2 隠れ里
そもそもうさぎの獣人は、総じて容姿に恵まれている。
その中でも、レナは一際可愛らしい。
キラキラと光を映す無垢な瞳は榛色。華奢な背を流れる髪は淡い茶色。白磁の肌に上気した薔薇色の頬。形の良い上品な鼻。
小さな口もとは瑞々しい桜桃のようで、羞じらう笑みを唇にのせれば、男女問わず、目が合う者たちを一瞬で虜にした。
でもそんな自覚はレナにはない。
「さっきお父さまたちがお話ししているのを聞いてしまったら、居ても立ってもいられなくて……。行方不明のお姉さまを、ウォルフの森の領主館で見た人がいると、今そうおっしゃっていたから……」
「だからといって、レナが行くことはないだろう?」
レオナールは無自覚な娘の申し出を、もどかしい思いで却下した。
「そうだよ、レナちゃん」
ロバの行商人のおじさんが、静観をやめて加勢する。商売柄各地を巡るおじさんは、世情にとてもよく通じていた。
「あくまでも噂は噂なんだ。噂が本当であるとは限らない」
おじさんは申し訳なさそうに肩をすくめた。
「それにそういう危ないことは、大人の男に任せれば良いんじゃないかな? レナちゃんにできることは、里でおとなしく待つことだ」
「外の世界の危険性については、何度も何度も教えただろう」
「うんうん。 ウォルフの森は野生の狼の縄張りで、しかも領主さまは天をつくほどの巨大な狼男だと聞いているよ。うさぎにとって狼は天敵だ。触らぬ神に祟りなし。お父さんの言うことは、ちゃんと聞くべきだと思うけどね」
ここぞとばかりに言葉を重ねる大人たちを見て、レナは思わず唇を噛んだ。
うさぎ獣人が隠れ里で暮らすようになったのには理由がある。
半世紀ほど前、フォレスターナ全土を恐ろしい疫病の闇が覆った。
人口の半分以上が罹患したとされるその病は、うずたかく死体の山を築き、生き延びた者たちの生殖機能に致命的な欠陥をもたらしたという。
誇りを奪われ未来を奪われ、王国はじわじわと、破滅へと向かっていくと思われた。
おぞましい、あの政策がとられるまでは――。
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うさぎ獣人はもともと、愛らしい容貌と発情期を問わず多産であることから、番としての人気が非常に高い種族だった。
反面、うさぎ獣人の女が拐われたり乱暴されたりする事件が多発していて、広く社会問題となっていたのも、また事実。
――そこに国が目をつけた。
「種族の保護」を名目に、流行り病で激減した人口を効率よく補うため、うさぎ獣人の雌を管理して子どもを産ませようとしたのである。
その非人道的な政策を憎み、うさぎ獣人たちは祖国フォレスターナから姿を消した。
それが数十年前のこと。
しかしうさぎ獣人たちは、フォレスターナの地を去ってなどいなかった。
環境の変化に弱い彼らは、臆病で冒険を恐れていた。そして寂しさを紛らわすために集まって集落を作った。
それこそが、今レナたちが住んでいるうさぎ獣人の楽園 ――迷いの森のラビアーノ。
ちなみに隠れ里は、実は意外と街から近い。
そしてロバの行商人のおじさんのように、里の場所を知っている者たちもそれなりにいる。
つまりは秘密というにはあまりに杜撰で、楽園というにはあまりに儚い、とても危険な場所だったのだ。
うさぎ獣人とほかの獣人が結婚した場合、子どもはハーフ(今はダブルと呼ぶかな?)になる訳ではなく、どちらかのみの姿になります。
つまり、うさぎと狼だったら、うさぎと狼のハーフが産まれるわけではなくて、どちらかの種族ということです。隔世遺伝はありません。