の小瓶から一粒だけを取り出してゴードンに渡した。ラフィールに話したのと同じように、野うさぎの調理法を今一度うさぎ視点で説明する。

 過酷な運命に貧血を起こしそうになったのも、前回と同様だ。


 ゴードンはそんな彼女と丸薬を交互に、そしてとても興味深そうに見比べた。

 寝食を惜しんで、薬草の研究に励んでいる彼にとって、奇病におかされているレナと謎の丸薬は、格好の研究材料のように思われたから。


「レナよ。貧血なら横になってもいいからな。ふーむ……しかし見たことのない薬じゃ」


 ゴードンは、丸薬を中指と親指でつまみ上げた。


「里秘伝のお薬なので、まだおおやけには知られていない成分が入っているみたいです」

「なるほどな。それと……ワシは1つ、気になって気になって仕方がないことがある」

「? 何でしょうか?」


 レナだって気になっていることはあった。

 どうしてゴードンは倒れていたのか。白衣を染める赤い液体は何なのか。びしょ濡れの白衣は脱がなくてもいいのか。「甘い匂いがする」とはどういうことなのか。


 しかしそんな彼女の疑問は、次なるゴードンの行動で、意識の遥か彼方かなたに飛んでいく。


 なんと彼は、レナのうなじから首筋をなぞり胸元まで、クンクンと執拗に乙女レナの匂いを嗅ぎ始めたのだ。


「き、急に、何ですか……?」


 緩くカーブを描く角は顔に刺さりそうだし、とりあえずこの変態的な行為が怖い。レナは思わず身をよじった。


「いやっ! やめて!」


 レナがやにわに立ち上がろうとしたときだった。彼が1人納得した様子で呟いたのは。


「ふむ、やっぱりな。これは何とかしないといかん」


 ゴードンが離れてくれたことに安心したレナは、ぐらつく椅子に座り直した。意味不明の言動が多過ぎる老医師に、さっきからラフィールといるときとはまったく別のドキドキが止まらない。


 ゴードンは人差し指を立てて言う。


「お主、かなり危険な発情香はつじょうこうまとっているが、自覚はあるのか?」

「え? 発情香? 危険な?」


 レナは予期せぬ事実を告げられて、自分に起こりつつある変化を、しばらくは飲み込むことができなかった。

真剣にタイトルが恥ずかしくなってきた今日この頃……。

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― 新着の感想 ―
[良い点] いや! 山羊先生がギリ紳士で良かったっす! 怖い方でドキドキしましたー! [一言] 体調大丈夫でしょうか? お大事にしてくださいね。
[良い点] レナちゃん……! そんなところに男性の頭抱えちゃだめですよっ ……と心の中で突っ込みましたが、香りについて教えて貰えそうなので、結果オーライでしょうか(・∀・) [一言] 体調崩されて…
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