23 領主の館でメイドをします
退職していくメイドの態度に、真面目に生きている読者の皆さまがイラッとして、パソコン、スマホ、またはタブレットの液晶を破壊したくなる衝動に駆られる虞がございます。
心に余裕のあるときにお読みください( ;∀;)
メアリ婆さんとて自覚はある。
今回のことは、勝手に期待をして勝手に落胆しただけのこと。
それなのに初対面の少女に苛立ちをぶつけてしまった。おそらく彼女からしたら、理不尽以外の何物でもないだろう。
けれど自分が間違っているとわかっていても、心の内にある感情のレバーを上手く切り替えることができなかった。
ここのところずっと多忙で、ひどく疲れているからかもしれない。メイドの退職が続いて人手が足りないのだ。
メアリ婆さんは自分の記憶の引き出しから、昨日の苦々しい記憶を引っ張り出す。その途端、怒りが沸々と甦った。
(あの子はにゃんこメイドだったね。愛嬌のある顔に、砂糖菓子のように甘い声。
そして魅力的な尻尾と腰を、見せつけるようにフリフリと揺らして歩くのさ。狙った男の目の前で)
昨日退職を申し出たメイドは、ここで出会った騎士と結婚するのだという。
(本当に腹立たしいね。そんな安い方法で気を引く女も、それに騙されるバカな男も……)
己の仕事に誇りをもっているからこそ、メアリ婆さんは許せない。
そのメイドはこの館に仕事をしに来ていたのではなく、ただ恋愛をしに来ていたのだろう。勤務態度や諸々の事情から鑑みるに、そう考えて差し支えはないはずだ。
そしてまだまだ結婚ラッシュは続きそうなのだから頭が痛い。
仕事がキツい、メアリ婆さんや古参のメイドに苛められた等と言って、恋人たちにしなだれかかり、結婚を迫るであろうメイドたちの姿が頭に浮かぶ。
仕事のキツさは仕方がないが、そもそもメアリ婆さんは、ここを去り行くメイドたちに理不尽な怒りを向けたことなんて1度もない。
(アタシが怒ってきたのは、あの子たちが仕事をきちんとやらなかったときだけさ)
危機管理の都合上、もともと使用人は紹介制で雇っている。メイドも例外ではないものの、最近は結婚相手を見つけるためにやってくる女性が多かった。
騎士は街中の娘たちにとって憧れの存在。彼らとお近づきになれるメイドは、そんな女性たちにとって旨みの多い仕事なのだろう。
騎士たちもまた、メイドとの出会いを歓迎する者たちが殆んどで、ラフィールのようにまったく寄せ付けない方が珍しい。
メアリ婆さんは、未だに顔を上げないレナを見た。
(この子も同じなのかねぇ?)
理不尽な八つ当たりに晒されても、彼女は不愉快そうな態度も見せず、「働きたい」と頭を垂れた。
その真摯な姿に嘘はないと、信じてみても良いのではないか。
(にゃんこ娘ですら落とせなかった、難攻不落のラフィール。その彼が連れてきた可愛いワンちゃん)
パンチが効き過ぎているパンチパーマのせいで、まったく印象に残らない黒真珠のような瞳の奥に、ほんのわずかな好奇心の灯が点る。
「顔をあげな」
「はいっ!」
ようやく顔を上げたレナを、メアリ婆さんは舐めるようにじっくりと観察した。
緊張を宿す榛色の瞳は真っ直ぐで、可愛らしい耳と尻尾は不安なのか力なく垂れていた。淡い茶色の髪は触れたくなるほど艶やかなのに、巻いたり盛ったり飾ったり、特に何も手を加えていないように見える。
それに本人の素材の良さでまったく気にならなかったが、着ている服はヨレヨレでくたびれていた。彼女が今着ているのは、有事の際に領民を保護したときに着せる服だ。
ちなみにレナは、保護されたその日に貸してもらった2着の服を日替わりで着ていた。
(こうして見ると、至って真面目そうなお嬢さんだ。というかむしろ格好だけ見れば、まったく垢抜けないね。とんでもなく器量が良いから、全然気にならなかったけれど)
今まで辞めていった娘たちは皆とてもお洒落だった。中にはメイド服の裾を大胆に短くした強者もいた。
もちろん度を超していたら、メアリ婆さんは容赦なく叱っていたが、所詮いたちごっこ。注意された瞬間は殊勝な態度を取るものの、すぐにまた元通りだ。
メアリ婆さんは、ラフィールからレナの種族までは聞いていなかったが、迷いの森で保護した云々は聞いていた。家を失い、住み込みで働ける場所を探しているということも。そして……。
(そういえばこの子は持病があるんだったね。そんな身体で採用してくれる場所なんて滅多にないから、アタシに何を言われても黙って耐えるしかないのかね……。まぁ、気の毒なことだ……)
メアリ婆さんの沸騰しきった頭は大分冷静さを取り戻していた。レナに対して同情の気持ちが沸いてくる。
何よりも今は人手不足だ。猫の手も犬の手と借りたいくらい忙しい。
(いや、しばらく新しいにゃんこは見たくないね。今いるにゃんこも、やる気がないんだかあるんだか)
可愛らしい犬の獣人。ラフィールの紹介なら信じてやる価値はあるのかもしれない。
「わかった。アンタの根性、しかとこの目で確認させてもらおうじゃないか」
「! ありがとうございます」
レナの初めて見る笑顔が眩しすぎて、さすがのメアリ婆さんも言葉につまる。
「……っ、えっとアンタ、名前は?」
「私はレナと申します、メアリさま」
「メアリさま、って柄じゃないよ。皆みたいに『メアリ婆さん』と呼んでくれ」
「はい。メアリお婆さま」
「……何か違うね。まぁ、いいか」
メアリ婆さんはふと、遠く離れて住む孫を思い出した。なかなか会えないが、元気にしているだろうか。
2人の顔は似ていないけれど、それは主観の問題で、メアリ婆さんには愛する孫とレナが重なって見えた。
長老「前回の話によると、どうやらラフィールは、危険な任務を任されているようじゃの。たしかに野盗の討伐もしておったし」
レナ「心配ですね」
長老「むむむ、これはフラグがっ、フラグが立ちそうじゃ!」
レナ「えっ……そんな! ラフィール隊長、死なないでっ!」
ラフィール「勝手に、俺を殺すなよ」
長老「げっ、ラフィール……Σ(゜Д゜) 」
長老は脱兎のごとく逃げ出した。




