21 領主さまのお膝元
レナの母親が酷い目に遭って亡くなったことが書かれていますが、敢えて具体的には書いていないのでお好きなように想像してください(゜ロ゜)
深い深いウォルフの森。
遠くから眺めれば黒にさえ見えるその森に、四方を囲まれたウォルスタの街は、「巨人の鏡」とも称される美しいレオニア湖を中心に栄えてきた。
そしてこの地には、フォレスターナ王国の辺境を任されている狼の領主の館がある。
ウォルフの森はレナたちが隠れて住んでいた迷いの森と同じくらい広大だが、人との関係性にその違いを見出す者は少なくない。
彼ら曰く「ウォルフの森が人と生きる文明の森だとするならば、迷いの森は人を拒絶する未開の森に過ぎない」と。
尤も、方向感覚を失うほどの奇怪な地形や方位磁石をも騙すほどの複雑な磁場が、レナたちのような希少種族を長い間守ってくれていたのである。
そんな偉大な迷いの森が「未開」と揶揄されていると知ったとき、幼いレナはとても悲しい気持ちになったのを、今でも鮮明に覚えている。
森を切り開いて出来た街道を進んで、ついに領主のお膝元の街ウォルスタに着いた。一目見て、その華やかさにレナは心を奪われる。
(なんて大きな街なの!)
聞いたところによると王都よりは大分規模は小さいらしいが、それでもレナからすると眩しすぎるほど立派な街だ。
人や馬車が絶え間なく往来し、街は活気に満ちていた。
建ち並ぶ商店とピカピカに磨かれたショーウィンドウ。レナもまた年頃の女の子らしく、お洒落な雑貨に心が踊る。
人々に目を向ければ、流行の装いに身を包んだ若い恋人たちは、人目も憚らず愛を語り、口づけを交わしていた。多種多様な種族の獣人が、街の風景に彩りを添えて溶け込んでいる。
開放的で懐の広そうな街の様子に、レナはひとまず安堵する。
(あ、食べ物屋さんがあるわ)
改めて一般的なレストランやカフェを観察すると、やはり肉料理と野菜料理が同じ店で出されていることがわかってきた。
それでいて牛の獣人がアイスクリーム屋さんを、虎の獣人がお肉屋さんを営んだりと、それぞれの特性を活かして上手く共存していることがよくわかる。
当たり前だが、この景色の中にうさぎの獣人はいなかった。
こんなにも人が溢れる街なのに、同胞がただの1人もいないのだ。名状しがたい切なさが、レナにそっと忍び寄る。
(本当にうさぎの獣人は外の世界で、皆と仲良く暮らせないのかしら?)
思わず浮かんだ素朴な問いは、自分で答えを出して終わってしまう。
(でもお母さまは外の世界に出たとき、他の獣人に……。だから……やっぱり無理よね……)
レナたち里の子どもたちは「うさぎの獣人は外の世界では生きられない」と、ずっとずっとそう教えられて育ってきた。
昔は里の女性も、秘伝の丸薬を飲んで外の世界に出ていたこともあったという。しかしある外出の時、レナの母親が他の獣人に襲われて、それが原因で亡くなってしまうという悲劇が起こる。
それ以降、あの非常時まで女子どもは里から出ることは禁止され、この話も里全体の禁句となった。レナもまた、姉カタリナのことがなければ、里から出ようとも思わなかっただろう。母親がいない分は長老夫婦が目をかけてくれていたし、優しい環境に囲まれて、間違いなくレナは幸せだったから。
(早くお姉さまを探さないと……。どこかで酷い目に遭っているかもしれないわ……)
母に続き姉までいなくなった不安が、レナを急に黙らせた。そんな彼女の異変に気付かぬラフィールではない。
「賑やかで驚いただろう」
話しかけてやれば、彼女は水を与えられた花のように、忽ち笑顔を取り戻した。但し、若干の憂いは残したままで。
「! はい、びっくりしました」
そこでようやく落ち着いたレナは、自分に向けられている周りの視線を意識した。
ラフィールたちが通ると、皆立ち止まって頭を下げる。彼らの纏う騎士服は「ウォルフの騎士」であることを示す栄光の青。
彼らに畏敬の念を持ちながらも、姿を見た子どもたちははしゃぎ、若い女子からは恋心のこもった熱い視線と黄色い声が贈られる。そしてレナもまた、数多の視線に晒されて……。
思わずレナはラフィールの腕の中で縮こまった。なんだか場違いな気がして仕方がない。
「相変わらず人気ですね。この街は特にすごいです」
「そうかもな。まぁ、ここが俺たちの本拠地だから」
ことラフィールに至っては、火傷しそうなほど注目されていて、相乗りをしているレナはどうしても戸惑ってしまう。
うっとりとした眼差しでラフィールを見た後に、彼の腕に守られているレナへと落とされる、嫉妬めいた冷たい視線。
慣れない都会に慣れない悪意。
レナはとても居たたまれない気持ちになった。
翻るマントは隊長の証だ。しかしそれだけではなくラフィールの凛とした容貌は非常に目立つのである。
レナは女子たちの圧力に負け、ラフィールからできる限り身体を離した。するとすぐに彼女の薄い腹の辺りに手が回る。
「あまり離れると、バランスを崩して落馬するぞ」
「は、はい……」
またどこかで悲鳴じみた声が上がったのを聞きながら、レナは覚悟を決めてラフィールと同じ前を向いた。
レナ「ラフィール隊長といると、視線がグサグサと刺さって辛かったです……くすん」
長老「レナは里でも男の子に人気あったじゃろ? 視線くらい平気かと思ってたぞい」
レナ「人気なんて、まったくなかったと思いますけど……」
長老「おう、そういえば、お主の父親レオナールと一緒に、わしがヤロー共を追い払っていたな。忘れておったわ」
レナ「(愕然)……っ! そんなことをしていたんですか?!」
長老「ピーヒャラピー♪~(・ε・ )」
レナ「口笛で誤魔化さないでください!」




