18 犬の獣人らしさとは?
「就寝時間を過ぎてうろついている女の、どこが怪しくないか説明してもらおうか」
ラフィールは床上に落ちたチモ草を投げやりに眺め、それから不自然に膨らんだエプロン、そしてレナの顔まで視線を上げた。
窓から射し込む月光は明るい。それに闇に慣れた目は、ラフィールの冷え冷えとした表情をしっかりと捉えていた。
嘘をつくのが、苦手なレナ。そんな彼女を包む凍てついた闇が息苦しい。
「あの……お庭の草が気になって外に出たら……たまたま木苺と花を見つけたので、ついついそれを摘みたくなってしまって……」
「こんな夜更けに草むしりか」
ラフィールはすぐに、彼女の言葉を稚拙な嘘と決めつけた。
「とりあえず、そのエプロンに隠しているものを全て見せろ」
「これはっ……!」
食べなければ生きられない。貴重な食料を守るために、レナは無意識に袋状にしたエプロンの口をか細い指で握りしめていた。
しかしそんな本能に導かれた行動が、ラフィールへの「抵抗」と見なされた。
「下手な嘘をつくな。言うことを聞けないなら、力ずくで確認するまでだ」
ラフィールの手が容赦なくレナに迫る。
「いやぁ……!」
ラフィールによって暴かれるエプロン。その不思議な色彩の落書きのような模様が露になり、中身が様々な速度で落下する。
「あっ!」
「!」
盛大に宙を舞うチモ草。その隙間に隠れるように、木苺と花の蕾が軽く跳ねた。
「…………。そこらへんに生えてる、見慣れた植物ばかりじゃないか」
ラフィールの呟きは何故だか幾分の落胆を含んでいた。もしかすると彼は、何かもっと別の、より刺激的なことを期待していたのかもしれない。
「だから、そう言ったのに……」
不満そうなレナの言葉は無視をして、ラフィールは頭の中を整理した。
(木苺に、花の蕾……。それ以上に多いただの雑草……。これの意味するところはなんだ?)
木苺は食べて、花の蕾は飾る。しかし雑草の山だけが不可解だ。
「なぜ集めた雑草を持って帰ってきた? むしった草は外に置いてこればいいだろう?」
「なぜって……」
レナは答えを探すように、視線を虚空に彷徨わせた。
その迷子の仔犬のような不安な様子に、ラフィールは嘆息する。何も考えずに持って帰ってきたのかもしれないと、考えずにはいられないほど頼りない。
とりあえず床に散らばったものを片付けようと、ラフィールは暗闇の何処から箒とちり取りを持ってきた。
わざわざ雑草を捨てるために、また夜の庭へ無防備に出られては堪らない。月明かりに照らされたレナは、今だって月の妖精のようなのに。
「だ、ダメっ! そんなゴミみたいに扱うなんて……!」
ラフィールの持ってきた物を見て、レナが悲しそうな声を上げる。
そして箒とちり取りを奪おうと、勢いよくラフィールに抱きついた。
不意打ちをくらった彼は柔らかな感触を抱き止めて、珍しく動揺する。
「……っ! 急に抱きつくな!」
「これ、食べるんです……。捨てないで……」
「は?」
「食べるんです」
「雑草を?」
「チモ草です。雑草なんて呼ばないでください。洗って食べる予定だったんです」
レナはいかにチモ草が優れた植物かをこんこんと説明した。やがてラフィールは溜飲を下げた。
「俺たちが雑草だと思っていた植物が、とても栄養があるものだということはわかった。一緒にいる間、お前はほとんど食事をとっていなかったからな。腹が減っていたのも理解できる」
「全然食べられていないことに、ラフィール隊長は気がつかれていたんですね……。でも、納得していただけて、良かったです。あ、木苺と花の蕾もそのままでお願いします」
「木苺はともかく、蕾も食べるのか?」
「はい。これはですね……」
レナは所有権を主張しつつ、今度は蕾の美味しさについて拳を握って力説した。
「……説明はもういい。それにしてもお前は変わってるな」
ラフィールはチモ草を指で弄びながらしみじみと呟く。
「こんな不味そうな植物が好きなんて、お前は犬の獣人とは思えない」
「え……」
(もしかして、ラフィール隊長に疑われてる……?)
長老「ふぉふぉふぉ。レナの突然の抱擁に、ラフィールがひどく動揺しておるぞ。『ラビアーノ』で1番の美少女には、イケメン狼も形無しじゃの」
レナ「ほ、抱擁だなんて、そんな。私はただ、箒とちり取りを取ろうとしただけで……」
長老「すーはーすーはーすぅぅぅぅ……」
レナ「あれ、なんだか空気が薄くなったような……」
長老「でもなぁぁぁぁ! うちの可愛いレナは、狼なんぞに嫁にやらんぞっっっ!!!」
☆注意 まだ付き合ってもいません。




