25 新しい生活
「棟内を案内しがてら、アンタの部屋まで向かうよ」
メアリ婆さんに先導されて、今レナは東棟の中を歩いていた。
赤い絨毯の敷き詰められた廊下には両サイドに部屋があり、1階及び2階にある厨房や洗濯室、倉庫、医務室などを順々に案内される。
途中僅かにすれ違った使用人たちが、立ち止まってメアリ婆さんに挨拶し、それから付き従うレナに興味本位の視線を向けていた。
今度の新人はどうか。自分の恋敵になるかどうか。そうやって値踏みをする失礼な眼差しも、ラフィールとの別れの余韻から抜けきらないレナは気にならない。
新たな場所にしっかりと根をはるため、しゃんと背筋を伸ばして頑張るのみだ。
突き当たりにある階段。その踊り場には窓があり、午後の明るい日射しが絨毯に長い影を落としていた。
そしてやがてたどり着いた3階の廊下には、シンプルな扉が等間隔に並んでいて、メアリ婆さんはポケットから鍵を取り出すと、そのうちの1つの扉をガチャリと開けた。
「ほら、ここがアンタの部屋だ」
扉を背で支えながら、メアリ婆さんは先にレナを通してやった。
入り口から少し入り、ぐるりと室内を見回したレナの口から、感嘆の声が零れ落ちる。
「わぁ」
扉の横にある大きなクローゼット。その奥にはセミダブルサイズの充分な広さのベッドがあって、南に向いている大きな窓からは、たっぷりの陽光が射し込んでいた。ベッドの反対側の壁には蓋を開けると鏡台にもなる小さな机が置かれていて……。
大袈裟かもしれないけれど、まるで小さなお城のようだとレナは思う。
レナは感謝の気持ちを込めて、丁寧な仕草でお辞儀をした。
「とてもすてきなお部屋をご用意してくださって、本当にありがとうございます。ベッドもクローゼットも、実家のものより大きいくらいです。こんなに良くしていただけるなんて……」
喜色満面のレナに、メアリ婆さんは節くれだった指で頬をかいた。
「いや、アタシはてっきりゴリラ娘が来ると思っていたから、全部大きめで揃えさせたんだよ」
「ゴリラ?」
「いや、こっちの話さ」
それからメアリ婆さんは、クローゼットから綺麗に畳まれた服と小物を取り出してレナに渡す。
「ここで働くための制服一式だよ。確認しな」
「はい」
濃紺のシンプルなメイド服はクラシカルスタイルで裾は長めで上品。白いレースがついたエプロンとヘッドドレスは百合の花のように清楚で可愛らしかった。
レナは早速身体にあててみる。
「あれ? でもこれ、大きいかも……」
部屋に姿見はないが、それでもわかってしまうほどサイズが合わない。
「だろうね」
メアリ婆さんは特段驚いた様子もない。
「ゴリラ娘が来ると思っていたから、それも大きめサイズなんだよ」
「ゴリラ??」
先程から出てくる「ゴリラ」の意味がわからないレナは、小首を傾げて、メアリ婆さんの煮込んだ黒豆のような瞳に答えを探す。
「「…………」」
気まずい無言に、見つからない答え。
何となくにらみ合いみたいになってしまい、レナはおそるおそる口を開く。
「……私、ゴリラの獣人じゃないですよ?」
「……見りゃわかる」
「そ、そうですよね」
「「…………」」
よくわからない会話の後、メアリ婆さんは誤魔化すように話題を変えた。
「ともかく! ベッドはこのまま使っておくれ。代わりの服は今からもってくるから」
「お手数をおかけします」
「ふん。そのかわり真面目に働いてくれよ」
「はい」
「ところで仕事なんだけど。持病があるということだから、まずは診察を受けてもらうよ。ここまで馬に揺られて1週間弱も旅をしているし、薬さえ飲めば大丈夫だとは聞いているから、アタシもほとんど心配なんてしていないけどね。だが万が一ということもある。働くのは医者のオッケーが出てからだ」
「わかりました」
レナは異論なく頷いた。医者にはラフィールにした説明と、同じ説明をすれば良いだろう。
「医者の許可は得られるという前提で……。レナには仕事や持ち場の希望はあるかい?」
それからメアリ婆さんは、仕事の概要を一通り説明した。説明の最後には「今は人手不足だから状況に応じて一人何役もこなさなければいけない」ということを付け加えるのも忘れない。
レナは少し考えて、遠慮がちに申し出る。
「仕事内容でしたら、洗濯とお掃除を希望いたします。持ち場は、ここ東棟と庭を含む館の外周をやらせていただければ……」
メアリ婆さんは驚きで小さな目を丸くした。
「これから寒くなるっていうのに正気かい? 洗濯は量が多いから力も要るし、水仕事だ。冬の水は手先が凍るように冷たくて大変だよ?
それに庭の掃除は寒いのはもちろんだけど、落ち葉もすごいし、雪がふれば雪かきもしなけりゃならない。目立たない、キツい、汚いの三重苦だ。若い娘が希望してまでやる仕事じゃないよ」
「それでも構いません」
レナは偽りの姿で働く身だから、いつボロがでるかわからなかった。だからなるべく目立たない場所でひっそりと働きたいと思っていた。
それに、賄いが肉料理ばかりでどれも食べられなかった場合に備え、庭の植生を把握しておきたいという事情もある。肉も少しずつ食べられるようになってきたとはいえ、まだまだ食べるのには苦労していたから。
「同じ掃除なら、領主さまのいる中央棟か、騎士たちのいる西棟の方が、ラフィールと仕事の合間に会えるんじゃないのかい?」
メアリ婆さんが、ニヤリと音がするような、悪い笑いを唇にのせた。
長老「焦ったわい。まさかラフィールが後書きに現れるなんて」
レナ「私は本編で会えないときは、たとえ後書きでもラフィール隊長にお会いできたら……」
長老「よほど前回の別れが辛かったんじゃな。というか、お主、庭掃除中につまみ食いするつもりじゃろ」
レナ「ドキっΣ( ̄ロ ̄lll)」




