19 偏った知識
お待たせしました! 結構、ラブラブしますよ♡
ラフィールの疑念を晴らす何か良い方法はないかと、レナは懸命に頭を動かした。
(あ……そういえば!)
ふとレナは、タヌキの行商人のおじさんが売りに来た、絵のついた本を思い出す。
何やら街で流行っているというその本は、色んな種族の少年少女が登場する、笑いあり涙あり、恋あり友情ありの、とても面白い物語だった。
そしてそこに出てくるヒロインの親友が、ちょうど16歳の犬の女の子だったのだ。そのキャラクターがとても特徴的な話し方をしていたのを、再現可能なほどに今でもはっきりと覚えている。
「犬だワン」
レナはまだ隠れ里から出て間もないため、他の種族の特徴を詳しく知らない。「犬の獣人らしさ」をわかりやすく表現する方法を、他に思いつかなかった。
「……は?」
しがみついたままラフィールを見上げれば、彼は唖然としているようだった。
「レナは犬だワン。お肉よりお野菜が好きだワン」
「………………」
榛色の瞳を、まじまじと覗き込む琥珀色の双眸。
バレているのかいないのか、そもそもラフィールは何を考えているのか。沈黙の意味はわからないけれど、かと言って絡まる視線も外せない。
(どうして黙っているの? 何か言ってくれないと、私、どうしたらいいのか……)
ラフィールの言葉を引き出したくて、レナは呼び掛けるように揺さぶってみる。すると彼は静かに口を開いた。
「もう1回言ってみろ」
「もう1回……? えっと……チモ草も木苺も蕾も、全部美味しいんだワン」
「……もう1回。何か俺にお願いをしてみろ」
「お願いごと……? うーん……。あ、お肉はラフィール隊長にあげるから、お野菜はレナに下さいワン。それと掃除道具は片付けてほしいワン」
「……色気の欠片もないお願いだな。お前、やっぱり何にもわかっていないだろ?」
「?」
ラフィールの身体にかけた華奢な手が、大きな温もりに包まれた。彼の表情からはすっかり険がとれていて、苦笑まじりにレナに言う。
「日常でそんな喋り方をする犬の獣人は、おそらくこの世にはいないぞ。そんな真似をして、恥ずかしくないのか?」
「え!」
「偏った知識はどこで仕入れた? はぁ。まったく……見ているこっちが恥ずかしい」
緩く首をふるラフィールに、レナは石像のように固まった。
(あの本を信じてはいけなかったの……?)
忽ち白い頬に朱が上り、恥ずかしさのあまり涙が滲む。
「何回もやれって言ったの、ラフィール隊長じゃないですか……!」
素に戻ったレナが怒ったところで、ラフィールは愉しげに笑うだけだった。
「はは、本当に何度もやるとは思わなかったんだ。……悪かったな」
ラフィールはレナの手を離した後、頭を優しく撫でてくれた。レナの望み通り、箒とちり取りは使うことなく片付けて。
「他の男の前では、絶対にするなよ。お前は犬の獣人だろ? 神に与えられた姿を変える方法なんて、あるはずがないんだから」
里秘伝の丸薬は、例えば海が空にあって魚が宙を泳ぐくらいの、常識を超えた奇跡の薬だった。
丸薬の効果を知らないラフィールは、今はまだ自分の常識を疑わない。
「じゃあひとまず、この雑草を洗いに行くか」
「……はいっ。あ、でも雑草じゃないです。チモ草って呼んでください」
「ああ、チモ草って名前の雑草な」
そんな軽口を叩きながら、レナとラフィールは薄暗い厨房へと姿を消した。
遠かった2人の心の距離が、少しだけ縮まった夜だった。
レナ「ラフィール隊長、犬の獣人でも日常には語尾に『ワン』ってつけて喋らないっておっしゃっていましたね。でも日常じゃなければ、有りってことですか」
長老「この世界にはな、特定の種族のオナゴが好きだとか、たまには趣向を変えてみたいというカップルがおるのじゃ。そういう者たちは、コスプレをしてみたり、語尾に特徴的な鳴き声をつけたりするんじゃぞ。まぁ、お主の見た本の場合は、登場人物が多い話にありがちな、他のキャラとの差別化をはかったパターンじゃろう」
レナ「全然、知りませんでした。奥が深いですね」
長老「たとえば猫の獣人のマネをするときは、語尾に『にゃん』をつけるんだにゃん♪」




