16 それぞれの心の内
ウォルフの森の領主の館へは、馬車よりは若干早いが馬でも5日はかかる道のりだ。もちろん緊急時には馬を乗り潰し、途中途中で乗り換えて進むこともあるが、今回についてはただの任務交替なのでそれほど急ぐこともない。
そして今、レナは馬上の人だった。
彼女のすぐ後ろにはラフィール。
抱きこまれるようにして、木立に囲まれた街道を歩いている。
(まさかマチルダさまがあの街に残られるなんて……)
一緒に帰還するものだとばかり思っていたら、彼女はあの迷いの森近くの辺境の街にしばらく滞在するそうな。
レナはまったく知らなかったが、迷いの森は薬草学の学者たちにとっては聖地であるらしい。少なくない学者たちが辺境の街を訪れ、薬草の収集や研究に勤しんでいた。
マチルダもまた医者のはしくれとして、彼らに教えを乞い、薬草についての最新の知識を得んがために、仕事の一貫として辺境に敢えて残ることを決めたという。
ちなみに普段ラフィールの部隊は、3人1組を1つの行動単位としている。
アーダンたちのグループの他に2組。リーダーであるラフィールをあわせれば部隊は10人。
今はマチルダの不在で9人プラスレナだが、レナ以外の全員は男だから、彼女は少し不安でそして随分と緊張していた。
でも嬉しい誤算もあって……。
マチルダがついてこないと知ったレナの表情が不安を映すと、ラフィールはすぐにフォローの言葉をくれたのだ。
曰く「道中の拠点には女の使用人もいるし、マチルダが普段使用している個室もあるから、そんなに心配しなくて良い」と。
(ラフィール隊長って、実は優しい人なのかも。あの部屋に2人きりだったときは怖かったけど、結局送ってくれたし……)
そんなことを考えていたら、緊張感はどこへやらレナは段々眠くなってしまう。
規則正しい馬の歩み。
頬を撫でる風は爽やかで、陽光は穏やかだ。
力強い腕と逞しい胸板に華奢な身体を預ければ、ふわりと包んでくれるラフィールの温もりがした。
(なんか落ち着くし、気持ちがいい……のよね……。なんだか……今日も……寝てしまいそ……う……)
レナは最後まで考えられないまま、ゆっくりと意識を手放した。
* * *
(また、寝やがった……)
出発してから3日目。毎日この調子だ。
(普通この状況で寝るか? 出会って間もない、しかもあれだけ脅された男の腕の中で)
すやすやと眠る健やかな寝顔。女神が嫉妬しそうなほどの天使の美貌はまだあどけなさが残っていて、それなのに腕の中の彼女からは衝動的に手折りたくなるような、ほのかに甘くて初々しい花の香りがする。
マチルダがいない今、レナと相乗りをするのは自分しかいないと、ラフィールは真剣に思っていた。ほかの男に任せたら、おそらく桃色の問題が起こりそうだ。
(地味にきついな……)
獣人の女性は発情期以外には子を成せない。そういった行為をすることは可能だが、性的魅力は極端に低下する。逆に言えば発情香がするだけで、周りの異性を惑わせるほどその魅力は増大するのだ。
ラフィールの眉間に皺が寄る。
(館についたら早めに医者に相談させるしかないな)
このか弱い少女には持病があるらしいのだから、一般的な方法で発情期を抑えられるかどうかはわからない。
マチルダに聞くこともできたが、「レナから発情香がした」とは言いづらかった。マチルダのことだから「欲情しちゃったの、ラフィール?」なんて言って、面白がるに違いない。それは極めて不愉快だった。
しかし特定のパートナーがいない状態で発情期を迎えるのは、極めて危険だ。発散することもできず、発情香を振り撒き続ければ、やがて誰かの餌食になってしまう可能性が高い。
(どちらにせよ、持病があるのに遠い領主館までお姉さんを探しに行くなんて、相当仲が良い姉妹だったんだろうな)
血の繋がりを信じないラフィールにとって、それはよくわからない感情だ。血の繋がりほど頼りないものはない。
ふとレナの弱々しい声が耳に届いた。
「おね……え……さま……」
日頃忘れかけていた思い出の蓋がわずかに開くと、彼の胸はほろ苦い痛みとともに締め付けられた。
レナ「お気に入りユーザーって何ですか?」
長老「『なろう』における仲良しさんじゃ。気に入った作者のマイページから登録できるぞ。非公開じゃなければ、作者側からも誰がお気に入りしてくれたかはわかるようになっておるから、感想を書くよりもハードルの低いエールじゃ。作者と言葉を交わさなくて良いから、コミュ障にもお薦めじゃ」
レナ「勉強になります! ところで長老は……」
(レナが長老のマイページを覗く。長老の逆お気に入りユーザーは……)
レナ「…………」
長老「えーいっ! その哀れみの目をやめんかっ!」
 




